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忠臣蔵映画の浅野内匠頭を形成した両名 史上怒涛の超頂上対決




忠臣蔵映画浅野内匠頭を形成した両名 史上怒涛の超頂上対決」と題してスタートです。




令和最後は忠臣蔵、やはり年末年始の恒例の意味と前回の流れです。


忠臣蔵映画は年始に公開されたことも多数あり、討入りまでが描かれる全通し物は、赤穂浪士が自分たちが討入りを成功させることから、本懐を遂げる、やり遂げる、目的を達成の縁起の良い、おめでたい意味を含んでいます。このことも年始に公開した理由です。観客に自分のやりたいことが遂げられるような良い1年を過ごしてほしいためです。

浅野内匠頭は現実には、性格の悪い暴君的な一面があったいう話も残されていますし、現実に大真面目で気難しいや感情が高ぶると歯止めが利かなく気性が荒くなるなど、性格に難がある風に描いている映画も存在しています。一方で討ち入られた吉良は、善良な人物で国元で民衆に人気が高く慕われていた藩主という話も残されています。


ですが現実は現実、あくまで映画は映画です。つながりは重要な別物でもあり、製作者の創作の脚色があることに”時代劇の「劇」の意味”があります。


多彩な内容が有ることが時代劇の大きな魅力です。時代劇の中心はアメリカやイギリス、中国、韓国などのように歴史劇の要素が強くなく、事実に敬意を払いながら上手にいじくる部分にもあるためです。例えば水戸黄門こと光圀の現実は、生涯でほとんど水戸から他国へ出ていませんが、日本中を旅をしたと描かれています。上手にいじくって共感と親しみを得て、映画とドラマの長期間で当たりました。

これは現代のアニメやマンガ、ゲームへ直接つながりがある日本特有の時代劇の面白さや優れた部分です。日本や海外で幅広く受け入れられている日本のアニメやマンガ、ゲームなどは先人からの引き継がれた概念や価値感、時代劇の影響が色濃いと考えています。




前回の記事
忠臣蔵映画の浅野内匠頭を形成した両名 映画史上の歴代頂上対決






忠臣蔵映画 赤穂浪士 浅野内匠頭水戸黄門 水戸光圀






嵐寛寿郎の『口笛を吹く武士』の浅野内匠頭役のワケ






嵐寛寿郎は1932年『口笛を吹く武士』で、清水狂太郎と、2役で初めて浅野内匠頭を演じています。

浅野内匠頭を2役で演じた理由は、ライバルの片岡千恵蔵を少なからず意識していたことが考えられます。浅野内匠頭は千恵蔵が演じた代表的役の一つで当たり役の一つ、映画やドラマ含む映像作品の中で歴代最多の通算13度演じています。嵐寛寿郎は評判が得られず、この映画の1度のみでした。



1932年『口笛を吹く武士』から6年ほど前、日本初の映画大スターの尾上松之助(大石役)が主演の日活オールスターキャスト&超大作1926年4月公開『実録忠臣蔵 天の巻 地の巻 人の巻』(196分、3時間16分、監督は巨匠・池田富保)においては、桂武男(小規模映画スター)が脇役で浅野を演じています。


池田富保は戦前の映画界で最多のオールスターキャストの映画を監督、大作も多数、その数は20作を越し戦前では世界1位です。



一方で村上喜剣(大石の吉良方を騙すための嘘の豪遊に殴りこんだ男、赤穂浪士の死後に泉岳寺の場面も描かれる場合と赤穂義士の一面も、忠臣蔵映画や映像作品には登場する場合と登場しない場合がある)と小林平八郎(吉良側の主要の有名な剣客)の2役の河部五郎や大石主税(大石の長子)の市川市丸は浅野よりも上位の助演扱いです。この頃の浅野はあまり役柄的な人気がなかったことを物語っています。2役の河部五郎は松之助の後輩として格別な待遇であり、当時の日活は浅野の桂武男よりも大石主税の市川市丸に期待としていたともいえます。



