近藤勇を歴代で当たり役した男と日本歴代最高齢映画スターのベスト3に出現した高倉健?!



先日、2015年に公開された韓国映画の史劇を見ました。一言で言うと難点ばかり見えてくる内容でした。2016年に見た映画の中でもワースト10に含まれる内容でしたが、韓国の文化に触れるという点においてはちょっとした勉強にはなりました。

2転、3転のただの破天荒なエンタメ劇であり、雰囲気を軽視しためちゃくちゃなセリフと展開で全体のバランスに難があり、韓国特有の品格の薄い内容の連続、俳優や映像はそれほど悪いともいえないのですが、テレビドラマのような映画の意味が弱い作品でした。日本にもテレビドラマのような映画も多くありますが、いずれは取り上げたいと思います。

前回記事⇒篝火(かがりび)と新撰組の土方歳三、初めて映画の主演で演じた最高齢の映画スター


通産23年で8度目の近藤勇月形龍之介と「維新の篝火


月形龍之介近藤勇はすばらしかったです。近藤勇の現実のモノクロ写真が残されていますが、心なしか月形龍之介に似ています。生まれ変わりではないのかとも思えるほどハマリ役だと評価しています。出番的には土方歳三に焦点を当てている映画のため、最小限なシーンしかありませんでしたが、出番が少なくても存在感と重厚感が抜群ですね。高い評価をしています。やはり、戦前からの長期の盟友でもある片岡千恵蔵と1対1のシーンは見所でした。月形龍之介近藤勇は映画ではこの「維新の篝火」が8度目でした。(月形の近藤の内訳は主演1、助演7)

近藤勇を映画で歴代最多で演じた男・月形龍之介の全貌



月形龍之介近藤勇役で出演した映画たち>
8作 出演期間1938~1961年 23年 主演1助演7
1938「新撰組(1938)」  日活京都 役名=近藤勇 主演=月形龍之介
1952「新選組 京洛風雲の巻」  東映京都 近藤勇 主演=片岡千恵蔵
1952「新選組 池田屋騒動」  東映京都 近藤勇 主演=片岡千恵蔵
1952「新選組 魔剣乱舞」  東映京都 近藤勇 主演=片岡千恵蔵
1956「鞍馬天狗 第一話 白馬の密使」  東映京都 近藤勇 主演の鞍馬天狗=東千代之介
1957「鞍馬天狗 角兵衛獅子」  東映京都 近藤勇 鞍馬天狗=東千代之介
1957「鞍馬天狗 御用盗異聞」  東映京都 近藤勇 鞍馬天狗=東千代之介
1961「維新の篝火」  東映京都 近藤勇 主演の土方歳三片岡千恵蔵



最年長の専属の主演映画スターとベスト3


片岡千恵蔵(58歳=東映)は、「維新の篝火」の1961年の時点で、市川右太衛門(54歳=東映)と長谷川一夫(53歳=大映)よりも年齢が上であり、日本の歴代で特に戦後においては最年長の専属の主演で活躍する映画スターでした。

1964年までは片岡千恵蔵、市川右太衛門長谷川一夫の実積も上位、年齢もベスト3のベテラン映画スターが日本映画を牽引していました。片岡千恵蔵は戦前も含めて最高齢であり、歴代を含めても日本では1位です。この頃、片岡千恵蔵の戦前からのライバルで盟友の嵐寛寿郎は、すでに主演映画スターではなく、脇役俳優として活動していました。



片岡千恵蔵と高倉健の専属の映画スターとしての大きな差


比較で取り上げると高倉健が1970年代の中盤に東映と専属解約を切っていますが、その時はまだ40代でした。高倉健は専属の主演映画スターでしたが解約の時点で事実上、専属の映画スターではなくなりました。日本映画において専属の映画スターという概念が消えかけていたときです。それ以降の高倉健は映画出演数も急激に減少していきます。片岡千恵蔵は、120年の歴代を通じて最年長の専属の主演映画スターです。

日本の映画俳優の専属制度は1970年代に高倉健の世代を最後に事実上の消滅しているため、さらに高齢化が進んでもこの記録は破られそうにありません。この記録はまだ破られていません。というよりも日本の専属映画スターの概念は消滅しているのでこの記録は金字塔となっています。


月形龍之介
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真の日本映画や本当の映画ファンなら月形龍之介の存在を強く感じられる書籍でした。現在なら余裕で文化勲章の該当する超名優・月形龍之介の実の息子で、東映の映画に多数で出演した月形哲之介による監修本。


裏も更新⇒国の暴挙と文化勲章に物申す。近代の都合がよい人間だけを評価している国の日本
ちょっと過激めですが、作風の違いとして許してください。
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2016/10/14 20:19 | 未(235記事)COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

マスコミやテレビが取り上げられない本当の歴代上位映画スター俳優たち数字を発掘

今回は「マスコミやテレビが取り上げられない本当の歴代上位映画スター俳優たちの数字を発掘」と題して進行させていきます。今回の記事内容には衝撃的部分が含まれている可能性がありますが、あらかじめ注意してご覧ください。

前回の記事⇒荒波と戦い続けた歴代映画スターたちの厳しい格差の現実とは!?

