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戦前を代表する名映画脚本家の戦地に消えた本音と大センセーショナル






今回はこの「戦前を代表する名映画脚本家の戦地に消えた本音と大センセーショナル」の記事から5つ前の安室奈美恵 SPEED DA PUMPが存在がなかった 日本初映画大巨匠の死と大量退社騒動直後の名作の流れに一時戻り展開していきます。




前回記事⇒「多様性の超鬼」 140作90年の国民的映画次郎長27作の墓標






マキノの『浪人街』 浪人ブーム70作以上の映画の大センセーショナル






浪人街』は浪人ブームを日本映画界に巻き起こした作品でした。特に時代劇で多数が作られ、その映画の本数はわかりやすいだけでも70作を越しています。

浪人題材は巨匠のマキノ雅弘と主演スター南光明、沢村国太郎を事実上の最初に火付け役とブレイクとして、大河内傳次郎、片岡千恵蔵、 阪東妻三郎、嵐寛寿郎、市川右太衛門、月形龍之介などの歴代の大スター俳優やそこそこの映画スターまで実に多彩ですし、監督も数十名がこの大センセーショナルや流れとして関与しています。


戦後の黒澤明と三船敏郎のコンビやテレビドラマの代表格だけでも近衛十四郎、三船敏郎で作られました。1928年に1作目が公開の『浪人街』の評価が映画界に徐々に浸透した戦前の1930年代前半がもっと多めですが、時間を空けてこの流れは戦後を通じても多数の時代劇映画が作られています。






浪人ブーム浪人街の生みの親の一人の山上伊太郎





浪人街といえば、監督は大巨匠のマキノ雅弘(マキノ正博)ですが、全体の映画化作品の全てが時代劇映画を代表する名脚本家の一人である山上伊太郎の原作と脚本作としても知られていますし、1作目の1928『浪人街 第一話 美しき獲物』などはキネマ旬報の上位を記録し映画そのものも高く評価されました。

助監督は滝沢憲(戦後に日活現代劇映画でも活躍した日活時代劇映画の名匠の滝沢英輔の別名義) とのちに嵐寛寿郎とのコンビで知られるという超豪華布陣でした。





支配階級や権力を批判する要素を持つ映画は今だから必要??




日本映画縦断〈1〉傾向映画の時代 (1974年)
日本映画縦断〈1〉傾向映画の時代 (1974年)


貴重な古書です。”傾向映画の時代”とありますが、支配階級や権力を批判する要素を持つ映画=傾向映画の脚本家としても山上伊太郎は貢献し、この日本映画縦断〈1〉傾向映画の時代にも彼が登場しています。

傾向映画は特に戦前の日本映画で作られました。そのほとんどの名作が戦前です。テレビや大企業が都合が悪いから伝えない日本映画の歴史が勉強できます。現在の日本映画は内容の幅が狭く、同じような方向の映画が多い現実、傾向映画はに映画の幅の広さを表現するためには必要だと考えていますし、それも含めて映画の多様性、面白さだからです。現在に評価される作品が作られていたらもう少し面白くなるかもしれません。







日本映画歴代の中でも本数が少ない名脚本家 山上伊太郎





山上伊太郎は映画脚本数が確認できる数の55作ほど、原作数は脚本数からすると偉大な30作以上の高い貢献度を記録、脚本55作、30作が原作です。脚本数は少ない部分が目立ちますが、原作数は多い、これから下記部分で登場しますが脚本が少ないことは未来にあってはならない戦争が影響しています。


山上伊太郎の映画脚本数が55作は戦前においても少ない数です。映画脚本も100作を越さないと数のみの歴代10選はおろか、上位にさえにも含まれることさえもありませんが、映画監督でいうと黒澤明(31作)や今村昌平(22作)、伊丹万作(約30作、現存尺版、商品化版、断片含む)のように監督本数が3人とも31作を下回る監督数が少ない巨匠にように、本数は少ないくても影響力や後世への貢献度、代表作の比率が高い脚本家だったのが山上伊太郎です。本数はたいしたことありませんが実に密度が濃い人物です。


時代劇映画の脚本家でいうと八尋不二は300作以上(』データ消失も含む)の時代劇映画の脚本を残したといわれ、八尋不二が時代劇映画の脚本数の歴代最多、牧野省三賞(日本最初の正式な映画人を表彰する生涯功労賞)も脚本家で最初に受賞しています。


山上伊太郎は原作者としてもたしかな実積と実力を持っ太人物でした。現在の日本映画は多くが原作があるものばかりですが、戦前や日本映画黄金期は原作がない映画が多数作られていました。原作者扱いが後から脚本家になる場合も多く、たとえば多羅尾伴内シリーズの比佐芳武も後から原作者扱いされています。





まさかのリスペクト舞台化されていた山上伊太郎







山上伊太郎オリジナルシナリオ小冊子付とあり、山上伊太郎の大きな代表作「浪人街」の舞台のパンフレット、マキノノゾミの脚本 演出は山田和也 出演は唐沢寿明 松たか子 中村獅童などによる舞台の貴重品です。山上伊太郎をリスペクトする舞台のオリジナルシナリオと小冊子付のコレクター品です。唐沢寿明が荒牧源内を主演、松たか子がお新というヒロインを演じました。





山上伊太郎のキネマ旬報ベストテン賞を受賞作品





キネマ旬報ベストテンも一つの評価だと考えていますが、これのみが全ての評価ではありません。作品の路線によっても縁遠い作品もたくさんあるからであり、映画賞のみやキネマ旬報ベストテンのみで評価することはありえない話です。ここではこのキネマ旬報ベストテン賞もヒyと角評価だと考えて取り上げます。



山上伊太郎のキネマ旬報ベストテン賞を受賞作品
1927『悪魔の星の下に』  製作=マキノ御室(マキノプロダクション)
  監督=二川文太郎 主演=月形龍之介 *キネマ旬報ベストテン賞を受賞
1928『浪人街 第一話 美しき獲物』  製作=マキノ御室 
  監督=マキノ正博  主演=南光明 *キネマ旬報ベストテン賞を受賞
1928『崇禅寺馬場(1928)』  製作=マキノ御室  
  監督=マキノ正博 主演=南光明 *キネマ旬報ベストテン賞を受賞
1929『首の座』  製作=マキノ御室
  監督=マキノ正博 主演=谷崎十郎 *キネマ旬報ベストテン賞を受賞
1929『浪人街 第三話 憑かれた人々』  マキノ御室  
  監督=マキノ正博 主演=沢村国太郎 *キネマ旬報ベストテン賞を受賞
1932『白夜の饗宴』 製作=千恵プロ(片岡千恵蔵プロダクション) 配給=日活
  監督=マキノ正博  主演=片岡千恵蔵 *キネマ旬報ベストテン賞を受賞





キネマ旬報ベストテン賞を受賞とはベスト10に含まれたことが受賞扱いとなります。この時点で優れた作品である、当時はそのようにベスト10に入ることが高い評価だと映画評論家や文化人、文豪、インテリ層などに高く評価されていました。

もちろん今の年間のキネマ旬報ベストテンも大衆的なものではありませんが、これも一つの評価であることは事実です。名脚本家&名原作者の山上伊太郎が確実に評価されていたことを示す大きな動かぬ証拠となります。




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