忠臣蔵ジグソーパンデミック現象 月形龍之介と伊東四朗をつなぐ映画隆盛群




稀代とは言葉の通りまれな存在 この時点で歴代という言葉を想像させてくれます。どんな分野でも稀代は並々ならぬ、努力と経験、挑戦の日々が積み重なって出来上がるものです。彼らから”何か”が学べるのではないだろうか。



前回記事⇒忠臣蔵と共に駆け抜けた歴代2大巨星の幾重交わり歴戦




稀代の名優の月形龍之介から伊東四朗 吉良上野介でつながった瞬間





月形龍之介は忠臣蔵映画で吉良上野介を演じたことでも有名です。伊東四朗は自分のラジオ番組の忠臣蔵の話が出た際に、吉良上野介月形龍之介は印象に残る部分だったと語っていました。

それもそのはずです。


月形龍之介吉良上野介 3作 
1956『赤穂浪士 天の巻 地の巻』   吉良上野介
1959『忠臣蔵 桜花の巻 菊花の巻』  吉良上野介
1961『赤穂浪士(1961)』  吉良上野介


月形龍之介が吉良上野介を演じたこの3作は、3作ともが年間観客動員ベストテンを記録し、さらに観客動員が1000万人を越し、3作だけで通算4000万人を軽く上回りました。3作で現代でいう興行収入は『君の名は。』(2016)の3倍ほどに至ります。


だから子供から大人までが国民的に視聴していました。当時の日本人の人口は9000万人(1958年の日本の人口は91,767,000)ほどといわれています。約2人に1人に近い観客が視聴していた超大ヒットでした。

当時の映画館の大きな賑わいとともに伊東四朗も忠臣蔵映画を理解にしていなくても見た印象が頭に片隅に残っているでしょう。彼は映画では吉良上野介を演じていませんが、テレビドラマや舞台において吉良上野介を演じています。あの大俳優が演じた役柄を自分が演じたことも影響しているでしょうが、彼は月形龍之介の存在をきちんと認識しています。


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伊東四朗の77歳の主演舞台、忠臣蔵の吉良上野介を現代に置き換えて展開、三谷幸喜の脚本の喜劇舞台劇






忠臣蔵映画で吉良上野介を5度演じた男






『忠臣蔵 桜花の巻 菊花の巻』 を3作に分けると下記にようになります。


月形龍之介の吉良上野介 3作から5作 
1956『赤穂浪士 天の巻 地の巻』   吉良上野介
1959『忠臣蔵 桜花の巻 菊花の巻』  吉良上野介
1959『忠臣蔵 桜花の巻』  吉良上野介
1959『忠臣蔵 菊花の巻』  吉良上野介
1961『赤穂浪士(1961)』  吉良上野介


東映チャンネルでは『忠臣蔵 桜花の巻 菊花の巻』 を1959『忠臣蔵 桜花の巻』と『忠臣蔵 菊花の巻』に分けて放送していました。2作に分けた場合は上記のようになります。通産の忠臣蔵映画の出演数も17から19作になる可能性を秘めています。

捉え方次第では、月形龍之介は吉良上野介を3作から5作で演じていたということもありえます。3よりは5のほうが通産実積も上昇するのでここも重要な部分です。

さらに月形龍之介だけではなく、この『忠臣蔵 桜花の巻』と『忠臣蔵 菊花の巻』を2作扱いすると片岡千恵蔵の忠臣蔵映画出演数は大台の通算30作となります。また下記のような現象が生まれます。


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従来の忠臣蔵映画にデフォルメを随所に多数加えた『赤穂浪士 天の巻・地の巻』、オールスター映画の巨匠・松田定次の俳優の魅力の引き出し、元撮影者だからできる強弱のある映像、撮影者の川崎新太郎との名コンビ、数多くの名シーンを形成した大名作、特に千坂兵部役の小杉勇堀部弥兵衛役の大名優の薄田研二の名演が印象の残ります。



小杉勇=戦前は日活の若手現代劇スター、主演で多くの代表作、キネマ旬報ベストテン作に多く出演、巨匠の内田吐夢映画の常連俳優としても知られ、1930年代にもっとも輝く。戦後は監督で益田喜頓青山恭二の「刑事物語シリーズ」と青山恭二の「機動捜査班シリーズ」を日活でヒットさせ、戦後の助演俳優としても大ヒットした東映や日活の娯楽作で活躍。「刑事物語シリーズ」は1980年代の武田鉄矢のシリーズとは別である。監督数70作、映画出演は約200作近く、スター歴を持つ名優であり、娯楽映画の名匠。


薄田研二=日本を代表する映画名優の一人。舞台俳優の経験から映画で才能を開花させ、戦前は高山徳右衛門の名義でも活躍、大映時代に片岡千恵蔵と多く共演、その名助演俳優でも知られる。千恵蔵の流れで東映に出演、月形龍之介などに次レベルで戦後の”東映映画最大の黄金期の重鎮俳優の一人”として活躍、幅の広いタイプの悪役や老中役のキリッとした鋭い演技でも印象の残るが、人の良いじいさん、ボケたじいさん、凄みがあるじいさん役などの演技で多くの名作に貢献。大ヒット映画や名作で吉良上野介を3作、堀部弥兵衛も3作、戦前と戦後で土井利勝を2度で演じ、映画の代表的な役柄とする。映画出演170作ほど





まさかのパンデミック 片岡千恵蔵は大石内蔵之助を映画8作??





