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大ヒット『地獄の裁きは俺がする』から察する松方弘樹の存在価値を探れ!!



松方弘樹は主演俳優として挫折からスタートしたと言ってもよい映画人生の幕開けでした。助演を中心として時折に主演をコツコツ飛んでいく活動スタイルを余儀なくされました。


前回の記事⇒松方弘樹と国民的映画スター・片岡千恵蔵の共演歴 その絶大な影響力の解明挫折のスタートに関しても・・


大ヒット映画『地獄の裁きは俺がする



助演にも2番手や3番手、4番手扱いなど細かく言うと色々ありました。その頃の代表的な出演作が、片岡千恵蔵が主演した1962年の『地獄の裁きは俺がする』です。松方弘樹は出演俳優の中で4番手低下の扱いでした。


片岡千恵蔵が主演の片岡千恵蔵のギャングシリーズは、戦後直後の1940年代の後半から1960年代の前半にかけて作られ、確認できるだけで通産で23作があり、時代劇中心時期の東映の現代劇映画を代表するヒットシリーズとなりました。時代劇の歴代の大スター・片岡千恵蔵が暗黒街の大ボス・大門竜三&2丁拳銃の男という2面、3面性を持つ難解な役柄を見事に演じていますが、相手役の2番手を鶴田浩二が演じています。


裏の顔『地獄の裁きは俺がする』から察する松方弘樹と戦後を代表する名プログラムピクチャー
今回ブログの裏側の秘密へいざないます。



大ヒット映画『地獄の裁きは俺がする』から察する松方弘樹の存在価値




<1962年の『地獄の裁きは俺がする』の主な出演俳優>
片岡千恵蔵、鶴田浩二江原真二郎、松方弘樹、進藤英太郎益田喜頓柳永二郎本間千代子、長谷川裕見子、花柳小菊、曽根晴美、沢彰謙、北竜二、神田隆、八代万智子、加藤嘉


片岡千恵蔵と鶴田浩二の戦後の映画主演本数1位と2位の大スターを軸に、東映が現代劇で売り出していた映画スター時代の江原真二郎、彼は映画スターを辞めた後、1970年代頃からのテレビドラマ全盛期の時代は名脇役として多くの作品で頭角を現しました。映画時代は2、現代劇の主演で失敗して3、4番手俳優を軸に時代劇の主演がボツボツあった頃の松方弘樹、戦前の映画スター・小杉勇が監督した日活の『刑事物語シリーズ』でも主演で活躍した喜劇俳優スターの益田喜頓(益田キートン)、東映の創立時から時代劇を支えたベテラン女優スターの花柳小菊、

さらに船越英一郎の母で時代劇スター・長谷川一夫の親戚、東千代之介のヒロインを多く勤めた東映で上位のヒロイン女優の長谷川裕見子、大友柳太朗の『右門捕物帳シリーズ』では”当たり役の村上敬四郎”も演じた名優・進藤英太郎、東映や松竹の映画に多数、のちに演劇界の重鎮となる大物俳優の柳永二郎などが豪華出演していました。


1990年代以降は東映のVシネマやオリジナルビデオなどの出演も多い曽根晴美も、一時的に現代劇映画のスター候補の俳優でした。映画出演作数は30作ほどでしたが、東映の現代劇映画で10作ほどのヒロイン作があった若手女優の本間千代子小津安二郎などの松竹の脇役でも活躍した北竜二、『警視庁物語シリーズ』などで刑事役を多く演じた神田隆、映画出演は300作以上と言われ、多くの巨匠から評価された演技派俳優の加藤嘉も出演していました。加藤嘉は映画で助演の刑事役も多く演じていました。



『地獄の裁きは俺がする』の公開時は20歳前の松方弘樹と江原真二郎が27歳




このメインの出演者を見てもらうと映画俳優に詳しい人は気づかれるかもしれませんが、20歳前の男の俳優が松方弘樹のみです。松方弘樹の先輩俳優の江原真二郎(現在も存命)は公開当時は27歳でした。江原真二郎は映画デビューから8年程が経過して多少は中堅に近づいてきており、若さを押し出した役柄は困難な時期でした。ある程度の雰囲気や華があって、10代後半から20代前半がそのまま演じられる若い脇役が必要だったことも、松方弘樹を片岡千恵蔵の映画で起用した理由だと考えられます。

個人的には録画済ですが、『地獄の裁きは俺がする』は商品化されていないのでこのポスターを選びました。片岡千恵蔵が主演で高倉健が準主役を演じた1960年『二発目は地獄行きだぜ』の劇場用映画ポスターです。

