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令和元年生誕101年 北海道最古映画館が生んだキュメンタリー『小さな町の小さな映画館』独自眼光線





平成最後の1ヶ月くらいから令和1度目の記事をさんざん悩んでいました。悩んで悩んだ末にさらに悩みました。前回に流れをそのまま押し出しても良ったのですが、あえて今回はその流れを一度廃して、別の形で令和最初にふさわしいと考える映画の形へ迫る、探り、眼光輝きました。


今回は元年最初ということで3つのおめでたい部分に触れており、「令和元年生誕101年 北海道最古映画館が生んだドキュメンタリー『小さな町の小さな映画館』独自眼光線」を令和の平和な時代に思いを込めて新元号1発目スタートです。





前回記事⇒平成完結股旅祭 股旅二大ナンバー2から浮上ナンバー1より真の映画愛を問う



合理的なアメリカスタイルが良き日本映画そのものを崩壊させた






日本には多くの映画館が存在しています。現在は同一の施設に複数のスクリーンがあるシネマコンプレックス(cinema complex、略称=シネコン)の映画館が基本的です。現在の日本の映画館としてこれが8割以上(10年前の記録なので2019時点はさらに増えて9割近いと考えられる)の支流となっています。言うまでもないことですが、これはアメリカの大好きな合理的スタイルです。ワーナー・マイカル・シネマズが介入したイオングループ系と東宝系がもっとも多く、数のみでは日本側が多いものの、経営していく上で合理的なアメリカスタイル、アメリカに事実上の染め上げられています。


映画館で観る映画は時代の流れで映画そのもののみを純粋に観る行為から観る+さまざまな体感型の要素を強くなってきています。映画の映像展開に合わせた振動や香り、自宅では困難な最先端の映像と大画面、自宅で不可能な決め細やかな音響、自宅では不可能な要素を増やすことで映画館で観る価値を見出す方法にシフトチェンジしています。

日本へ参入しているアメリカのハリウッド生まれの企業の影響は大きく、今後もこの路線の強化は進んでいくでしょう。さらに差別化を計ることで高くなる映画鑑賞料金でも許されるという方向へ導き、自宅で視聴する映画との差別化をさらに生み出していく、苦渋の選択(2019から観覧料金も上がるため観客にさらなる負担)を迫ることでしょう。





活動写真 牧野省三 尾上松之助 嵐璃徳 フランス






映画の歴史はフランスを発端として約120年ほどの時間が経過、海外に広まっていきました。日本においても1899年の6月20日に東京の歌舞伎座で、日本産の活動写真(映画)『芸者の手踊り』(映像記録のドキュメンタリー映画)が上映されました。ストーリーが伴う作品もその数年後に作られ、

日本初の映画スター嵐璃徳(1908年デビュー、差は大きいが尾上松之助のライバルの一人、1908年『本能寺合戦』から日本初の時代劇スター)、日本初の大スター尾上松之助(1909年デビュー、1910年代から1920年代にかけて日本の映像俳優で初の国民的スターに成長、忍術物、忠臣蔵、水戸黄門、オールスター映画の形成など貢献は多岐多数)、映画監督の巨匠は牧野省三尾上松之助との日本初の映画名コンビを形成、時代劇につながる日本映画の個性を形成、100名級の人材を発掘、育成、支援。戦後の日本最大の映画黄金期の影の最大の功労者)が最初です。







最新の映画館だけにならない価値 昔ながらの映画館の魅力





実は日本には商業的に合理的なシネマコンプレックスではなく、昔ながらの映画館がまだまだ存在しています。古き雰囲気を残した映画館は日本映画の最盛期の雰囲気を感じられるものがあり、同時に入館できる人数は少なく、高い費用のかかる音響や体験型の機能はありませんが、昔ながらの映画館は最新の映画館にない独特な味わいが存在しています。


映画館は映画作品を楽しむだけではなく、映画館に刻まれた歴史や染みついた土地の古き雰囲気、先人たちが観たであろう光景を想像しながら浸る映画の世界はまた格別なものです。その土地の人々が魅力に感じ、強力する残そうと努力を積む人々が存在しています。昔ながらの映画館に価値はあると考えています。


映画館は映画を楽しむだけではなく、映画館そのものも楽しむことができます。






ドキュメンタリー映画『小さな町の小さな映画館』(2010)






最新の映画館だけにならない価値 昔ながらの映画館の魅力を知らない世代に教えてくれる、知る人には再認識させてくれる。そんな映画があります。ドキュメンタリー映画『小さな町の小さな映画館』(2010)は特に印象に残ります。

この作品は2011年が初上映ですが、完成は2010年、時間をかけてコツコツと巡回的に全国上映されてきました。この映画は専用のホームページが存在しており、”小さな町の小さな映画館”で検索すると上位に表示されます。現在は販売が中心ですが、過去に上映を行っていた独立系映画作品です。