片岡千恵蔵の忠臣蔵映画 大石内蔵之助を演じた作数 8作

1952『赤穂城』 浅野内匠頭と大石内蔵之助 主演 オールスター
1952『続赤穂城』  浅野内匠頭と大石内蔵之助  主演 オールスター
1953『女間者秘聞 赤穂浪士』 大石内蔵之助 主演 オールスター
1959『忠臣蔵 桜花の巻 菊花の巻』 大石内蔵助 ・超大ヒット 主演 *年間観客動員ベスト10入り 1500万人以上 オールスター
1959『忠臣蔵 桜花の巻』  大石内蔵助 オールスター
1959『忠臣蔵 菊花の巻』  大石内蔵助 オールスター
1961『赤穂浪士(1961)』 大石内蔵助 ・超大ヒット 主演 *年間観客動員ベスト10入り 1000万人以上 オールスター
1963『ギャング忠臣蔵』 大石良雄 (事実上の大石内蔵助) ・現代劇 主演 オールスター

*2役が2作、時代劇7、現代劇1

製品版や公開自体は『忠臣蔵 桜花の巻 菊花の巻』でしたが、上記の月形龍之介の東映チャンネルの部分を応用すると、片岡千恵蔵は日本でもっとも有名な映像作品の役柄といえる大石内蔵之助を8作映画で演じていることにもなるわけです。しかも歴代の大石内蔵之助を演じた俳優の中で通産でもっとも観客を動員しています。それと同時にそのすべてがオールスター映画です。これは尾上松之助のオールスター忠臣蔵映画の本数も上回ります。


さらにさらに前回や前々回で片岡千恵蔵の忠臣蔵映画を28作ととりあげていますが、これはさらに増える可能性があります。いくつかを数えるか数えないかでも数に変動があるからです。


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まさかのパンデミック 片岡千恵蔵は大石内蔵之助を映画8作??からパンデミック。そこから外国映画の2015年の『PANDEMIC パンデミック』です。日本映画ばかり取り上げるのも言い訳ではないので効したひねりも大切にしていきます。

主演のレイチェル・ニコルズ(Rachel Nichols)は日本ではあまり馴染みがないアメリカの女優です。彼女の実積はあえて言うなら2009年『G.I.ジョー』 (映画版)のチャニング・テイタムのヒロインで知る人もいるでしょう。



今回の究極裏道  ↓  ↓
『日活オンパレード』⇒『一九三一年日活オンパレード』消えた大河内傳次郎の行方



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2018/02/23 00:01 | 超大物俳優COMMENT(1)TRACKBACK(0)  

忠臣蔵と共に駆け抜けた歴代2大巨星の幾重交わり歴戦



映画界を支えてきたのは主演俳優(=映画スター)だけではありません。主演俳優は助演俳優たちによって守り立てられることによって存在意義が高まる部分があるからです。月形龍之介と片岡千恵蔵は”千恵蔵の忠臣蔵映画”でもっとも共演を果たしました。今回はその部分に迫って参ります。「忠臣蔵と共に駆け抜けた歴代2大巨星の幾重交わり歴戦」




前記事リンク⇒【忠臣蔵伝説】本数と観客動員と多様性の3拍子実積 with水戸黄門





簡単な2大俳優 月形龍之介と片岡千恵蔵





片岡千恵蔵=現存版含み映画365作以上に出演と350作以上の主演作、世界&日本歴代1位の代表作数とヒット作数、歴代最多10以上の当たり役など多数の歴代記録、歴代でもっとも数多くの巨匠と名コンビ形成、時代劇映画の形成や定着、時代劇と現代劇の両方で多数のヒットを記録、日本映画の黄金期にもっとも貢献、幅広く数多くの映画界への貢献がある。

月形龍之介=現存版含み映画520作以上、主演110強 そのほとんどが主演とメインキャストと上位助演のみで500作以上に出演、主演のみでは尾上松之助が存在するが、主演とメインキャストと上位助演の3役で500作は歴代最多。脇役と端役がほとんどなく500作ほどに到達、映画で数多くの有名な役を演じる。日本映画で歴代ナンバーワンの助演俳優に数えられることも多く、特に戦後は演技も多彩で幅広く、助演と主演で大きく評価される。

これだけで語れるレベルの存在ではないですが、一応、知らない方用にかいつまんで書いてみました。片岡千恵蔵と月形龍之介の共演映画数は1928年から1963年まで36年で100作近くになります。歴代上位の名優同士の共演数では歴代最多といえるでしょう。





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片岡千恵蔵の代表シリーズの一つ「宮本武蔵シリーズ」(千恵蔵の宮本武蔵)は1929~1957年の28年間も演じた当たり役、ハマリ役、通算14本が存在していますが、2位の中村錦之助が通産6度であり、もちろんダントツで歴代最多です。この1943『宮本武蔵 金剛院の決闘』(監督は巨匠・伊籐大輔、原作・吉川英治)は、 「二刀流開眼」改題&改修版であり、大ヒットした千恵蔵の宮本武蔵の通算10作に該当します。【~千恵蔵圧感の痛快時代劇!】と記されており、2番手表記の準主演が月形龍之介だと表記順でわかります。

月形龍之介は片岡千恵蔵の宮本武蔵映画に通産7作出演していますが、この『宮本武蔵 金剛院の決闘』はその6作目です。月形龍之介は宮本武蔵と対する宍戸梅軒役で出演し大きく機能しています。


のちに巨匠・内田吐夢の遺作の1971『真剣勝負』(タイトルからは想像できないが宮本武蔵の映画)においては、戦後デビューを代表する名優の三國連太郎も演じている比較的知られた役柄です。この『宮本武蔵 金剛院の決闘』と『真剣勝負』は元々原作の同じ付近のエピソードを母体にしているといえます。


片岡千恵蔵や月形龍之介と宮本武蔵に関しても、いずれ改めて機会を設けて取り上げたいと思います。




千恵蔵と月形との共演作バージョン 片岡千恵蔵の忠臣蔵映画




片岡千恵蔵の忠臣蔵映画 通産28作 1928~1963 35年 2018.2時点版
★は月形龍之介との共演作バージョン
 <19○○『忠臣蔵映画題名』   千恵蔵の役柄 その他> 
★1928『忠魂義烈 実録忠臣蔵』 服部一郎右衛門、萱野三平 ・大ヒット 助演
1928『間者』 間重次郎 主演、または主演級
★1928『実録忠臣蔵』(忠魂義烈 実録忠臣蔵と間者の改修作) 
  服部一郎右衛門、萱野三平  助演
1930『元録快挙 大忠臣蔵 天変の巻 地動の巻』 
  浅野内匠頭 ・大ヒット 天変の巻は主演の可能性
1930『元禄快挙 大忠臣蔵 天変の巻 地動の巻(断片版)』 
  浅野内匠頭  天変の巻は主演の可能性

