70代の久米宏や赤川次郎も熱狂させていた少年少女心を揺さぶる東映時代劇映画


作家の赤川次郎久米宏の土曜のTBSラジオの番組に出ていました。父親が満州映画(満映)~東映の制作に携わっていたことから、東映の時代劇映画を多く観て育ったそうですが、その中で東映のことを話していました。そこが一番に印象に残りました。伏見扇太郎の名前をラジオで聞いたのは久しぶりでした。

前回記事⇒「×数=××数?!」大ヒット時代劇映画の新諸国物語シリーズと伝説の松竹のメロドラマ映画の大胆比較

久米宏赤川次郎も熱狂させていた東映時代劇に伏見の存在


伏見扇太郎は子供向けの1時間の時代劇(冒険活劇が多い)を中心に活躍した東映の時代劇で活躍した主演スターの1人でした。片岡千恵蔵の息子で子役スター・植木基晴と共演した「まぼろし小僧の冒険」4作、「月笛日笛」や「天兵童子」、「風雲黒潮丸」、「里見八犬伝(1959)」の4つの3部作に主演しました。前後作(2部作)は7つもあります。国民的大作家・吉川英治の原作「月笛日笛」や「天兵童子」などに主演しているのは今でも大きなことです。

ちなみに1950年代前半の東映の創立時には満州映画からも製作者がやってきました。作家・赤川次郎の形成にも東映は少なからずとも貢献していたのでしょうね。

前々回の記事の流れ⇒世界の映画界が激震・映画「男はつらいよ!」を撃破。通算××作の大記録と番外編××作の大偉業新諸国物語の映像化作品(原作・原案などの関連全体)を全体的にも載せてみます。

1  1953 白鳥の騎士  新東宝
2  1954 新諸国物語 笛吹童子 第一部どくろの旗  東映
3  1954 新諸国物語 笛吹童子 第二部幼術の闘争  東映
4  1954 新諸国物語 笛吹童子 第三部満月城の凱歌  東映
5  1954 霧の小次郎 第一部 金龍銀虎  東映
6  1954 霧の小次郎 第二部 魔術妖術  東映
7  1954 霧の小次郎 完結篇 三日月童子  東映
8  1954 三日月童子 第一篇 剣雲槍ぶすま  東映
9  1954 三日月童子 第二篇 天馬空を征く  東映
10 1954 三日月童子 完結篇 万里の魔境  東映
11 1954 新諸国物語 紅孔雀 第一篇  東映
12 1955 新諸国物語 紅孔雀 第二篇 呪いの魔笛  東映
13 1955 新諸国物語 紅孔雀 第三篇 月の白骨城  東映
14 1955 新諸国物語 紅孔雀 第四篇 剣盲浮寝丸  東映
15 1955 新諸国物語 紅孔雀 完結篇 廃墟の秘宝  東映
16 1955 新諸国物語 オテナの塔 前篇  東宝
17 1956 新諸国物語 オテナの塔 後篇  東宝
18 1956 新諸国物語 七つの誓い 黒水仙の巻  東映
19 1957 新諸国物語 七つの誓い 奴隷船の巻  東映
20 1957 新諸国物語 七つの誓い 凱旋歌の巻  東映
21~45 1960 風小僧シリーズ 全25作 東映
46 1961 新諸国物語 黄金孔雀城  東映京都
47 1961 新諸国物語 黄金孔雀城 第二部 第三部  東映
48 1961 新諸国物語 黄金孔雀城 完結篇  東映
49 1961 新黄金孔雀城 七人の騎士 第一部 第二部  東映
50 1961 新黄金孔雀城 七人の騎士 完結篇  東映

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伏見扇太郎は「新諸国物語 七つの誓い」の3部作にはカビ役で出演しています。

ほとんどが東映(ほぼ東映京都)です。確認済み50作中、47作が東映になります。年に100作以上の時代劇映画を作り続けた時期があった東映。新諸国物語の原作や原案作の映像化作品たちも時代劇王国の東映の大きな人気や実積を物語っている一つといえます。風小僧シリーズのようなタイトルが存在しているかもしれません。個人的のもさまざまなデータを見ていますが、北村寿夫の原作のほかにも東映の蔵出し作品がありそうです。