ギャングと刑事たちを拳銃劇を交えて描いた独自な和製アクション映画であり、『二発目は地獄行きだぜ』は千恵蔵のギャングシリーズの13作目に該当、地獄シリーズの4作目、キャストを見てもらえればわかりますが、オールスターキャストです。このポスターは1点のみでまさに超プレミアム。


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2017/02/23 00:01 | 邦画の探求COMMENT(1)TRACKBACK(0)  

松方弘樹と国民的映画スター・片岡千恵蔵の共演歴 その絶大な影響力の解明



東映の俳優の時点でほとんどが戦前からの国民的映画スター・片岡千恵蔵の影響を受けていましたが、その存在は日本映画界にとても大きなものでした。松方弘樹はその影響を直接に受けている1人でした。その証拠に初期の多くの意味ある共演作や後世への多大な影響力挙げられます。

前回⇒松方弘樹は戦後でも上位の○○の映画スターだった件



主演デビューから数作、松方弘樹の主演としての挫折と出会い




松方弘樹は報道された通りの『十七才の逆襲 暴力をぶっ潰せ』から続く十七才の逆襲の3部作、またはシリーズともいえる映画で現代劇俳優として主演デビューしました。ですが、5作以上の映画に主演しても評価やヒットに恵まれずに父の近衛十四郎と同じ時代劇路線への変更を余儀なくされました。それと松方弘樹のデビューの少し前に映画俳優の父・近衛十四郎が松竹から東映へ移籍してきたことも必然の始まりでした。



松方弘樹と時代劇の出会いは戦前からの戦後を通じた国民的映画スターの息子からだった




時代劇映画では主に助演俳優として活動の方向転換を余儀なくされました。そのときに出演した映画が主演300作俳優、代表作150作、当たり役10つを越す戦前からの国民的映画スター・片岡千恵蔵が主演の『赤穂浪士(1961)』でした。東映創立10周年作として多額の費用をつぎ込んだこの作品は東映の社運をかけた作品であり、見事に年間上位に食い込む大ヒットを記録しました。年間観客動員が8億人最後の年となった1961年において、この成果は偉大でした。映画愛子的には1961年の競争力は現在よりも7~8倍ほど上だと考えています。

この東映ナンバーワン俳優の片岡千恵蔵の戦前から続く忠臣蔵の題材シリーズの21作目『赤穂浪士(1961)』(大オールスター)では、千恵蔵の大石内蔵助の息子の大石主税役という重要な役柄で出演し、ここから松方弘樹の時代劇の映画やドラマとの縁が生まれていきました。松方弘樹にとってこの作品は重要な作品だといえます。松方弘樹の100作以上に及ぶ全映画出演作の中で最大の観客動員のヒット作がこの『赤穂浪士(1961)』でした。片岡千恵蔵はその膨大な功績から確認できるだけでも歴代最多の13つの異名がありますが、その一つとして「忠臣蔵俳優」があります。忠臣蔵映画へ35年、戦前戦後を通じると最多の出演22作や主演19作、オールスターは出演15作、主演は歴代1位の10作などもあります。

*赤穂浪士の話(忠臣蔵)は日本でもっとも知られている国民的な時代劇などの題材であり海外でも広く知られ、
映画数は世界一の250作以上、歴史は約110年も存在しています。

松方弘樹の訃報のときに取り上げていた『仁義なき戦いシリーズ』は、公開当時の1作としてはそれほどの大きなヒット作ではありませんでした。『赤穂浪士(1961)』などの観客動員と比べると数分の1であり、残念ながら後からテレビや広告会社などの作為的な部分も重なって、都合よく誇張され定着させられていると考えられます。