1931『元禄十三年』 岡部美濃守、岡部辰馬  主演
1933『堀田隼人』 堀田隼人、浅野内匠頭 主演
1934『忠臣蔵 刃傷篇 復讐篇』 
  浅野内匠頭、岡野金右衛門 ・大ヒット 刃傷篇の主演と復讐篇の助演
1934『天保忠臣蔵』 本田正人 ・元禄以外 主演
1937『浅野内匠頭』 浅野内匠頭 主演
10
★1938『忠臣蔵 天の巻』 浅野内匠頭 ・大ヒット 主演
★1938『忠臣蔵 地の巻』 立花左近   ・大ヒット 助演
★1938『忠臣蔵 天の卷 地の巻』(3分尺の断片版)浅野内匠頭、立花左近 主演と助演
★1941『忠臣蔵 天の巻 新篇(前編)』 浅野内匠頭 主演
★1941『忠臣蔵 地の巻 新篇(後篇)』 立花左近 助演、事実上の2番手扱い
15
★1941『忠臣蔵 天の巻 地の巻(総集編)』浅野内匠頭、立花左近 主演と助演
1944『高田馬場前後』 浅野内匠頭 主演 嵐寛寿郎とダブル主演
★1952『赤穂城』 浅野内匠頭、大石内蔵之助 主演
★1952『続赤穂城』  浅野内匠頭、大石内蔵之助  主演
1953『初祝二刀流(高田馬場前後の改題、改修)』 浅野内匠頭 嵐寛寿郎とダブル主演
20
★1953『女間者秘聞 赤穂浪士』 大石内蔵之助 主演
★1956『赤穂浪士 天の巻 地の巻』  
  立花左近 ・超大ヒット 助演だが表記はトップ **年間観客動員ベスト10 年間観客動員1位
★1956『忠臣蔵 天の巻 新版(前編)』 浅野内匠頭 主演
★1956『忠臣蔵 地の巻 新版(後篇)』 立花左近 助演、事実上の2番手扱い
★1959『忠臣蔵 桜花の巻 菊花の巻』 
  大石内蔵助 ・超大ヒット 主演 *年間観客動員ベスト10 年間観客動員4位
25
1959『血槍無双』 俵星玄馬 主演 大川橋蔵とダブル主演
★1961『赤穂浪士(1961)』 
  大石内蔵助 ・超大ヒット 主演 *年間観客動員ベスト10 年間観客動員ベスト2位
★1963『ギャング忠臣蔵』 大石良雄 ・現代劇 主演



片岡千恵蔵の忠臣蔵映画28作中、17作で月形龍之介と共演しており、その役回りはすべて助演なのが特色です。

★1928『忠魂義烈 実録忠臣蔵』 服部一郎右衛門、萱野三平 ・大ヒット 助演
★1928『実録忠臣蔵』(忠魂義烈 実録忠臣蔵と間者の改修作) 服部一郎右衛門、萱野三平  助演



共演17作で上記のみは助演同士での共演でしたが、ほかの15作で主演やメインキャストと助演の関係でした。この部分は主演俳優、主演級俳優は助演俳優によって守り立てられたことを意味しています。

月形龍之介は片岡千恵蔵と共演しているすべてが重要な役どころであり、戦前から忠臣蔵映画の出演のそのほとんどの36年にわたり共演しています。月形龍之介は助演において歴代でもっとも忠臣蔵映画に貢献した俳優ということもできます。1938『忠臣蔵 天の巻』、1938『忠臣蔵 地の巻』、事実上の『忠臣蔵 天の巻 地の巻』ですが、これが大ウケしたといわれています。何度も改修されて数度にわたって再公開されました。この通産で月形龍之介は原惣右衛門、小林平八郎を8度もl演じています。




月形龍之介
息子の月形哲之介も東映映画の助演俳優として一時的に活躍しましたが
上手くいかず偉大な父親の背中を大きさをかみ締めていたことでしょう。






片岡千恵蔵と月形龍之介の忠臣蔵映画 超盟友同士の共演のみ


通産28作中17作 1928~1963 35年 2018.1時点版




★があるものが月形龍之介との共演作と月形龍之介の役柄

★1928『忠魂義烈 実録忠臣蔵 』   清水一角 
★1928『実録忠臣蔵』(忠魂義烈 実録忠臣蔵と間者の改修作)    清水一角 
★1938『忠臣蔵 天の巻』  原惣右衛門、小林平八郎
★1938『忠臣蔵 地の巻』  原惣右衛門、小林平八郎
1938『忠臣蔵 天の卷 地の巻』(3分尺の断片版) 原惣右衛門、小林平八郎

1941『忠臣蔵 天の巻 新篇(前編)』  原惣右衛門、小林平八郎
1941『忠臣蔵 地の巻 新篇(後篇)』  原惣右衛門、小林平八郎
1941『忠臣蔵 天の巻 地の巻(総集編)』  原惣右衛門、小林平八郎
1952『赤穂城』  片岡源五右衛門
1952『続赤穂城』   片岡源五右衛門
10
1953『女間者秘聞 赤穂浪士』  片岡源五右衛門
1956『赤穂浪士 天の巻 地の巻』   吉良上野介
1956『忠臣蔵 天の巻 新版(前編)』   原惣右衛門、小林平八郎
1956『忠臣蔵 地の巻 新版(後篇)』   原惣右衛門、小林平八郎
1959『忠臣蔵 桜花の巻 菊花の巻』  吉良上野介
15
1961『赤穂浪士(1961)』  吉良上野介
1963『ギャング忠臣蔵』  徳田玄将   ・現代劇 



この中でも1952『赤穂城』、1952『続赤穂城』、1953『女間者秘聞 赤穂浪士』の事実上の3部作ともいえる赤穂城もので、片岡源五右衛門を演じています。

片岡源五右衛門の役柄はその忠臣蔵映画の方向性にもよっても異なりますが、重要や役柄として描かれる場合も多くあります。刀傷に至るまでの浅野内匠頭を支え、刀傷後も切服直前に家臣の中で顔を合わせるシーンが描かれる場合があり、場合によっては桜が散っており、大石内蔵助と再会しても支持が厚い重臣的な役柄として描かれる場合があります。この赤穂城もの3作でも名優の月形龍之介ということもあって多めの出番があります。




堀部安兵衛/片岡源五衛門
鏡五郎
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キングレコードが鏡五郎で忠臣蔵題材の演歌を発売していた。堀部安兵衛/片岡源五衛門、
映画ともリンクする、歌の世界へ大きく広がる忠臣蔵の世界