衝撃の事実判明、空前絶後のオールスター映画、維新の曲の時点の映画主演数の順位


実はこの「維新の曲」という映画の時点では、市川右太衛門がこの4名(阪東妻三郎片岡千恵蔵市川右太衛門嵐寛寿郎)の中では映画主演数がナンバーワンとなっています。阪東妻三郎片岡千恵蔵嵐寛寿郎はこの「維新の曲」(1942)の時点では映画の主演数では市川右太衛門に及ばない事実があります。

1942.05.14公開の維新の曲の時点の4名の映画主演数の順位(*1)

1位・市川右太衛門・主演175作、助演5作、出演180作
2位・片岡千恵蔵 ・主演161作、助演12作、出演175作、出演2(*2)
3位・嵐寛寿郎・主演148作、助演17作、出演166作、出演1
4位・阪東妻三郎・主演143作、助演50作、出演194作



*1・確認できる確認した映画のみ
*2・主、助に該当なしの映画(メイキング系)

ご存じない方には衝撃の事実かもしれません。阪東妻三郎はすでに数字では1位から転落している事実が存在しており、1942年のこの映画の時点では現役4位です。この辺は大きく重要な部分です。市川右太衛門は助演数が一番少ないのもすごいところです。一番少ない理由の一つとして以前の記事でも書いてますが、右太衛門はデビュー前からスターであったことも関係しています。ブレイクまでに助演時代が3年近くあった阪東妻三郎は助演数が圧倒的に多くなっています。

阪東妻三郎は本当にすごいのか??阪妻(バンツマ)衝撃の負の事実に迫る


上にデータを踏まえて、阪東妻三郎は本当にすごいのか??否かですが、阪東妻三郎はサイレント映画の時期(1930年代中盤まで)はこの4名の中で1位の主演数でした。阪妻はサイレント映画の時点では頭が一つ抜けていたのは事実といえます。ですがサイレント映画からトーキー映画(音声ありの映画)の時代に入ると、1930年代後半に市川右太衛門片岡千恵蔵に主演映画数が越されています。阪東妻三郎は嵐寛寿郎にも、この「維新の曲」の直前で主演作数が越されています。

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阪東妻三郎、による初期の主演代表作の1925年の「大呂血」や最近にスカパーでも放送されたの1924年公開の主演作「逆流」も収録。

そこには阪東妻三郎は知名度が先行しているだけでそこまですごくはない」という事実が存在しています。近年でいうフジテレビ(誇張など)と近いこともあったのではないかということもいえるかもしれません。阪東妻三郎の負の真実について、ご存知ない方も多いかと思います。なので今回は書いてみました。阪東妻三郎は一度越されてから、この3人に追いつくことはなく、越されたまま1950年代に映画人生と生涯を閉じています。

特に主演数では、阪東妻三郎と市川右太衛門や片岡千恵蔵と差は、戦後になるとさらに大きく広がっていきます。戦後の最終的には、阪東妻三郎はこの2名に確認できる限りでは、120作以上の映画主演数の大差をつけられてしまいます。もちろん阪東妻三郎は現実に歴代上位の映画スターであるのは事実ですが、マスコミなどはこのような事実をちゃんと取り上げるべきだと考えています。
つづく。

ドラとして書いているドラマブログ⇒映画とドラマに身を沈めたある名優の生涯(映画時代編)←映画でも活躍し、維新の曲にも出演している名脇役が登場しています。
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2015/10/25 18:12 | 未(235記事)COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

スター発掘、映画にまつわる生誕・没後・デビュー

2014年の有名な生誕・没後・デビューなどを振り返り,2015を本格的にスタートさせたいと思います。

・映画俳優・生誕
鶴田浩二 生誕90年
石原裕次郎 生誕80年(歌手兼任)
近衛十四郎 生誕100年
越路吹雪 生誕90年(歌手兼任)

・映画俳優・没後
市川雷蔵 没後45年
長谷川一夫 没後30年
大川橋蔵 没後30年
阪東妻三郎 没後60年
美空ひばり 没後25年(歌手メイン)