この頃までは浅野内匠頭を演じた若手の時代劇スターに突き抜けた大物はいなく、活躍を期待している俳優がほぼ全体でした。ですが、その後、ある大きな変化が生まれていきます。





嵐寛寿郎 清水狂太郎 片岡千恵蔵 口笛を吹く武士 尾上松之助 日活オールスターキャスト 実録忠臣蔵 天の巻 地の巻 人の巻 池田富保 村上喜剣 泉岳寺 赤穂義士 河部五郎 桂武男 大石主税 市川市丸 時代劇スター 小林平八郎





『実録忠臣蔵 天の巻 地の巻 人の巻』に出演した桂武男市川市丸河部五郎





桂武男=通産では名優や大スターというほどの大きな活躍はできなかったが、当時の日活のが大きく売り出したが、主演代表作は数本に留まる、ヒロイン女優の桜木梅子と結婚が有名

市川市丸=日活からの期待は高く、助演の大役を数度任される。いくつかの主演代表作と有名作に出演のみに留まる。特に大河内傳次郎主演の名作『忠次旅日記 甲州殺陣篇』の2番手が有名、桂武男よりは代表作が数本多くの活躍


河部五郎=一次的に1920年代後半に正式デビューの千恵蔵のライバル的な大活躍をみせたが、たった数年のピークに留まるものの、短期間としては膨大な代表作の恵まれた。主演の代表作映画は修羅八荒6部作、競合の砂絵呪縛3部作、江戸三国志3部作、月形半平太(1926)など通産15作以上を記録、通産映画主演は50作を越す。桂や市川よりも主演で大きく活躍、

1930年代後半からの日活新体制のチエゾウ、アラカン、バンツマの三大スターの助演や脇役でも十本以上のヒット作や名作に出演した名優、戦後の東映の千恵蔵映画の遠山の金さん(いれずみ判官)シリーズの7作などの端役でも知られる。主演、主要、助演と端役の四方向で一定以上の活躍、長期間で常に千恵蔵と縁がある映画人生でした。








千恵蔵と名優の河部五郎遠山の金さん(いれずみ判官)シリーズの全共演7作 全て東映京都の制作 東映の配給
1952『飛びっちょ判官』
1954『血ざくら判官』
1955『喧嘩奉行』
1955『荒獅子判官』
1956『長脇差奉行』
1957『はやぶさ奉行』
1958『火の玉奉行』








1920年代頃までは、大石内蔵之助を主人公とした忠臣蔵映画の浅野内匠頭は、最高でも上位の助演のレベルまででしたが、1920年代後半から国民的人気を博していた、浅野内匠頭役のナンバーワン俳優の片岡千恵蔵やそのライバルの長谷川一夫の両名が1930年代に現役の国民的映画スターが演じたことで、助演が多かった浅野の役柄の格上げを実現し、主演や2番手や前編の主演として描かれる忠臣蔵映画が増えていきました。この2人は事実上の浅野内匠頭という役柄を忠臣蔵映画において、直接的な格上げを行った貢献があり、この映画概念の時代劇を作ったといえるでしょう。