最新裏通りリンク⇒映画女優入江たか子の絶頂 大星の片岡千恵蔵と田中絹代 巨匠溝口健二と交遊


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2018/02/07 00:00 | 超大物俳優COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

【忠臣蔵伝説】本数と観客動員と多様性の3拍子実積 with水戸黄門



忠臣蔵それは日本最大の映画の題材。これはマスコミがきちんと取り上げない事実です。


忠臣蔵の題材作は300以上が確認できますが、その中でもっとも実積があるといえるのが片岡千恵蔵だったといえます。忠臣蔵映画はサイレント時代に尾上松之助が定着させ、戦後の最大の映画黄金期は千恵蔵が牽引したといえるでしょう。この二人の間には松之助に流れを継承し、サイレントからトーキー(音声付き)直後まで忠臣蔵映画を牽引した大河内傳次郎の存在も忘れてはならないところですが、今回は片岡千恵蔵の目線で前回の流れをさらに広げていきます。



さて「【忠臣蔵伝説】本数と観客動員と多様性の3拍子実積 with水戸黄門」開園です。





前回記事⇒真実の国民的映画スターの忠臣蔵28つのウラを暴け




改修版 片岡千恵蔵の全部の忠臣蔵映画




全快も載せていますが、今回も関わりがあるので掲載しました。
それと下記をさらに下記の部分と比べてもらえるように載せています。

茶色は大ヒット、またはそれ以上


1928『忠魂義烈 実録忠臣蔵 』 服部一郎右衛門、萱野三平 ・大ヒット 助演
1928『間者』 間重次郎 主演、または主演級
1928『実録忠臣蔵』(忠魂義烈 実録忠臣蔵と間者の改修作)服部一郎右衛門、萱野三平 助演
1930『元録快挙 大忠臣蔵 天変の巻 地動の巻』 浅野内匠頭 
  ・大ヒット 天変の巻は主演の可能性

1930『元禄快挙 大忠臣蔵 天変の巻 地動の巻(断片版)』 浅野内匠頭 天変の巻は主演の可能性

1931『元禄十三年』 岡部美濃守、岡部辰馬  主演
1933『堀田隼人』 堀田隼人、浅野内匠頭 主演
1934『忠臣蔵 刃傷篇 復讐篇』 浅野内匠頭、岡野金右衛門 
  ・大ヒット 刃傷篇の主演と復讐篇の助演

1934『天保忠臣蔵』 本田正人 ・元禄以外 主演
1937『浅野内匠頭』 浅野内匠頭 主演
10
1938『忠臣蔵 天の巻』 浅野内匠頭 ・大ヒット 主演
1938『忠臣蔵 地の巻』 立花左近   ・大ヒット 助演、事実上の2番手扱い

1938『忠臣蔵 天の卷 地の巻』(3分尺の断片版)浅野内匠頭、立花左近 主演と助演
1941『忠臣蔵 天の巻 新篇(前編)』 浅野内匠頭 主演
1941『忠臣蔵 地の巻 新篇(後篇)』 立花左近 助演、事実上の2番手扱い
15
1941『忠臣蔵 天の巻 地の巻(総集編)』浅野内匠頭、立花左近 主演と助演
1944『高田馬場前後』 浅野内匠頭 主演 嵐寛寿郎とダブル主演
1952『赤穂城』 浅野内匠頭、大石内蔵之助 主演
1952『続赤穂城』  浅野内匠頭、大石内蔵之助  主演
1953『初祝二刀流(高田馬場前後の改題、改修)』 浅野内匠頭 嵐寛寿郎とダブル主演
20
1953『女間者秘聞 赤穂浪士』 大石内蔵之助 主演
1956『赤穂浪士 天の巻 地の巻』  立花左近 
  ・超大ヒット 助演だが部分主演、表記はトップ *年間観客動員1位 2000万人近く

1956『忠臣蔵 天の巻 新版(前編)』 浅野内匠頭 主演
1956『忠臣蔵 地の巻 新版(後篇)』 立花左近 助演、事実上の2番手扱い
1959『忠臣蔵 桜花の巻 菊花の巻』 大石内蔵助
  ・超大ヒット 主演 *年間観客動員4位 1500万人以上

25
1959『血槍無双』 俵星玄馬 主演 大川橋蔵とダブル主演
1961『赤穂浪士(1961)』 大石内蔵助 
  ・超大ヒット 主演 *年間観客動員ベスト2位 1300万人ほど

1963『ギャング忠臣蔵』 大石良雄 ・現代劇 主演
28



28作中のほぼが代表作といっていいでしょうし、大ヒットに含まれていない作品もほぼヒットしています。それだけ片岡千恵蔵が36年の長期間で認められた俳優であったことを意味しています。

当時の映画俳優は契約制度なので、現在のフリーや事務所に守られている俳優たちよりもはるかに厳しいです。毎年のように結果を出さないと出演さえできませんので、現在の50年芸歴よりもいやそれ以上よりもはるかに上に該当します。


新編 忠臣蔵 上
新編 忠臣蔵 上

あの国民的大作家の吉川英治が書いていた忠臣蔵小説 
残念ながら吉川英治の忠臣蔵は映画化されることがありませんでした。映画化今後ありえるのか?
吉川英治は大衆小説の名手でも200本を越す映画化作品が存在、小説は読みやすい作風も魅力です。






片岡千恵蔵が2役演じた忠臣蔵題材の出演映画




片岡千恵蔵は実に多彩な要素を持つ忠臣蔵映画に出演しました。
その一つが2役演じた忠臣蔵題材の出演映画です。



片岡千恵蔵が2役演じた忠臣蔵題材の出演映画

1928『忠魂義烈 実録忠臣蔵 』 服部一郎右衛門、萱野三平  助演
1928『実録忠臣蔵』(忠魂義烈 実録忠臣蔵と間者の改修作) 服部一郎右衛門、萱野三平  助演
1931『元禄十三年』 岡部美濃守、岡部辰馬  主演
1933『堀田隼人』 堀田隼人、浅野内匠頭 主演
1934『忠臣蔵 刃傷篇 復讐篇』 浅野内匠頭、岡野金右衛門  刃傷篇の主演と復讐篇の助演
1941『忠臣蔵 天の巻 地の巻(総集編)』浅野内匠頭、立花左近 主演と助演
1952『赤穂城』 浅野内匠頭、大石内蔵之助 主演
1952『続赤穂城』  浅野内匠頭、大石内蔵之助  主演



