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新神風は吹かなかった 戦地消失した日本制作インド映画IN将来名優






鎌倉時代の神風は偶然かもしれません。しかし元寇の船の大群を沈ませた大嵐のタイミングがぴったり合ったのは、明らかな日本側の尽力が影響していたはずです。偶然は積み重なることで必然につながる場合があります。 戦地に消えた将来名優も怫然と偶然にさいなまれ、新しい神風は吹いたのでしょうか。

今回はまさかの元寇=インド、イギリス映画が交差する展開です。「新神風は吹かなかった 戦地消失した日本制作インド映画IN将来名優」開場です。







前回記事⇒国策映画名作『かくて神風は吹く』 北条時宗と元寇 大映四大スターと元宝塚大女優








日本国真の国民的英雄 北条時宗が居なければ日本は滅んでいた





この映画『かくて神風は吹く』を2019年に見直しました。令和の最初に過去の日本の存亡の危機を振り返ることは何か意味があったと考えられました。


北条時宗が居なければ神風は吹かず、日本という国は元王朝(現在のモンゴル)や属国の高麗(現在の韓国)の2度に合同侵略行為によって鎌倉幕府は滅ぼされ、現在の日本は日本として存在していなかったことでしょう。天皇制の存在も廃止された可能性やその後の戦国時代や江戸時代も現在から振り返ると存在せず、世界的に独自で魅力的な文化は生まれず、清さと恥、グレーの概念。国力も低く、経済大国を実現しないまま、非常につまらない国になっていたことでしょう。

現在の日本人が日本人であることは北条時宗のおかげであったのかもしれません。



現在の日本が存在するのは歴史上、現実の英雄である北条時宗の存在を称えることは価値があることだと考えられます。時宗の下で戦った河野通有などの地方大名、多くの人々の存在を忘れてはなりませんが、この映画『かくて神風は吹く』は元寇のときのようにもう一度、神風が吹いて、日本国がアメリカなどの太平洋戦争で闘っていた国に勝つ、勝たせてほしい、苦しいけど、最後は勝利の奇跡が起きてほしい想いを込めて製作されていました。


出演していた俳優たちも心苦しかったことでしょう。日本国の勝利のために映画俳優は劇中で苦しむ人物を演じ、戦地や日本国内で耐え、戦い続ける人々のために闘う役目を担っていました。映画製作陣や俳優だけではありませんが、音楽家や作家などの大物たち以外の多くは戦地へ出向く危険にさらされていました。



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戦地に消えた映画俳優と時代劇四大巨匠の一人







ここでだいぶ逸れますが、戦地に消えた映画俳優に佐山亮という俳優が居ました。彼は1938年(昭和13年)に東宝映画に縁があり、千恵プロ映画で大活躍した伊丹万作が東宝へ移籍した際の代表作の一つ『巨人伝』(1938)でデビューを果たし、東宝オールスターキャストの「忠臣蔵の前後編」(1939)、『熱砂の誓ひ』の前後編(1940)、『川中島合戦』(1941)、『ハワイ・マレー沖海戦』(1942)などの大作に助演、通算25作ほどの映画に助演、個人的に『進め独立旗』(1943)で視聴している俳優、将来は名優になったかもしれない人物で、将来性を感じさせる日本の軍人立花役で出演しています。かなり劇中で目立っています。





進め独立旗』(は時代劇形成と黄金期を形成した伊藤大輔、稲垣浩、マキノ雅弘に次ぎ、時代劇四大巨匠の一人の衣笠貞之助が監督、もちろん現代劇映画も少なめですが手掛けています。脚本は大脚本家の八住利雄、『進め独立旗』の頃は若手脚本家の一人であり、活躍は大きなものではありませんでしたが、戦後に東宝の文芸路線などからブレイクします。八住利雄は娯楽メインの笠原良三と共に東宝映画の戦後の最大の黄金期を支えた大脚本家です。