*ちなみに東映のドラマの時代劇と映画の時代劇は同じではありません。歴代の時代劇に詳しくない方は、テレビ時代劇=映画時代劇というイメージをお持ちの方が大勢います。テレビ時代劇を観ているだけで、または当時の記憶だけのイメージで時代劇に馴染んでいる世代には、決め付けが多く存在しているようです。
テレビはテレビの時代劇のルールで東映もさまざまな時代劇を作り続けていました。テレビがテンポよく、見せたい部分を分かりやすく描く娯楽の方向へ進みましたが、映画は、主演スターや監督、華やかさ、芸術など、一言では語れない多様で多彩な魅力が溢れていました。


伏見扇太郎は新諸国物語への主演はありませんでしたが、「新諸国物語 七つの誓い」の3部作には助演で出演しています。1時間時代劇を中心に活躍した東映の映画全盛期をトップスターではないものの、一翼を担った人物でした。

時代劇スターの一翼を担った伏見扇太郎の群像を振り返る


久米宏も少年時代に伏見扇太郎を観ていたんですね。当然ながら全部ではないでしょうが、当時の子供の多くが東映の時代劇映画を観ていた事実も存在しています。久米宏赤川次郎(記事投稿時は69歳)などの現在の60代後半から70代中盤も当時は純粋な少年でした。

わたくし愛子も伏見扇太郎の主演作を近年に観ていますが、教育的要素取り入れた正義と悪、わかりやすくテンポが速く、少年少女心を揺さぶる作りを考えた内容ですが、深い部分を求めるような大人の時代劇ファンには物足りない部分があります。ですがこれはこれで今では作ることが難しい魅力です。

劇中であまり演じない演技なのも子供向けなのかもしれませんが、時代劇映画の多様性を知る面でも、新諸国物語も伏見扇太郎も重要な要素です。
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2016/06/20 20:27 | 邦画の探求COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

「×数=××数?!」大ヒット時代劇映画の新諸国物語シリーズと伝説の松竹のメロドラマ映画の大胆比較


新諸国物語の流れが続く方向ですが、それだけだと飽きるので今回はちょっと路線を脱線してみました。まるでビックリ箱のようなブログ進行の暴走機関車=記事の展開も含めてご覧いただければ幸いです。


⇒前回の記事世界の映画界が激震・映画「男はつらいよ!」を撃破。通算××作の大記録と番外編××作の大偉業

大ヒット作につき物の大記録と残念無念


新諸国物語の原作は「白鳥の騎士」から始まり、「笛吹童子」、「紅孔雀」、「オテナの塔」、「七つの誓い」へと続いていきます。
原作の外伝は「新諸国物語 天の鶯(うぐいす)」と「新諸国物語 黄金孔雀城」が存在していますが、なぜか「新諸国物語 天の鶯(うぐいす)」だけは映像化されておらず、この事実は非情に残念なことです。


新諸国物語の映画は1953年から1962年までのたった9年ほどの短期間に驚異的な50作が作られています。ですが、作数(部数)=公開数となっています。作品によっては、作数(部数)=公開数ではなく、例を挙げれば1部と2部などが同時の公開しているなどのケースがあります。

他の作品の例で挙げると、川喜多雄二淡路恵子の主演による松竹のメロドラマ映画「この世の花」(1955~1956)という映画があります。全10作(10部)が作られてヒットした映画でしたが、公開数は全部で6度でした。

実はこの作品も連続放送劇が元で映画化されました。北条誠の原作で、朝日放送と現在の文化放送の連続放送劇(今でいうラジオドラマ)でしたが、「この世の花」は淡路恵子島倉千代子が亡くなったときにテレビなどでも、関連付けてこの映画のことが関連付けて取り上げられました。

島倉千代子が歌手デビューした映画主題歌の作品でもあり、デビュー曲としては日本の歴代歌手の中でほとんどいないほどの200万枚以上の大ヒットを記録しています。簡単にいえば大歌手・島倉千代子を生み出した伝説の映画です。

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これ↑は、CD版ですが「この世の花」と「東京だョおっ母さん」という歌は現在ではあまり考えられませんが、
当時は両面(最近でいうシングルの2曲)ともに大ヒットしました。



この世の花」は7度の公開で全10部


「新諸国物語」からはちょっと脱線しますが、関連ということで載せてみました。確認するために膨大な時間を費やしています。

1 この世の花 第一部「慕情」
2 この世の花 第二部「悲恋」 第三部「開花」
3 続・この世の花 第四部「おもいでの花」 第五部「浪花の雨」
4 続・この世の花 第六部「月の白樺」 第七部「別れの夜道」
5 続・この世の花 第八部「さすらいの濱邊」
6 続・この世の花 完結篇 第九部「愛の裁き」 第十部「熱砂の抱擁」