片岡千恵蔵が2役演じた忠臣蔵題材の出演映画は改修作や総集編を含むと、通産で8作も存在しています。これはサイレント以降も活躍した俳優の中では歴代トップです。正確にはトップタイです。実は月形龍之介の場合も8作が存在していますが、元の作品は1938『忠臣蔵 地の巻』と1938『忠臣蔵 天の巻』の2作のため、実際は片岡千恵蔵の方が上回っているといえるでしょう。



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まさかの忠臣蔵のお酒が存在、映画愛子も始めて知りました。忠臣蔵ファンならずとも価値があるお酒が忠臣蔵大吟醸です。柔らかな旨味とキレの良い爽やかな喉越し、まさに忠臣蔵映画をイメージ、しかも平成22酒造年度の全国新酒鑑評会にて、金賞を受賞したお酒が忠臣蔵大吟醸です。産地は兵庫県赤穂市なので、忠臣蔵や赤穂浪士の地元、名前どおりの忠臣蔵のお酒です。




月形龍之介の2役演じた忠臣蔵題材の出演映画8作





月形龍之介の2役演じた忠臣蔵題材の出演映画8作 役名は原惣右衛門、小林平八郎のみ

1938 『忠臣蔵 地の巻』  原惣右衛門、小林平八郎
1938 『忠臣蔵 天の巻』  原惣右衛門、小林平八郎
1938 『忠臣蔵 天の卷 地の卷』  3分尺の断片がNFC所蔵で現存 原惣右衛門、小林平八郎
1938 『忠臣蔵 天の巻 地の巻 (総集編)』 原惣右衛門、小林平八郎
1941 『忠臣蔵 地の巻 新篇(前編)』  原惣右衛門、小林平八郎
1941 『忠臣蔵 天の巻 新篇(後篇)』  原惣右衛門、小林平八郎
1956 『忠臣蔵 天の巻 新版(前編)』  原惣右衛門、小林平八郎
1956 『忠臣蔵 地の巻 新版(後篇)』  原惣右衛門、小林平八郎


*忠臣蔵 天の卷 地の卷の卷は現存題名 現代は基本使わない漢字
*NFC=日本フィルムセンター、事実上の「東京国立近代美術館フィルムセンター」の意味
*1956 『忠臣蔵 天の巻 新版(前編)』と『忠臣蔵 地の巻 新版(後篇)』は(総集編)の扱いではなく、ここはそのまま表記しています。


2役演じることは評価なのか、と考えられる方もいるでしょうが、はい、一つの評価です。

俳優として1作で2役を演じることも多様性や重要さを任せられた一つの評価になります。現在でいうと声優に多く見られる傾向がありますが、声優の場合は他のいない、資金がなく余分に声優を雇えないなどの理由から一人に数役やらせることがあります。もちろんガヤなどは含みませんが、一言や二言の役など、作品が評価されていることは最低限ですが、2役以上をレギュラーで演じていればそこそこ大きな部分があるでしょう。

ですが、いくらアニメが伸びているとはいえ、片岡千恵蔵や月形龍之介は実写の俳優です。2役がいくら戦前、戦後直後とはいえ、やはり大きな評価になります。さらに一部の人だけが知っているものや無名作ではなく、「日本を代表する忠臣蔵映画」ですから、その大きさは計り知れません。





水戸黄門 [DVD]

月形龍之介といえば、通産で520作以上の映画に出演した日本を代表する超大名優、戦後の映画出演は260作以上が助演があり、主演21作でしたが、東映で「水戸黄門漫遊記シリーズ」が13作が作られ、通産で3000万人以上の観客動員を記録したしたとも考えられます。水戸光圀(水戸黄門)は当たり役となり、年間観客動員ベストテンにオールスター3作のうち2作がランクインしています。ちなみに2作のみで2000万人近くを動員しており、爆発的な大ヒットを記録しました。上記の水戸黄門は1957年に公開された『水戸黄門(1957)』であり、シリーズ11作目に該当します。


今回で取り上げた片岡千恵蔵とも共演、上記には下部分に片岡千恵蔵と市川右太衛門、上記部分は東千代之介と大川橋蔵??、いえ左が大川橋蔵、右が中村錦之介で4名なのでしょう。中央の左に東千代之介、中央の右に大友柳太朗と桜町弘子かな。

特に片岡千恵蔵と市川右太衛門、大川橋蔵、中村錦之介の4名は中央の月形龍之介より大きく表記されています。月形龍之介は大名優でしたが、この映画の頃のスターとしては4名の方が上なので妥当といえば妥当でしょう。




片岡千恵蔵が2役演じた忠臣蔵題材の出演映画





片岡千恵蔵が2役演じた忠臣蔵題材の出演映画

1928『忠魂義烈 実録忠臣蔵 』 服部一郎右衛門、萱野三平  助演
1928『実録忠臣蔵』(忠魂義烈 実録忠臣蔵と間者の改修作) 服部一郎右衛門、萱野三平  助演
1931『元禄十三年』 岡部美濃守、岡部辰馬  主演
1933『堀田隼人』 堀田隼人、浅野内匠頭 主演
1934『忠臣蔵 刃傷篇 復讐篇』 浅野内匠頭、岡野金右衛門  刃傷篇の主演と復讐篇の助演
1941『忠臣蔵 天の巻 地の巻(総集編)』浅野内匠頭、立花左近 主演と助演
1952『赤穂城』 浅野内匠頭、大石内蔵之助 主演
1952『続赤穂城』  浅野内匠頭、大石内蔵之助  主演


1931『元禄十三年』と1933『堀田隼人』はフィルムが現存していないとされています。『元禄十三年』(製作=千恵蔵プロダクション 配給=日活)は有名な小説家の林不忘(はやしふぼう)が原作であり、「丹下左膳シリーズ」や「大岡政談」やその大岡政談の「魔像」もの、別名義の牧逸馬の「新しき天」などの映画化原作を残しました。世間的な面では林不忘で知られているといえるでしょうし、監督=稲垣浩、脚本=伊丹万作の名コンビであり、気になる作品の一つです。それと岡部辰馬の妻役は片岡千恵蔵と恋愛騒動があったことでも知られる入江たか子でした。



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2018/01/19 00:00 | 超大物俳優COMMENT(1)TRACKBACK(0)  