松方弘樹と東映ナンバーワン俳優の片岡千恵蔵の共演歴とその絶大な影響




片岡千恵蔵遠山の金さんシリーズ⇒NHKがついた映画の嘘が発覚 その暴露の全貌を写真公開の「NHKがついた映画の嘘が明らかになる」に書いています。



その後も片岡千恵蔵の主演作に多数出演していきます。片岡千恵蔵の国定忠治の題材シリーズの9作目『勢揃い関八州』(1962年、大オールスター)、片岡千恵蔵のギャングシリーズの19作目『地獄の裁きは俺がする』(1962年、オールスター)、片岡千恵蔵の清水の次郎長4部作の『勢揃い東海道』(1963年、大オールスター)ですべて助演や脇役で出演しました。その後の松方弘樹は1962年の『天下の御意見番』(オールスター)ではメインの役柄に昇格して一心太助を演じていました。一心太助は片岡千恵蔵が戦前に主演で代表作の一つとして演じている役柄であり、ある程度の評価はされていたものと考えられます。松方弘樹は、遠山の金さん(遠山金四郎)や大石内蔵助、浅野内匠頭、近藤勇、織田信長、一心太助、西郷隆盛、北条時宗、自雷也、桂小五郎、飛車角、ねずみ小僧、松平伊豆守、中村半次郎など、片岡千恵蔵が映画で演じた代表的な役柄を映画やテレビドラマで1962年から2011年の49年間にわたって演じています。こうした部分からも大きな影響が確認できます。


<片岡千恵蔵が映画の主演で演じた役柄=松方弘樹の映画で演じた役柄(主演と助演)>
「タイトル」(公開年数) 助演、主演=松方の役柄 松方が助演の場合はその右へ主演俳優名

「天下の御意見番」 (1962年) 助演=一心太助 主演・片岡千恵蔵、月形龍之介
「怪竜大決戦」 (1966年) 主演=自雷也
「日蓮」 (1979年)  助演=北条時宗 萬屋錦之介(左から「主演・」を省略)
「徳川一族の崩壊」 (1980年) 助演=桂小五郎 萬屋錦之介
「人生劇場」 (1983年) 助演=飛車角  松坂慶子、永島敏行 現代劇

「茶々 天涯の貴妃」 (2007年) 助演=織田信長 和央ようか
「ギャルバサラ -戦国時代は圏外です-」 (2011年) 助演=織田信長 有村架純


<片岡千恵蔵が映画の主演で演じた役柄=松方弘樹のテレビ時代劇で演じた役柄>
タイトル(放映年と放送局の系列)助演、主演=松方の役柄 助演の場合はその右へ主演俳優

「あゝ忠臣蔵」 (1969年、フジテレビ)1話~5話 主演と助演が有=浅野内匠頭
「弥次喜多隠密道中」 (1971年、日本テレビ)ゲスト=ねずみ小僧 現・尾上菊五郎と目黒祐樹
「徳川三国志」 (1975年、NET=現・テレビ朝日) 主演=松平伊豆守信綱
「大奥」 (1983年、フジテレビ) 50、51話 助演=中村半次郎 栗原小巻
「太閤記」 (1987年、TBS)助演=織田信長 柴田恭兵

「風雲江戸城 怒涛の将軍徳川家光」 (1987年、テレビ東京)助演=荒木又右衛門 北大路欣也
「新撰組」 (1987年、テレビ朝日) 主演=近藤勇
「坂本龍馬」 (1989年、TBS) 助演=西郷隆盛 真田広之
「大忠臣蔵」 (1994年、TBS)主演=大石内蔵助
「赤穂浪士」 (1999年、テレビ東京) 主演=大石内蔵助
10
「名奉行 遠山の金さん」 (1988~1998年で42話など、テレビ朝日) 主演=遠山金四郎
11

<片岡千恵蔵がテレビの助演で演じた役柄=松方弘樹のテレビ時代劇の助演で演じた役柄>
「柳生一族の陰謀」 (2008年、テレビ朝日) 助演=柳生宗矩


*「天下の御意見番」(1962年)の主演・片岡千恵蔵、月形龍之介より以降は主演の表記を省略
*「あゝ忠臣蔵」 (1969年)は全39話で主役が話数ごとに変更するオムニバスドラマ、多数の主人公


松方弘樹は片岡千恵蔵が映画の主演の演じた役柄を映画の主演で1、助演で6、テレビドラマでは主演で7、助演5、ゲスト1で演じています。『あゝ忠臣蔵』の浅野内匠頭は主演と助演の両方で描かれているため、両方へ該当させています。通産では上記の通り、映画同士7+映画からドラマ11+ドラマ助演同士1=19度(役数は16)も演じていることになります。この数は父の近衛十四郎の演じた役柄や数よりも多く膨大な数といえます。初共演した忠臣蔵映画から始まり、ドラマの「遠山の金さん」までの道ののりだけでも影響力は多大でした。


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松方弘樹と片岡千恵蔵の二人の縁が始まるきっかけとなった『赤穂浪士(1961)』、この映画のオープニング曲が忘れられず、たまに録画したハイビジョン版のブルーレイディスクで確認してます。日本映画の凄みと日本映画史に残る名曲であり、ぜひCD化していただきたいものです。