主な出演=有川貢・川喜多雄二、浅間久美子・淡路恵子
父の浅間剛造・柳永二郎、母の浅間千代子・吉川満子、父の有川源太郎・奈良真養、母の有川お信・夏川静江、
島本美智子・雪代敬子、峰由美・水原真知子、吉野俊吉・片山明彦、田宮・大坂志郎と若杉英二、
川村千代子・小林トシ子、池田貞夫・山内明、塚越・伊沢一郎など

監督・穂積利昌 脚色・棚田吾郎 、 舟橋和郎 音楽・万城目正 原作・北条誠

この映画「この世の花」はCS放送されたことがあり、個人的には録画済み作品です。新諸国物語の映画は作数(部数)=公開数で50作でしたが、「この世の花」は10作ですが、10度の公開ではありません。公開数は7度で全10作が作られました。

この作品も全作を通すと多くの有名俳優が出演していますが、松竹的には大ヒットを記録した「君の名は」(1953~1954)の流れを受けた作品という位置付けにはなるでしょう。男女のすれ違いや悲恋、家族、友人などの複雑な人間関係を繊細に描いた作品です。


新諸国物語と同時期にヒットした「この世の花」に秘められた闇


「この世の花」の棚田吾郎 、 舟橋和郎の脚本家や万城目正は多数の代表作で活躍しましたが、穂積利昌は残念ながら大きな活躍はできませんでした。この「この世の花」が最大の代表作となっている映画監督です。

穂積利昌は、のちに東映で大活躍する大監督・佐々木康(松竹時代は高峰三枝子と名コンビ)の戦後初に公開された日本映画「そよかぜ」(1945)の製作主任を任せられてから、「この世の花」の7作を監督していますが、この作品が最大のピークでした。「この世の花」と同じ北条誠の原作による1958年に「花は嘆かず」の3部作も監督しますが、1950年代で松竹から映画監督という仕事からも姿を消しています。

川喜多雄二という俳優、個人的にも多くで見かけたことがありますが、松竹のスターとして短期間ではありますがある程度の活躍をしました。東映の時代劇映画ほどは松竹に安定した客が入らなかったともいわれていますが、1950年代の松竹も黄金期であり、今では考えられないほどの男性スターの競い合いも激しいものがありました。現在の日本映画は競うというレベルではありません。

名を挙げればトップ級の佐田啓二鶴田浩二の人気は特に凄まじかったともいわれていますが、川喜多雄二はこの二人ほどの代表作や主演数、活躍期間においても、到底及ぶことはありませんでした。佐田啓二・高橋貞二と同等に”新・松竹三羽烏”と称されたという部分もありますが、現実には大きな格差が存在していました。また、人気とは異なって鶴田浩二は松竹時代にはあまり代表作に恵まれませんでした。

この世の花・第1部「慕情の巻」 [VHS]
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残念ながらVHSしか販売されていません。日本映画の1950年代はアメリカ映画の1950年代とは異なっていて、
膨大なヒット作がたくさんあるので、まだまだ商品化が進んでいません。


淡路恵子はこの「この世の花」をきっかけにスター女優の仲間入りを果たしましたが、松竹を離れて東宝に移籍すると基本的には脇役となってしまいます。基本は主役のヒロイン女優に次ぐ2番手や脇役でした。有名作にちょくちょく出てることは出ているのですが、この頃はそうした女優は他にも数十名います。

淡路恵子はテレビのバラエティ番組の露出などの影響で実積以上に知名度が先行している部分が大きかった女優でタレント(晩年)です。主演では映画もドラマも代表作はあまり存在していません。トータルでは助演で活躍しました。

川喜多雄二などのスター俳優の闇の部分をテレビやマスコミはほぼ取り上げていないので、あえて書かせてもらいました。苦しんだ人や努力した人、成功した人、またはうまくいかなかった人も大切な映画人だからです。

今回はあえて、新諸国物語の作数(部数)=公開数○と「この世の花」の作数(部数)=公開数×に関連付けて、今回の記事は展開してみました。
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2016/06/10 18:29 | 邦画の探求COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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