日本映画を代表する280作以上の映画音楽家を手掛けた鈴木静一





音楽は日本映画を代表する280作以上の映画音楽家を手掛けた鈴木静一、戦後は東映時代劇映画などで活躍、個人的にも大友柳太朗の右門捕物帖シリーズの第1作目『右門捕物帖 片目の狼』、マキノ雅弘による戦前の名作「崇禅寺馬場」のリメイクの名作級『仇討崇禅寺馬場』、新東宝映画の最大のヒット作『明治天皇と日露大戦争』など数多く印象に残るものがあり、戦前と戦後を通じて多くの名曲を残しています。裏記事某大俳優人気の証拠写真の大黒座 戦後通産映画監督本数ベスト5巨匠に登場している『血槍無双』も彼が音楽、そして『進め独立旗』のオープニング音楽も特徴的で印象に残ります。



右門捕物帖~片目の狼~ [VHS]
右門捕物帖~片目の狼~ [VHS]


個人的に名作評価している時代劇映画の『右門捕物帖 片目の狼』です。日本映画史上歴代上位の名音楽家の鈴木静一が音楽を手掛けています。音楽はこれがもっとも印象に残ります。オープニングだけでなく、劇中曲も作品に合う名曲があります。

明朗時代劇でもあり、捕物時代劇です。スリルあり、チームワークあり、師弟関係や信頼、幕府転覆の危機など、多くの多面性をみせ、ただの娯楽作でなく、沢島忠監督の優れた手腕の色彩、展開、個性、曲、俳優陣、幅広く評価できます。特に洞窟のシーンと江戸城の2面を交互に見せる最後のほうの流れが時代劇だかできる絶妙さがあります。曲と映像だけでみせるやはりセリフがない場面もよいです。


主演映画100本を越す大スター大友柳太朗版の「右門捕物帖シリーズ」は1959~1963年まで7作が作られる人気を博し、自身の当たり役の一つとなりました。1作目『右門捕物帖 片目の狼』では右門の上司の松平伊豆守役の山形勲が右門との掛け合いやセリフがないシーンなど、すばらしい好演をみせています。演技だけでは他のシリーズでよいものもありますが作品としてはシリーズトップです。

現時点では大川橋蔵がゲスト出演したの3作目の1961年『右門捕物帖 南蛮鮫』のみが、CS放送の時代劇専門チャンネルによって事実上のハイビジョン化されていますが、1作目の名作『右門捕物帖 片目の狼』のハイビジョン化を強く望んでいます。





日本製作のインド映画 日本人のインド人やイギリス人






佐山亮は長谷川一夫が演じる主人公、インドの王子役をサポートする日本人に役柄です。長谷川一夫と轟夕起子は架空のインド人役を演じています。特に戦前に活躍した松竹映画の名優、牛原虚彦や島津保次郎、小津安二郎の3巨匠の常連の名優の斉藤達雄はイギリス大使館のイギリス人役です。日本人がインド人、イギリス人を普通に演じる、演劇だと舞台にもありますが、映像作品の映画であるため、ある意味でアニメのような作品です。日本制作インド映画の要素がある、『進め独立旗』の魅力的、個性的な部分だといえるでしょう。


佐山亮は長谷川一夫や入江たか子、轟夕起子、森雅之などの大物が出演する中で有名俳優に負けない、存在感のよい演技をしていました。『進め独立旗』はイギリスからのインドの独立を応援する日本人や日本のインド人、イギリス人を描いており、戦争で日本が敵対していた国の一つのイギリスを批判することで自分たちを強くする、戦意高揚などの要素を持つ事実上の戦争映画でもあるのでしょう。

戦中に多くあった内容ですが、派手なシーンを控えた抗争劇的な地味な展開で、激しいシーンが登場しないことが特徴です。現実にインドは日本の戦後の1947年8月15日に独立を果たし、偶然にもこの日は日本の終戦から2年後の8月15日で、この映画で描かれた一つの要素である日本人とインド人の友情がにのちの現実にもつながりがありました。




英国総督 最後の家(字幕版)
英国総督 最後の家(字幕版)

『英国総督 最後の家』はイギリスとインドにより製作の2017年にイギリスで初公開された映画であり、タイトルどおりにインドの英国総督、複雑な人間関係、政治情勢、1947年のイギリスからインドやパキスタンの独立も描かれています。イギリスの女性監督のグリンダ・チャーダが勤め、時代に転換期を描いた歴史劇です。1997年に香港がイギリスの統治から離れたことも思い出させます。