裏ブログも公開中↓  ↓2・16公開 実積も圧倒的に長谷川一夫を上回る国民的俳優
真の国民的映画スターと松方弘樹の腐れ縁の数々

準新作 2・10公開 黄金期の東映女優の女優の苦しみとは・・
東映の系図の宿命と女優の苦しみを乗り越えて


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2017/02/13 00:01 | 邦画の探求COMMENT(1)TRACKBACK(0)  

松方弘樹は戦後でも上位の○○の映画スターだった件



2017年の1月に亡くなりました松方弘樹の功績に関して取り上げ行きたいと思います。松方弘樹は映画で助演で活躍した時期があった俳優でした。

テレビなどのマスコミ、NHKも松方弘樹を「仁義なき戦い」だけを中心に取り上げるという暴挙へ大きな問題を感じています。こうした「仁義なき戦い」だけの理由には某広告会社も関与している可能性も指摘されますが、今回はマスコミ取り上げていない真実を中心に、松方弘樹のある部分を取り上げたいと思います。公開記事名は松方弘樹は戦後でも上位の○○の映画スターだった件として進めていきます。


前回記事⇒NHKがついた映画の嘘が発覚 その暴露の全貌を写真公開


里見浩太朗千葉真一梅宮辰夫北大路欣也三田佳子佐久間良子松方弘樹が異なる部分




東映には数多くの後輩が現役で存在しています。例えば、2017年2月時点で存命の里見浩太朗千葉真一梅宮辰夫北大路欣也三田佳子佐久間良子などが該当します。

膨大になったため詳しくは裏側に公開
↓  ↓
松方弘樹は戦後でも上位の○○の映画スターだった件の奥底

上記の後編部分↓  ↓
東映の系図の宿命と女優の苦しみを乗り越えて追加2・10

松方弘樹はこれらの里見浩太朗千葉真一梅宮辰夫北大路欣也三田佳子佐久間良子とは一味違う実積だったと考えられます。それは日本映画全体や東映映画が現在もよりも比較的な全盛期の1960年代後半までの現代劇と時代劇において、ある程度の活躍を果たしたことが証明しています。

1970年代までの映画の大まかな出演の代表作で区別すると里見浩太朗北大路欣也は時代劇、千葉真一梅宮辰夫三田佳子佐久間良子は現代劇となりますが、松方弘樹だけが時代劇と現代劇の両方でした。この部分が一番に評価できる点ではないでしょうか。また助演や脇役の実積は大きなものだと考えられます。



松方弘樹の他の主演俳優の代表作への出演映画





松方弘樹の他の主演俳優の代表作への出演映画(助演、脇役のみ)
公開年数  「タイトル」  主演俳優   シリーズ ・松方が演じた有名な役名のみ表記
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
1961「赤穂浪士(1961)」 片岡千恵蔵の忠臣蔵の題材シリーズ 大オールスター ・大石主税
1961「幽霊島の掟」 大川橋蔵 オールスター
1962「瞼の母(1962)」 中村錦之助(のちの萬屋錦之介)
1962「天下の御意見番」 月形龍之介、片岡千恵蔵など オールスター ・一心太助
1962「きさらぎ無双剣」 市川右太衛門 オールスター