真実の国民的映画スターの忠臣蔵28つのウラを暴け



忠臣蔵映画といえば俳優はやはり片岡千恵蔵といえるでしょう。これは日本映画にちょっと詳しい人であれば誰でも知る有名なところです。忠臣蔵映画といえば、日本映画の歴代でもっとも特別な題材であり、そのトップは同時に事実上の国民的映画スターを意味しています。

いくら他のシリーズ映画で当たって多くの観客を呼んでも、忠臣蔵で当たらなければ実積が弱いという部分も存在しているからです。それほど大きなものでした。特に時代劇映画の黄金期は忠臣蔵で当たって、真の一人前という部分もあったからです。


忠臣蔵映画といえば俳優はやはり片岡千恵蔵、それは何故か、それはもっとも映画館に観客を動員した映画スターの部分はもちろんのこと、実に多彩で幅の広い作品群に忠臣蔵映画、出演や主演を果たしたからです。片岡千恵蔵は世界で歴代最多の10以上の代表題材や代表シリーズがありますが、その中でも忠臣蔵映画はトップということができます。


今回は「真実のの国民的映画スターの忠臣蔵28つのウラを暴け」と題して展開していきます。

前回の記事⇒11代目の歌舞伎「仮名手本忠臣蔵九段目」と幻映画『忠臣蔵五段目』に隠された残像




片岡千恵蔵の全体の忠臣蔵映画





片岡千恵蔵の忠臣蔵映画 通産28作 1928~1963 36年 2018.1時点版

1928『忠魂義烈 実録忠臣蔵 』 服部一郎右衛門、萱野三平 ・大ヒット 助演
1928『間者』 間重次郎 主演、または主演級
1928『実録忠臣蔵』(忠魂義烈 実録忠臣蔵と間者の改修作) 服部一郎右衛門、萱野三平 助演
1930『元録快挙 大忠臣蔵 天変の巻 地動の巻』 浅野内匠頭 ・大ヒット 
  天変の巻は主演の可能性
1930『元禄快挙 大忠臣蔵 天変の巻 地動の巻(断片版)』 浅野内匠頭 天変の巻は主演の可能性

1931『元禄十三年』 岡部美濃守、岡部辰馬  主演
1933『堀田隼人』 堀田隼人、浅野内匠頭 主演
1934『忠臣蔵 刃傷篇 復讐篇』 浅野内匠頭、岡野金右衛門 ・大ヒット 
  刃傷篇の主演と復讐篇の助演
1934『天保忠臣蔵』 本田正人 ・元禄以外 主演
1937『浅野内匠頭』 浅野内匠頭 主演
10
1938『忠臣蔵 天の巻』 浅野内匠頭 ・大ヒット 主演
1938『忠臣蔵 地の巻』 立花左近   ・大ヒット 助演
1938『忠臣蔵 天の卷 地の巻』(3分尺の断片版)浅野内匠頭、立花左近 主演と助演
1941『忠臣蔵 天の巻 新篇(前編)』 浅野内匠頭 主演
1941『忠臣蔵 地の巻 新篇(後篇)』 立花左近 助演、事実上の2番手扱い
15
1941『忠臣蔵 天の巻 地の巻(総集編)』浅野内匠頭、立花左近 主演と助演
1944『高田馬場前後』 浅野内匠頭 主演 嵐寛寿郎とダブル主演
1952『赤穂城』 浅野内匠頭、大石内蔵之助 主演
1952『続赤穂城』  浅野内匠頭、大石内蔵之助  主演
1953『初祝二刀流(高田馬場前後の改題、改修)』 浅野内匠頭 嵐寛寿郎とダブル主演
20
1953『女間者秘聞 赤穂浪士』 大石内蔵之助 主演
1956『赤穂浪士 天の巻 地の巻』  立花左近 ・超大ヒット 助演だが表記はトップ 
  *もっとも高い競争力の時期に年間観客動員1位 2000万人近く 
  これまでの1位の松竹を上回り、東映が創立初の年間観客動員1位を記録
1956『忠臣蔵 天の巻 新版(前編)』 浅野内匠頭 主演
1956『忠臣蔵 地の巻 新版(後篇)』 立花左近 助演、事実上の2番手扱い
1959『忠臣蔵 桜花の巻 菊花の巻』 大石内蔵助 ・超大ヒット 主演 
  *歴代高い競争力の時期に年間観客動員ベスト10入り 1500万人以上 
  この年の東映は歴代で最大の観客動員を記録
25
1959『血槍無双』 俵星玄馬 主演 大川橋蔵とダブル主演
1961『赤穂浪士(1961)』 大石内蔵助 ・超大ヒット 主演 
  *もっとも高い競争力の時期に時代劇映画で年間観客動員ベスト10入り 1000万人以上 
  東映はこの年も年間観客動員1位を連続記録中
1963『ギャング忠臣蔵』 大石良雄 ・現代劇 主演



忠臣蔵映画で約36年の主演は言うまでもなく歴代1位です。尾上松之助でさえ、20年に及んでいませんし、約半分ほどでした。主演本数ではサイレント映画のみで活躍した映画スターの尾上松之助に次ぐ、2位といえますが、次回に詳しくは迫りますが観客動員は圧倒的に上だと考えられる歴代1位です。尾上松之助の頃の日本映画はこれから伸びていく勢いはありましたが、まだまだ未熟な総明記でした。

見やすいように5作ごとに区切っています。そのまま28作を載せられても見にくいことは、個人的な他のブログなどを読んだ経験が生かされています。





『忠魂義烈 実録忠臣蔵』と『実録忠臣蔵』と千恵蔵と






商品化されている『実録忠臣蔵』についても少し取り上げたいと思います。

実録忠臣蔵 [DVD]
『忠魂義烈 実録忠臣蔵』の改修作であるといわれる実録忠臣蔵 [DVD]です。日本映画の父、日本初の巨匠、日本映像芸能の父、マキノ省三(主な別名義は牧野省三)の監督作で、製作ではいくつかありますが、マキノ省三の監督作で片岡千恵蔵の唯一の出演作といわれています。