・映画俳優のデビュー
市川雷蔵 デビュー60年
チャップリン デビュー100年
(チャールズ・チャップリン・映画監督も)

映画監督
マキノ雅弘 没後20年

現役芸能人のデビュー

都はるみ デビュー50年
五木ひろし デビュー50年
西郷輝彦 デビュー50年
水前寺清子 デビュー50年
中村雅俊 デビュー40年

歌手・生誕・没後
テレサ・テン 生誕60年
他の生誕・没後
シェイクスピア 生誕450年(ウィリアム・シェイクスピア/劇作家など)
リスト 生誕200年(フランツ・リスト/作曲家
プッチーニ 没後90年(ジャコモ・プッチーニ/作曲家)
有吉佐和子 没後30年(作家)
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・映画関連の団体・事業など

日本映画製作 開始115年
男はつらいよ 開始45年

団体・事業など
宝塚歌劇 生誕100年
太平洋戦争 開戦100年
プロ野球 開始80年
天皇陛下 ご成婚55年
東京駅 開業100年
フジテレビ 開局55年
テレビ東京 開局55年
SKD活動 開始85年(松竹歌劇団)
ガンダムシリーズ 生誕35年 
など見かけたものや聞いたものだけ
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映画に関わりを持つ、特に大きいと思うのがやはり、「宝塚歌劇 生誕100年」です。映画の女優には宝塚を出た女優が多くいます。今のタレントがメインと化した芸能界にも、元宝塚が多く存在しています。去年の映画でも、元宝塚の女優を多く見かけています。宝塚歌劇は女が男を当たり前に演じるという、日本が世界に放てる数少ない文化や伝統であり、特色なので、今後も続けてほしいものです。

特集を多く見かけたのは、東映がらみの俳優たちです。CS放送の”東映チャンネル”でも特集が組まれていた映画俳優の「鶴田浩二 生誕90年」、「近衛十四郎 生誕100年」、「大川橋蔵 没後30年」大監督の「マキノ雅弘 没後20年」が印象に残ります。
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2015/01/12 21:45 | 未(235記事)COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

雷鳴のようにとどろいた伝説の俳優の隠された秘密を紐解く独自解釈

伝説の彼と彼女には、何かがあったのでしょうか?そう考えてしまうほどの相性のよさとは俳優同士にとって大切です。今回は彼と彼女について取り上げてみます。

市川雷蔵の特集は今回でラストとなります。その予定でしたが、膨大な文章量になり今回だけでは完結できません。3回目は映画愛子の独自な着眼点で研究してみました。雷蔵と、とある共演者について話してみます。市川雷蔵は戦後の日本の大スターの中でもっとも異色な大スターの俳優でした。

それは15年で共演した俳優の少なさにもあります。また、戦後の大スターの中で、主演の俳優やメインどころの俳優と共演した人数が一番に少ないのです。5社協定が可能にした部分も当然ありますが、突き抜けているので特出すべき特徴です。決して悪いことではなく、逆に珍しいということで、”個性と化している凄み”がこの点なのです。

雷蔵は、大映の映画専属俳優であった長谷川一夫勝新太郎山本富士子若尾文子黒川弥太郎などの主演やメインどころの代表する俳優と多く共演していましたが、とある女優とも共演が多いのです。
人肌孔雀」との姉妹作の「人肌牡丹」。2作とも雷蔵は、先輩の姉的な立場のスター女優であった山本富士子の相手役で準主役を勤めている。

嵯峨三智子という女優、ご存じでしょうか?すでに亡くなっています。いわずと知られたスター女優でした。しかし映画時代以降は映画にもドラマにも出演は控えて舞台の活動をメインとしていたのです。そのため活躍したほどの知名度がそこまでありません。嵯峨は、日本歴代で上位で入る大女優・山田五十鈴の娘で、80年代後半に母親よりも20年以上、先に亡くなり山田五十鈴は大いに悩み苦しんだといいます。

嵯峨三智子はトータルでは、松竹映画のスター女優でした。なぜならデビューした1953年の1年目は東映や東宝の映画にいくつか出演していました。2年目の1954年から1963年までの9年間は、松竹への出演が中心となりました。
そして、彼と彼女の運命の出会いが起こるのです。大映が雷蔵の相手役の女優を探した末、外部の女優ではあったものの、白羽の矢が刺さったのがこの人だったのです。雷蔵と嵯峨の共演は14作にのぼり、コンビが形成されました。詳しくは次回でさらに追求していきます。
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2014/08/27 18:28 | 未(235記事)COMMENT(1)TRACKBACK(0)  

