50年以上一筋に貫いてきた映画職人から漏れた本当の涙
でも全部は書けません。是非見ていただきたいです。4月28日以来の記事。今回がランキング以外では完結篇になります。
「東京画」(1985年)の西ドイツ・アメリカ共同制作のドキュメンタリー映画です。実は2013年は(現時点42本目に入りました)「東京画」含めて85年の映画を3本観ています。
たまたま85年が多くなっています。
だから不思議なんです。
もちろんジャンルもぐちゃぐちゃ駄作から名作まで何でも観るという視聴スタイルが一番楽しいです。
ドイツで今も現役の「都会のアリス」、「まわり道」、「さすらい」 などで知られるドイツの有名監督ヴィム・ヴェンダースが大尊敬する小津安二郎の足跡を探しに東京に降り立ったーところまでお話しました。
内容の中心部分はかいつまむとヴィム・ヴェンダースは東京で笠智衆や厚田雄春と会うことになります。(ほかにもあってるんですが、文章の趣旨で半分以上省略)
・笠智衆=日本映画全盛期を現代劇を中心で支えた日本歴代え上位に来る大名脇役の一人。この人は小津安二郎の代表作には主演もあり、主に松竹映画全般で脇役中心に大活躍。 世界でも評価の高い「晩春」(1949)「東京物語」(1953)や小津安二郎の遺作「秋刀魚の味」(1962)は主役。また「男はつらいよ」シリーズ47作中ほとんどに出演。松竹メインで350本以上の作品に出演しました。また、テレビドラマでも和田勉などが演出したNHKのスペシャルドラマや森田健作主演の松竹・青春シリーズといわれる(「俺は男だ!」)など多数で活躍しました。すともかなり評価してる俳優です。
小津安二郎の戦前1920年代後半から脇役で多数出演し評価されたわけです。
30本近く小津に出ていることもあり「小津安二郎=笠智衆」のイメージは少なからずいえ、大きくあります。
この人はほんと大俳優っぽくない履歴がある大俳優でしたー。
庶民的で朗らかで素のまま演じて長年活動したんです。笠智衆VSヴィム・ヴェンダースは独特な対談でした。
続いて、本戦 厚田雄春VSヴィム・ヴェンダース。
厚田雄春・・この人誰?と邦画に詳しくない人はわからないかもしれません。
小津安二郎の中期から遺作に欠かせない名撮影者それが厚田雄春です。
・厚田雄春=撮影者としてデビュー当時は名匠・清水宏監督とコンビを組み松竹現代劇の大スターの一人の佐分利信主演の「家庭日記」(1938)や大女優・高峰三枝子主演の「信子」(1940)清水宏監督のお家芸18番とも言われる児童モノ映画から「子供の四季 春夏の巻」 、「子供の四季 秋冬の巻」(1939) を手がけ清水宏監督から離れ、小津安二郎とのコンビ代表作「戸田家の兄妹」(1941)「父ありき」(1942)「長屋紳士録」 (1947)「麦秋」(1951) 「お茶漬の味」(1952)「早春」(1956)「秋刀魚の味」(1962) など。 ちなみに厚田雄春は他の名監督や映像化監督佐々木康(「別れのタンゴ」、「思い出のボレロ」)や中村登(「我が家は楽し」、「愛染かつら(1962版)」)ともコンビを組んで代表作を製作しています。代表作は20以上あり、日本映画史を代表する大カメラマンの一人です。
50年以上、松竹一筋というのも素晴らしかった方です。ヴィム・ヴェンダースは代表作でも撮影者も兼任してるためどうしても厚田雄春に会いたかったようです。
そして、終いには厚田雄春は小津安二郎について語りだし泣いてしまうのです。本当に大きなすごい人だった。
「あの人はずっと居たくなる(仕事したくなる)人だった」
東京画 デジタルニューマスター版 [DVD]
DVDあったの知りませんでした。すとはスカパーでSD版を観ました。
2013/07/23 23:54 | 洋画の解釈 | COMMENT(2) | TRACKBACK(0)