*改修作とは視聴不可能な部分を上手く省いたり、見やすい作品にするために部分的に追加するなどの要素を施した映画



この映画は当時の舞台の大物俳優の伊井蓉峰(いいようほう)が大石内蔵之助、若手で実積を積んできたスター俳優の諸口十九(もろぐちつづや)が浅野内匠頭、千恵蔵とも多数の共演作がある名優の市川小文治が吉良上野介、嵐長三郎(のちの嵐寛寿郎)が脇坂淡路守、すでに監督デビューし、鮮烈な活躍をスタートさせていたのちの巨匠のマキノ正博(にちにマキノ雅弘)が大石主税、若き日の超名優の月形龍之介が清水一角、

のちの名プロデュサーの玉木潤一郎や戦前を代表する大女優の鈴木澄子、名脇役の松浦築枝のヒロイン時代、牧野省三の四女でスター女優のマキノ智子など、新旧スターが数十名出演し、多くの魅力が見つけられ、豪華布陣の超大作が垣間見れます。



片岡千恵蔵は比較的に中心に近い役柄の服部一郎右衛門と萱野三平の2役を演じています。萱野三平はのちの東映時代の後輩の里見浩太朗がテレビドラマの名作『あゝ忠臣蔵』(1969)で演じています。『忠魂義烈 実録忠臣蔵』とその改修『実録忠臣蔵』のことをわかってて演じさせたのが、ただの偶然なのか気にかかる部分です。偶然だとしたら里見浩太朗との師弟や運命(さだめ)でしょうか。





片岡千恵蔵とデフォルメの忠臣蔵映画 業界の後輩の市川雷蔵と勝新太郎への影響






1934『天保忠臣蔵』はタイトルどおり元禄を天保年間に置き換えて作られた斬新な忠臣蔵映画、片岡千恵蔵は特に戦前に置き換えやいじくり、デフォルメ、風刺劇など色々な言い方がありますが、デフォルメ時代劇でも当たった俳優でした。それは時代劇映画や日本映画全体の発展にいくつかの貢献しました。


たとえばここでは2作のみに絞りますが、『弥次喜多道中記(1938) 』は弥次喜多題材でありながら、遠山金四郎の片岡千恵蔵がねずみ小僧の杉狂児と旅をしてしまうという内容があり、人を裁く裁く方と義賊(庶民の人の役に立つ盗っ人)であっても今で言う犯罪者の裁かれる方を描いたデフォルメの要素も存在しています。これも代表作です。

実はこの映画戦後に大映で市川雷蔵と勝新太郎の主演によるリメイク作の1955『怪盗と判官』 が作られています。もちろん視聴しているわけですが、遠山金四郎を市川雷蔵が演じ、鼠小僧次郎吉(ねずみ小僧)を勝新太郎が演じています。ここでは反れるので避けますが、市川雷蔵も勝新太郎も片岡千恵蔵の代表作『弥次喜多道中記(1938) 』だけに留まらず、ほかにもリメイクや演じた役を多く演じています。

弥次喜多道中記 [DVD]
弥次喜多道中記 [DVD]
時代劇映画には珍しいパッケージの黄色のデザインの装飾、権利を所有している日活がどこかに依頼して考えたのでしょう。インパクトがあります。上記の千恵蔵と映る女優は誰でしょうか。原駒子、中野かほる、比良多恵子??この辺を探るのも映画の面白さです。


天保忠臣蔵』だけじゃない。『清水港』や『続清水港』




さらに日活オールスターで描かれた『清水港』や『続清水港』は巨匠のマキノ雅弘(当時はマキノ正博)が監督し、現代劇と時代劇をミックスさせ、特に1939『続清水港』は当時にかなりの評価されて、戦後に後輩の大川橋蔵などでリメイクが作られています。主演の片岡千恵蔵はこの2作を通じて政吉、現在で言う演出家の石田勝彦と森の石松の3役をコミカルに演じました。この中でタイムスリップが描かれているといわれ、当時に斬新な時代劇映画でこれも代表作でした。のちに大林宣彦で『時をかける少女 (1983) 』、さらにアニメ映画の『時をかける少女 (2006) 』などでもタイムスリップが描かれた映画がありますが、これのほうが40年以上も先です。これもすごい部分です。



戻りますが、この『天保忠臣蔵』も片岡千恵蔵のデフォルメの要素映画の代表格といえます。舞台は天保なのでそのまま天保年間です。天保年間は江戸時代の末期の1831年から1845年までの期間を指し、この時代の将軍は徳川家斉、徳川家慶でした。大塩平八郎の乱や高野長英、渡辺崋山らが弾圧を受けた蛮社の獄(ばんしゃのごく)、天保の改革が特に有名です。

天保忠臣蔵』は片岡千恵蔵の単独主演では初のオール・トーキー(全編に音声がある)忠臣蔵要素を持つ映画で、日本映画が歴代上位の名コンビ、稲垣浩が監督と脚本、撮影は石本秀雄による黄金トリオで映画化されました。



最後にデフォルメの映画は現在のアニメ映画の飛躍にも流れとして大きな影響を与えています。片岡千恵蔵はアニメに1作も声優で出演していませんが、ものすごいことにアニメに影響を与えていたのです。これも忘れてはならない部分です。


今回のウラリンク⇒【ウラ版】真実の国民的映画スターの忠臣蔵28つのウラを暴け


前回の裏側⇒【忠臣蔵映画と黒澤明】極端な欧米志向監督を忠臣蔵映画は許されず



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2018/01/06 00:02 | 超大物俳優COMMENT(1)TRACKBACK(0)  

【映画秘話】忠臣蔵映画の起源のナゾと現代なら人間国宝の歌舞伎名優のヒミツ



日本人と忠臣蔵映画の歴史は世界の映画史の中で、もっとも長い一つに数えられ、2017年で約110年といわれています。忠臣蔵映画は現在確認しているだけで、300作以上の本伝と外伝を合わせた数が存在しています。


イギリスのシャーロックホームズ映画は同一の原作者でいうと1位ですが、明確な題材映画でいうと忠臣蔵映画に次いで、世界で2位だと考えられます。今回は【映画秘話】忠臣蔵映画の起源のナゾと現代なら人間国宝の歌舞伎名優のヒミツと題して進行して参ります。



忠臣蔵映画の本伝とは、基本的に討ち入りがあるものや大石内蔵之助(大石蔵之助の表記もあり)などの特定の人物が定義付けられています。
忠臣蔵映画の外伝とは、本伝の主演から外れ、忠臣蔵の関連人物を主役にしたり、関連エピソードを中心にするなどが中心です。