桜木梅子 大河内傳次郎 忠次旅日記 甲州殺陣篇 遠山の金さん 大石内蔵之助 長谷川一夫






現在へ続く浅野内匠頭の忠臣蔵の上位の役柄は歴代の映画二大時代スターが形成






浅野内匠頭二大俳優の浅野内匠頭の主演や前編主演、主要の代表例


片岡千恵蔵編 9作
1930『元録快挙 大忠臣蔵 天変の巻 地動の巻』 日活 浅野内匠頭(天変の巻の主演) 大石は大河内傳次郎 ・大ヒット
1933『堀田隼人』  千恵プロ、配給は日活 堀田隼人(主演)、浅野内匠頭(主要)の2役 108分 監督の伊藤大輔の名作
1934『忠臣蔵 刃傷篇 復讐篇』 日活 浅野内匠頭(刃傷篇の主演)、岡野金右衛門(復讐篇の主要)=2役 大石は大河内 ・大ヒット 
1937『浅野内匠頭』 千恵プロ、配給は日活 浅野内匠頭=片岡千恵蔵 ヒットとあり
1938『忠臣蔵 天の巻』 日活 浅野内匠頭  『忠臣蔵 天の卷 地の卷』の前編 大石は阪東妻三郎 ・大ヒット 
1938『忠臣蔵 天の巻 地の巻(総集編)』 日活 浅野内匠頭(天の巻の主演)、立花左近(後半の2番手)  大石は阪妻
1944『高田馬場前後』 大映 浅野内匠頭  中山安兵衛の嵐寛寿郎とダブル主演
1952『赤穂城』 東映 浅野内匠頭、大石内蔵之助=2役  赤穂城3部作の1作目 ・ヒット
1952『続赤穂城』  東映 浅野内匠頭、大石内蔵之助  主演 ・ヒット




長谷川一夫編 3作
1932『忠臣蔵 前篇 赤穂京の巻』  松竹 浅野内匠頭長矩(主要) 大石は阪東寿三郎  ・ヒット 林長二郎名義
1939『浪人吹雪(1939)』  東宝 不破数右衛門(主演)、浅野内匠頭(主要)の2役 長谷川一夫名義
1939『忠臣蔵 前篇』  東宝 浅野内匠頭(前篇の主演)  大石は大河内  ・ヒット 長谷川一夫名義





オールスターのみ 浅野内匠頭二大俳優の浅野内匠頭の主演や前編主演、主要の代表例

片岡千恵蔵編 5作
1930『元録快挙 大忠臣蔵 天変の巻 地動の巻』 日活 浅野内匠頭(天変の巻の主演) 大石は大河内傳次郎 ・大ヒット
1934『忠臣蔵 刃傷篇 復讐篇』 日活 浅野内匠頭(刃傷篇の主演)、岡野金右衛門(復讐篇の主要)=2役 大石は大河内 ・大ヒット
1938『忠臣蔵 天の巻』 日活 浅野内匠頭  『忠臣蔵 天の卷 地の卷』の前編 大石は阪東妻三郎 ・大ヒット 
1952『赤穂城』 東映 浅野内匠頭、大石内蔵之助=2役  赤穂城3部作の1作目 ・ヒット
1952『続赤穂城』  東映 浅野内匠頭、大石内蔵之助  主演 ・ヒット


長谷川一夫編 2作
1932『忠臣蔵 前篇 赤穂京の巻』  松竹 浅野内匠頭長矩(主要) 大石は阪東寿三郎  ・ヒット 林長二郎名義
1939『忠臣蔵 前篇』  東宝 浅野内匠頭(前篇の主演)  大石は大河内  ・ヒット 長谷川一夫名義



それぞれの個性はあるが、やはり片岡千恵蔵のほうが浅野と同時に演じた2役も多彩、内容も多様で幅広く、演技者としても優れていたことがわかりますし、後世への影響という面でも非常に圧倒的だとわかります。純粋に本数と大ヒットやヒットの本数が桁違いです。正直比べることもおかしいレベルです。長谷川一夫の名誉のためにも一言添えておきますが、浅野役の代表的な作品が3作あるだけでも十分に素晴らしい実積、この時点で歴代上位、ただ相手が悪かった。

とあるサイトでは間違えてデータが残されていますが、1932『忠臣蔵 前篇 赤穂京の巻』 の大石を演じた関西歌舞伎の重鎮として知られる阪東寿三郎と、時代劇映画の大スターの阪東妻三郎はまったくの別人です。名前が似ているだけです。


さらに1937『浅野内匠頭』で浅野における単独主演、これは事実上のこの役における最初の単独主演でした。長谷川一夫はこれが1作も存在していません。この時点で一つのレジェンドです。「浅野内匠頭二大俳優の浅野内匠頭の主演や前編主演、主要の代表例」からだけでも、オールスターだけでなく、それ以外の作品の両方で4、本以上の評価やヒットしているのが千恵蔵です。ほぼ全てで2倍から3倍の圧倒的な差といえるでしょう。