映画の歴代の最強コンビ(監督×俳優)が残した数多くの名作たち

ありえないことが現実に存在していた。当時の時代劇全盛の映画界にはあった、マスコミは痕跡や影響をちゃんと取り上げていない。今やマスコミやテレビなんて信じる人は激減した。その、事実を取り上げていきます。「伝説の脚本家」に関わる日本映画歴代上位の重要人物たち。

伝説の脚本家と称される「梶原金八」とは、稲垣浩、滝沢英輔、萩原遼、八尋不二、三村伸太郎、山中貞雄、ら日本映画界を支えた後の巨匠や名監督に大脚本家の計8名が参加した共同ペンネームである。個々を大まかに紹介しましょう。今回は稲垣浩。

・稲垣浩
稲垣浩は、歴代の時代劇映画監督の中でベスト3に入る大巨匠である。純粋な時代劇監督の中ではナンバーワンに挙げる人も多い。全般的にな日本の歴代の監督の中でも私的にはベスト10入れています。サイレント時代からカラー作にいたるまで、長きのわたり代表作が存在。原作モノ、名作、大型時代劇を数多く手がけた監督でもある。監督デビューした千恵プロ(俳優の片岡千恵蔵の映画製作会社)の時代には、記念碑的斬新な作品を残した革命的な監督の伊丹万作とも関って多大な刺激を受ける。時代劇や日本の歴代俳優の上位に来る超大俳優の片岡千恵蔵主演で計8作(千恵蔵が歴代1位)が作られた大ヒット「万花地獄シリーズ」(1929)の2作品へ参加から巨匠への歩みを踏み出す。「源氏小僧シリーズ」1作目(1928)、「一心太助」(1930)、長谷川伸原作の千恵蔵の「瞼の母」(1931)と千恵蔵の「一本刀土俵入」(1931)、千恵蔵の出演が全18作23編にわたる忠臣蔵モノ出演作の初期の主演作「元禄十三年」(1931)。子母沢寛原作の千恵蔵の「弥太郎笠」の2部作。千恵蔵で歴代1位の計10作られることになる千恵蔵の「国定忠治」の3部作
千恵プロ時代―片岡千恵蔵・伊丹万作・稲垣浩 洒脱にエンターテイメント (映画読本)
千恵蔵の西郷隆盛「風雲」(1934)前後作、「直八子供旅」(1934)「天保忠臣蔵」(1934)で千恵プロ時代は幕を閉じる。
日活時代、吉川英治原作の千恵蔵の「宮本武蔵」3部作+総集編+新規作(1940~42、千恵蔵のシリーズは歴代1位の計9作10篇)。戦中の大映時代には、石坂洋次郎の原作「独眼龍政宗」(1942)などを残し、片岡千恵蔵とのコンビで数多くの名作や大ヒット作を量産した。千恵蔵×稲垣浩の名コンビは日本映画115年の歴史の中でも歴代上位に来る。


<予告>戦前にすでに、巨匠となった彼(稲垣浩)の道のりはまだ終わらない。

<注目>のちに、稲垣浩との代表作が別な監督と組んで、千恵蔵の自身の主演でリメイク作や関連作が作られるのは「瞼の母」「一本刀土俵入」「弥太郎笠」「国定忠治」「直八子供旅」「宮本武蔵」など数多くある。千恵蔵とコンビでは宮本武蔵は全5作ある。武蔵だけて言っても、のちの74年以上にわたって数多くの俳優でリメイクや関連作が作られる。吉川英治による原作の宮本武蔵は2014年にも木村拓哉でドラマが放送されましたね。たとえば「瞼の母」や「宮本武蔵」は中村錦之介など、「一本刀土俵入」は勝新太郎など多数。同時期の俳優や先輩が演じているものもある。たとえば、大河内傳次郎も「国定忠治」(演じた数は歴代4位)は巨匠・伊藤大輔による「忠治旅日記」3部作などの名作があり代表作である。それでも大きい。書いたら歴代最多はきりがないが、千恵蔵は西郷隆盛を歴代最多の3作で演じている。今後も出ることがないクラスの本当の大スター、本当の大俳優の影に大監督ありとは、このことでもある。

<感想>事実ではありますが、稲垣浩のはずが半分が片岡千恵蔵の痕跡にもなってしまいました。ちなみに、去年に生誕110年を迎えた映画俳優の片岡千恵蔵は代表作が世界歴代最多の140以上(当然ながら8割以上が正規シリーズ、題材的シリーズ、演じた役のシリーズ)ある俳優です。単発だけで100以上はありえません。この人のことも取り上げていない部分が多数ありますが、それは別な機会になります。

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2014/04/21 20:25 | 未(235記事)COMMENT(1)TRACKBACK(0)  

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