前回リンク⇒【栄耀栄華】新人監督のニュージーランドスクリーン賞2作の快挙と往年名優ピーター・オトゥールが結ばれた理由



忠臣蔵映画の起源となった名歌舞伎俳優の存在と15代目片岡仁左衛門





忠臣蔵映画の歴史はとある俳優から始まったと考えられています。


それが片岡仁左衛門です。

仁左衛門というと現在の以前は本名の片岡孝夫でテレビドラマでも活躍したことがある片岡仁左衛門は15代目(1944年~仁左衛門の襲名は1998年)ですが、もちろん彼ではありません。


彼の父親である13代目片岡仁左衛門(1903年~1994年)の養父である11代目片岡仁左衛門が最初だとされています。13代目の実父は実業家の安田善三郎です。つまり現在の15代目片岡仁左衛門からすると祖父にあたる人物で、今回は取り上げませんが13代目と15代目の間に挟まる12代目や14代目など、複雑な人間関係の流れを経て、現在の15代目の片岡仁左衛門は存在しているわけです。


十五代目襲名記念 写真集 片岡仁左衛門
・これは15代目の片岡仁左衛門です。この風貌の影に11代目の面影が存在しているのかもしれません。11代目片岡仁左衛門は1934年(昭和9年)に亡くなった人物であり、80年以上前であることから、直接に関するアイテムが存在していません。
十五代目襲名記念 写真集 片岡仁左衛門




11代目片岡仁左衛門は1934年に亡くなっていますが、現在でいうと人間国宝に該当する芸の持ち主や功労者だと考えられます。息子の13代目片岡仁左衛門や孫の15代目片岡仁左衛門人間国宝に認定されていますし、ある意味でそれ以上の貢献の可能性を秘めた彼は人間国宝を与える概念が形成される前に残念ながら亡くなりました。ちなみに重要無形文化財及び保持者(人間国宝)の指定や認定が行われたのは有名ですが1955年2月15日からです。


忠臣蔵映画というと目玉の松ちゃんこと、主演映画数は世界最多の1000作にのぼったといわれる、今で言えば完全に真のギネス記録ですが、忠臣蔵映画の最初というと日本映画最初の大スターの尾上松之助を思い出される人もいますが、実は彼は最初ではなく、最初は11代目片岡仁左衛門でした。映画の大スターとしては最初だった部分が一人歩きしたことで、こうしたイメージも定着してしまいました。


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ギネス記録の悪「男はつらいよ!」VS「忠臣蔵」「鞍馬天狗」&紅白 倉木麻衣VS新世代のアニソン女王LiSA






11代目片岡仁左衛門尾上松之助の忠臣蔵映画はどちらが最初?!





11代目片岡仁左衛門は下記のこれらの忠臣蔵映画に出演しました。1907年から1911年までの約4年間の5作が確認できます。



11代目片岡仁左衛門の忠臣蔵題材の映画出演 すべてが主演、役は不明

1907   『忠臣蔵五段目
1908   『忠臣蔵五段目』 
1908.10 『忠臣蔵』
1908.11 『忠臣蔵』
1911   『仮名手本忠臣蔵』



1908年の10月公開の『忠臣蔵』と同年の11月公開の『忠臣蔵』、『仮名手本忠臣蔵』は大石を少なくても演じていたものと、いえ正確には可能性があると考えられます。他にも浅野内匠頭や吉良上野介などの主要を一人で演じていた可能性が多くありますがそこはさらに不明です。明確な役名は不明ですが、史上初めて忠臣蔵映画の本伝で主演と描かれることが多い、大石内蔵之助を映画で演じたと考えてよいでしょう。

尾上松之助の最初の忠臣蔵映画は1910年2月の横田商会による『大石蔵之助一代記』が最初だからです。この横田商会とは、のちの時代劇映画の最王手の映画会社日活を形成する会社の一つです。11代目片岡仁左衛門は3年ほど前に史上初の忠臣蔵映画に主演していました。



目玉の松ちゃん―尾上松之助の世界 (岡山文庫 (178))
目玉の松ちゃん―尾上松之助の世界 (岡山文庫 (178))
残念ながら尾上松之助の映画は『渋川伴五郎』を除いては完全な形で現存するものがないといわれ、そのほとんどが断片や部分的に残されたものがいくつかのみです。




11代目片岡仁左衛門の忠臣蔵映画1907年と1908年の『忠臣蔵五段目』のナゾ






さらに気にかかるのは上記の”11代目片岡仁左衛門の忠臣蔵題材の映画の出演”の1907年と1908年の『忠臣蔵五段目』についてですが、これは歌舞伎の忠臣蔵五段目大石内蔵之助が登場しないため、この映画にも登場していない可能性が高いと考えられます。


歌舞伎の忠臣蔵五段目は、忠臣蔵映画に登場することがある男女のおかると勘平を描いており、そこに千崎弥五郎(神崎与五郎)や終盤に定九郎、さらに老人が主に登場する展開とあらすじとされています。11代目片岡仁左衛門はおかると勘平、中軸に登場する千崎弥五郎を一人で演じていた可能性がありますが、明確な役柄は不明です。ですが、忠臣蔵映画に歌舞伎の名優の11代目片岡仁左衛門が出演していた証拠が残されていました。上記の5作以外にも忠臣蔵映画に出演していた可能性がありますが、データは存在していないため、とりあえずは5作とここではいわせていただきます。



歌舞伎名作撰 假名手本忠臣蔵 (道行・五段目・六段目) [DVD]
假名手本忠臣蔵 (道行・五段目・六段目)、現在に多く使われている仮ではなく、こちらの假です。これを見るとこで11代目片岡仁左衛門の忠臣蔵映画や映画 『忠臣蔵五段目』の内容のイメージがしやすくなります。



裏側リンク
ギネス記録の悪「男はつらいよ!」VS「忠臣蔵」「鞍馬天狗」&紅白 倉木麻衣VS新世代のアニソン女王LiSA

最初に考えていた「ギネス記録の問題汚点と11代目片岡仁左衛門の忠臣蔵映画 鞍馬天狗や異様広告会社の影」とは書いてみたら大きく異なる内容になりました。

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2017/12/03 00:00 | 超大物俳優COMMENT(1)TRACKBACK(0)  

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