作品は北海道の浦河町にある最古の映画館”大黒座”の過去と現代、未来の可能性を取り上げることで、”ある種の映画愛を視聴者に問いかけている”内容です。



大黒座は1918年(大正7年)に芝居小屋として完成と開業、平行して映画上映を開始してこの映画の完成時点で90年強でしたが、ついに大台の2018年に100年を迎えました。20018年は記念すべき年であり、2019年の令和元年に101年目をスタートさせました。現在もこの映画館は稼動しており”大黒座”で検索すると上位に表示されます。


森田恵子写真集 (近映文庫)

森田恵子写真集 (近映文庫)
肉付きのよいむっちりしたこぼれそうな豊満な肉体たちが堪能でき、当時としては胸も大きいです。彼女は知る人ぞ知る森田惠子です。





小さな町の小さな映画館』はホームページから以外は購入できません。興味がある方は『小さな町の小さな映画館』で検索お願い致します。そのためこの方に登場を願いました。許してください80年代のアイドルの森田恵子です。実に意外な人物の登場です。


ドキュメンタリー映画『小さな町の小さな映画館』(2010)の監督の森田恵子と同姓同名の80年代アイドル、一方、第14代目サンベスガールやNHK岡山放送局契約キャスターを一時的に務めた森田恵子、書籍の紅茶と音楽のサロンの料理評論家の森田恵子も同姓同名の別人です。





⇒攻めに攻めたこの記事の裏側リンク⇒ ↓  ↓
伝説の映画館を目指せ 生誕101年の大黒座へ来館シュミレーション





2019年令和元年で生誕101年の大黒座は北海道の南の本州側の港町の浦河町に存在しています。新千歳空港の新千歳空港駅の高速バスを利用すると情緒はありませんが3時間5分、2620円で到着、電車から大黒座のある浦河駅まで行くとするとJR千歳線とJR日高本線を経由して最短で3時間26分、4000円もかかります。現在の浦河町は田舎に存在していることがわかりますが、古くは漁業が栄えており、多くのお店や映画館の娯楽も人気がありました。





名前の「雅弘」がつなぐ映画巨匠と大黒座の親子二代秘話






ネタバレしても観ないとわからない、とはいえども劇中の内容は観て知っていただきたいため、内容は少しに留めます。実は大黒座は周辺の残そうと協力している地域の住民や大黒座の形成している家族によって支えられています。こうした映画館が古き良き映画館が残るための基本的なあり方だと考えられますが、映画には大黒座4代目の館主の三上雅弘さん(一般の方なのでさん付けは当然)やその母親、妻、子供さんや地域住民、遠くから来館した観客も登場しています。




ここからは個人的に印象に残る独自目線、いくつかの着眼点を持ち取り上げています。4代目の雅弘さんの名前を見たときにあの映画巨匠、ザ・活動屋のマキノ雅弘をお父様が意識されたんだろうと感じました。マキノ雅弘の父は日本映画の父と呼ばれる日本映画最初の巨匠の牧野省三、自分の子供に俳優や製作者、映画監督などの幅広い英才教育を施して、事実上の自分の後を継がせました。

1920年代のサイレント映画から1950年代の日本映画黄金期、低迷の1970年代前半まで監督を務めて、長年で膨大な代表作を残し、歴代上位の80作以上の代表的作品群を残しました。時代劇の形成のリーダーで時代劇の父と称される伊藤大輔らと共に時代劇形成と黄金期を牽引した時代劇四大巨匠の一人にも数えられます。


そしてマキノ雅弘は、偉大なる父の期待に応えるかのようにお見事な日本映画を代表する映画監督の巨匠になりましたし、世界的にも珍しい親子二代で映画巨匠です。親子2人の監督映画数700作以上は世界歴代最多です。


この流れを知るからこそ、自分の息子にもできれば映画館の館主を継いでほしい想いも込めて同じ雅弘の名前をつけたのかもしれません。雅弘という名前をつけた事実はただの映画館の館主だけでなく、熱狂的な映画ファンだった証拠を感じることもできます。ちなみに『小さな町の小さな映画館』の劇中では話していません。ですが、同じ映画関係者(映画製作者と映画館館主)である時点で雅弘を偶然にしてしまうことのほうがおかしな話です。






マキノ雅弘の世界―映画的な、あまりに映画的な (ワイズ出版映画文庫)

マキノ雅弘の世界―映画的な、あまりに映画的な (ワイズ出版映画文庫)


マキノ雅弘は多彩な功績を残すだけではなく、現存含むと映画270作強の巨匠、膨大な映画の数々だけのエピソードや膨大な伝説を残しています。あの映画31作の監督ではなく、彼こそ日本が誇るべき世界の真の巨匠です。


今回は大黒座の誕生101年と牧野省三の映画監督デビュー101年、さらに尾上松之助令和元年の2019年で1909年デビューから110周年を記録しています。このことを伝えられただけでも”令和最初の公開”として意味があるものになったかと思います。






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2019/05/06 22:41 | 邦画の探求COMMENT(4)TRACKBACK(0)  

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