かくて神風は2つの時代では吹かない





佐山亮は運悪く1938年代後半にデビューしたばかりのため、俳優として大きな実積がないため、国から召集令状が届いてしまい、戦地へ向かうこととなり、衛生状態が極限的に悪い、戦地の環境下のフィリピンで病気にかかり、悲しいことに命を落としました。1911年生まれ、1945年没、数え年34歳でした。こうした人々のおかげで我々の比較的平穏な日常が存在していることも忘れてはなりません。




映画『かくて神風は吹く』の鎌倉時代の日本の最大の存亡の危機のように神風は吹いてほしかった、しかし現実には吹かない、吹きようもなかった、神風が吹いていれば彼は生きていた可能性、この現実を物語る将来の名優候補が日本制作インド映画に存在していました。



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2019/06/26 20:42 | 邦画の探求COMMENT(2)TRACKBACK(0)  

国策映画名作『かくて神風は吹く』 北条時宗と元寇 大映四大スターと元宝塚大女優






国難は未来に何度もあることでしょう。そんなときに思い出す人物や映画は北条時宗です。彼は日本国が危機的なときに映画に登場しました。北条時宗は日本の最大の危機に活躍した国民的な英雄として知られている人物です。

前回記事に登場した『かくて神風は吹く』を広げてまいります。「国策映画名作『かくて神風は吹く北条時宗と元寇 大映四大スターと元宝塚大女優」スタートです。




前回の記事
建設101年映画館 大黒座のおばあさんが語った唯一の映画俳優袋とじ







かくて神風は吹く』で名カメラマン宮川一夫と松井鴻 そして円谷英二が実現していた??






かくて神風は吹く』は元寇(=げんこう、元 (王朝)がモンゴル帝国や当時はその属国の高麗が2度にわたった日本侵攻の呼称)を全体の題材にした大映の1944年公開の時代劇映画です。まさに戦中の日本がアメリカなどに追い詰められているもっとも一番苦しいときに撮影、製作、公開されました。


企画、事実上の製作は情報局であり、後援は陸軍省と海軍省、大映の製作ですが、事実上の国策映画です。原作は文豪の菊池寛、撮影は数多くの映画代表作を残した宮川一夫と松井鴻の日本映画史上を代表する2大名撮影者、特撮で東宝が参加、細かいデータは現存していませんが、当時東宝の特撮で活躍していた円谷英二が特殊技術や特殊撮影、特撮効果などで参加していた可能性もあるかもしれません。

残されたクレジットは東宝特殊技術部となっています。言い方次第では大映と東宝と日本国が製作としていた今では考えられない意味のある映画です。


*情報局は1940年12月6日に発足された日本国の内閣直属の情報機関として、戦争時のための世論形成やプロパガンダと思想取締を目的に作られました。





かくて神風は吹く』 国のトップと現場の一大名






主演は阪東妻三郎(河野通有役=実在の人物、現場の大勢いる元と戦う大名の一人で主演、)と片岡千恵蔵(北條時宗(北条時宗)役、実在の人物、鎌倉幕府第8代の執権であり、国のリーダーとしての主演、日本最大の国難を救った英雄)のダブルキャストと判断しています。嵐寛寿郎(惣那重義役=架空の人物、元寇に貢献した人物として描かれる)はとある出来事で中盤までしか出演ていませんが、事実上の3番手的立場としてに描かれています。この3名が映画出演の上位3選として登場します。



かくて神風は吹く』は黄金期の時代劇映画に多数ある現実と架空の共存しています。もちろん現実が多めであり、現実と架空の要素は現代のアニメ作品に多い要素ですが、当時は時代劇映画の大きな魅力の一つであり、アニメと時代劇は全然関係ないように考えている方もいるかと思いますが、アニメは時代劇の流れの数端を引き継いでいるといえます。現実のみだとただの歴史劇ですが、虚構と現実が重なり合うのが時代劇だからです。


市川右太衛門は鎌倉時代の著名な仏教僧の日蓮(日蓮上人)を演じ、2シーンのみの出演であり、出番だと片山明彦、原健作、月形龍之介などのほうが多くのシーンに出演しています。



かくて神風は吹く [VHS]
かくて神風は吹く [VHS]
大映四大スター 4名の誰がどの位置で誰だかわかりますか?