1962「地獄の裁きは俺がする」 片岡千恵蔵のギャングシリーズ&地獄シリーズ オールスター
1962「勢揃い関八州」 片岡千恵蔵の国定忠治の題材シリーズ 大オールスター
1962「柳生武芸帳 独眼一刀流」 近衛十四郎の柳生武芸帳シリーズ
1962「若さま侍捕物帳 お化粧蜘蛛」 大川橋蔵の若さま侍捕物帳シリーズ
1963「勢揃い東海道」 片岡千恵蔵の清水の次郎長4部作&関連題材シリーズ 大オールスター
10
1963「柳生武芸帳 片目の十兵衛」 近衛十四郎の柳生武芸帳シリーズ
1963「柳生武芸帳 片目水月の剣」 近衛十四郎の柳生武芸帳シリーズ
1963「柳生武芸帳 剣豪乱れ雲」 近衛十四郎の柳生武芸帳シリーズ
1963「次郎長三国志(1963)」 鶴田浩二の東映版「次郎長三国志」シリーズ
1963「続・次郎長三国志」 鶴田浩二の東映版「次郎長三国志」シリーズ
15
1963「柳生武芸帳 片目の忍者」 近衛十四郎の柳生武芸帳シリーズ
1964「次郎長三国志 第三部」  鶴田浩二の東映版「次郎長三国志」シリーズ
1964「新吾番外勝負」 大川橋蔵の新吾シリーズ
1964「博徒」  鶴田浩二の博徒シリーズ
1964「日本侠客伝」 高倉健の日本侠客伝シリーズ オールスター
20
1964「博徒対テキ屋」 鶴田浩二の博徒シリーズ
1965「昭和残侠伝」 高倉健の昭和残侠伝シリーズ
1967「あゝ同期の桜」  鶴田浩二のあゝシリーズ オールスター
1968「人間魚雷 あゝ回天特別攻撃隊」  鶴田浩二のあゝシリーズ オールスター
1968「人生劇場 飛車角と吉良常」 鶴田浩二の人生劇場シリーズ オールスター
25
1971「現代やくざ 盃返します」 菅原文太の現代やくざシリーズ
1971「昭和残侠伝 吼えろ唐獅子」 高倉健の昭和残侠伝シリーズ
1971「関東テキヤ一家 浅草の代紋」 関東テキヤ一家シリーズ
1972「緋牡丹博徒 仁義通します」 藤純子の緋牡丹博徒シリーズ
1972「博奕打ち外伝」  鶴田浩二の博奕打ちシリーズ
30
1973「仁義なき戦い」 菅原文太の仁義なき戦いシリーズ
1973「まむしの兄弟 恐喝三億円」 菅原文太と川地民夫のまむしの兄弟シリーズ
1974「仁義なき戦い 頂上作戦」 菅原文太の仁義なき戦いシリーズ
1974「仁義なき戦い 完結篇」 菅原文太の仁義なき戦いシリーズ
1974「新仁義なき戦い」 菅原文太の仁義なき戦いシリーズ
35
1974「あゝ決戦航空隊」 鶴田浩二のあゝシリーズ オールスター
1977「やくざ戦争 日本の首領」  佐分利信、鶴田浩二 日本の首領3部作  オールスター
1977「日本の首領 野望篇」 佐分利信、三船敏郎 日本の首領3部作  オールスター
1978「柳生一族の陰謀」 萬屋錦之介(元・中村錦之助) オールスター ・徳川家光
1978「赤穂城断絶」 萬屋錦之介 オールスター ・多門伝八郎
40
1979「日蓮(1979)」 萬屋錦之介 オールスター ・北条時宗
1979「その後の仁義なき戦い」 宇崎竜童など
1980「徳川一族の崩壊」 萬屋錦之介 オールスター ・桂小五郎
1983「人生劇場(1983)」 松坂慶子、永島敏行 ・飛車角
1995「蔵」 浅野ゆう子 松方自身によるプロデューサーの代表作
45



41作目の「日蓮(1979)」の制作・永田雅一プロダクション、配給・松竹以外の44作はすべてが東映です。もうお分かりだと思いますが、記事タイトルの○○は助演が含まれます。また、見やすいように5作ごとに区切りを入れています。情報量が多いのですが、まずはいっぺんにいかせてもらいました。

前から把握はしているにしても、45作の助演代表作群の膨大な数は恐れ入ります。現在の日本映画よりもある程度は観客のニーズが高かった頃の日本映画であったことも、この数字を実現に導きました。助演の主な映画代表作が45という数字は、今後にデビューする俳優にとっては困難な数であることは確かです。

45作から松方弘樹が助演で主演俳優を長年にわたり支え続けてきた、東映を代表する俳優の1人だったということが分かります。


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右から高倉健千葉真一、松方弘樹、鶴田浩二です。他にも多くの有名俳優が出ていますが、4スターだけでも豪華ではあります。鶴田浩二が主演した”あゝシリーズ”は1967年から、『あゝ同期の桜』、『人間魚雷 あゝ回天特別攻撃隊』、『あゝ予科練』、『あゝ決戦航空隊』の4作が存在しています。


1967年『あゝ同期の桜』はその1作目です。戦争や若者たちをテーマを中心とした東映の現代劇のオールスター作品であり、監督の中島貞夫にとっても初のオールスターとして評価を博しました。映画愛子も視聴していますが、オープニングの主題歌の「貴様とオレとは同期の桜~」から始まる歌唱は松方弘樹です。これが印象に残ります。


ドラマの裏通り↓映画のことも登場↓
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2017/02/02 18:36 | 邦画の探求COMMENT(1)TRACKBACK(0)  

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