大スター&名匠の島耕二の実の息子の片山明彦






原健作、月形龍之介はこれまでも何度も取り上げている大名優ですが、片山明彦は戦前の日活の現代劇スター、戦前から戦後にかけて映画監督で活躍した島耕二の息子で、巨匠田坂具隆(たさかともたか)の「路傍の石」(題材の初映像化)と父島耕二の「風の又三郎」(題材の初映像化)などが主演の代表作として知られています。


片山明彦は『かくて神風は吹く』では阪東妻三郎の息子の河野通忠を演じています。阪東妻三郎こと、阪妻×巨匠伊藤大輔の秀作『素浪人罷通る』(幕府転覆の危機を描いた天一坊事件が題材)では阪妻に次ぐ、事実上の2番手の重要な役回りの天一坊を演じています。片山明彦は特に若手の頃に有名な役をいくつか演じましたが、1950年代くらいから俳優として役や作品にあまり恵まれずに苦しみ、代表作は激減していきました。


忠臣蔵を赤穂浪士の身分や階級的に皮肉った別目線で描いた伊藤大輔の1955年の松竹映画『元禄美少年録』(忠臣蔵映画、足軽の息子で赤穂浪士となる矢頭右衛門七役で中村賀津雄が主演)も印象の残ります。これも視聴済みですが秀作です。脚本の段落的展開の運びのくだり、皮肉りなど伊藤大輔らしい、いわゆる時代劇の父ともいわれる彼らしさを感じることができます。『かくて神風は吹く』のほうが個人的には好きですが、印象に残る1本です。


片山明彦はこの映画で自分の赤穂浪士としてのやりがいなさの待遇の悪さや遊女におぼれて味を占めてしまい、死ぬこと(討ち入るので死ぬとは事前に承知)よりも生きることを選ぶ、目ざめてしまう事実上の常識人、赤穂浪士を投げ出してしまうことになる、佐野正平役で強い印象を残しています。







『武蔵野夫人』と大女優の轟夕起子と恩人千恵蔵と沖縄アクターズスクール






巨匠溝口健二の秀作の1951年『武蔵野夫人』、作品はテンポよく展開し、田中絹代の良くも悪くも清い古い女とと轟夕起子の洋風かぶれの現代の女を対極に描くことを一つの要素としています。大スター石原裕次郎や小林旭を活躍させた、のちの日活の名プロデューサー児井英生(こいえいせい)が東宝で製作、片山明彦は田中絹代の弟役で出演しています。田中絹代、轟夕起子、森雅之、山村聡の4名の名優に次ぐ、事実上の俳優の5番手で出演しています。出演した現代劇映画の主な代表作の一つといえるでしょう。



武蔵野夫人 [DVD]
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大女優の轟夕起子をご存知でしょうか、個人的には元宝塚女優の大女優の(とどろきゆきこ)の名演が印象に残ります。テレビがきちんと取り上げないので田中絹代と比べると知名度はいまひとつですが、轟夕起子は宝塚と映画で活躍しました。巨匠マキノ雅弘の一時的な妻としても知られ、安室奈美恵など多数をデビューさせた沖縄アクターズスクールの牧野正幸の実の母親です。事実上の平成の日本芸能の功労者でもあるのです。何故なら轟夕起子がいなければ、創設者の牧野正幸はいなく、沖縄アクターズスクールがない、安室奈美恵などは今の形では存在していないからです。






大女優の轟夕起子の事実上の恩人は御大大スター俳優の片岡千恵蔵だった!!






轟夕起子は片岡千恵蔵の大ヒット作の「宮本武蔵シリーズ」の1937『宮本武蔵 地の巻』でヒロインの最初のお通役を演じ、映画活動をスタートさせ、戦後にかけて千恵蔵のヒロインを8作務めるなど、良好な流れをつかみ、共演代表作は8作中数本、映画150作以上に出演する映画女優の大活躍に恵まれました。

映画主演では大きな活躍はできませんでしたが、ヒロインと助演で活躍、1960年代の映画出演晩年は高橋英樹が主演した任侠アクションの人気作「男の紋章シリーズ」の任侠ややくざ要素の強い母親役を演じ、再ブレイクを果たしました。演技力の高さと魅力がある演技が印象に残ります。




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2019/06/13 22:41 | 超大物俳優COMMENT(1)TRACKBACK(0)  

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