ダブル主演で前編の主演を演じた作品が歴代最多数、代表的なものが、1930『元録快挙 大忠臣蔵 天変の巻 地動の巻』 は天変の巻の主演、これは日活の超大作&大オールスターとして制作され、大ヒット、さらに1934『忠臣蔵 刃傷篇 復讐篇』も日活の超大作&大オールスターとして制作されて大ヒット、1938年の『忠臣蔵 天の卷 地の卷』もバンツマ、チエゾウ、アラカンの三大国民的スターをはじめとするオールスター、大ヒット&戦前の忠臣蔵映画の最大の名作ともいわれています。


『忠臣蔵 天の卷 地の卷』は何度も改良版(新編や新版)が20年近くかけて公開されて、現在も視聴可能な『忠臣蔵 天の巻 地の巻(総集編)』が制作されています。ダブル主演で前編の主演を演じた作品が歴代最多数の3作、別バージョンや現存を含めると10つです。


長谷川一夫(松竹から東宝へ移籍した1930年代後半に林長二郎から改名)は1932『忠臣蔵 前篇 赤穂京の巻』  松竹 浅野内匠頭長矩(主要) 大石は阪東寿三郎と1939『忠臣蔵 前篇』  東宝 浅野内匠頭(前篇の主演)の2作です。別バージョンや現存を含めない本数のオールスターのみの元作のみだと、5対2で差が大きく地被いて千恵蔵と3本差です。ここがもっとも2人の浅野が競り合った部分です。




忠臣蔵/天の巻,地の巻 [VHS]
忠臣蔵/天の巻,地の巻 [VHS]


貴重なVHS版の『忠臣蔵 天の卷 地の卷』、入手困難なこちらのほうが魅力的です。

上記の左側の文面に阪東妻三郎、片岡千恵蔵、月形龍之介、沢村国太郎(澤村國太郎)、そして嵐寛寿郎、かつてのマキノ出身の大スターが・・・と記されています。天の巻=マキノ正博(のちのマキノ雅弘)、地の巻=池田富保のダブル監督

左面の最上部の写真は刀傷直後のシーンですが、斬りつけられた吉良上野介役の大名優の山本嘉一と一渇をするために間に入った脇坂淡路守役の嵐寛寿郎が映っていることが確認できます。


山本嘉一は1910年代の尾上松之助と日活の創立時からの盟友、日活の現代劇のベテランの主演スターして活躍後、松之助の没後に若手の指導も含めて時代劇俳優メインへ転向、時代劇は主演の大久保彦左衛門(千恵蔵の一心太助の助演と主演の両方でヒット)や水戸黄門、助演は吉良上野介、現代劇は主演の乃木将軍が代表的な役柄です。

吉良上野介も数度演じました。『忠臣蔵 天の卷 地の卷』から10年ほど前の1926年4月公開『実録忠臣蔵 天の巻 地の巻 人の巻』でも吉良を演じています。戦前の日活を支えた大物の重鎮俳優です。

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元録快挙 大忠臣蔵 天変の巻 地動の巻 忠臣蔵 刃傷篇 復讐篇 忠臣蔵 天の卷 地の卷 三大国民的スター 戦前の忠臣蔵映画の最大の名作 マキノ雅弘 マキノ正博 


忠臣蔵 天の巻 地の巻(総集編) 林長二郎 忠臣蔵 前篇 赤穂京の巻  阪東寿三郎 月形龍之介 沢村国太郎 澤村國太郎 刀傷直後 脇坂淡路守 山本嘉一 大久保彦左衛門 乃木将軍 吉良上野介 忠臣蔵 刃傷篇 復讐篇





片岡千恵蔵と全ての浅野内匠頭映画17本





数え方にもよりますが全部で17つが確認できます。




片岡千恵蔵と全ての浅野内匠頭映画17本 2019.12時点
1930『元録快挙 大忠臣蔵 天変の巻 地動の巻』 浅野内匠頭 ・大ヒット 
1930『元禄快挙 大忠臣蔵 天変の巻 地動の巻(断片版)』 浅野内匠頭
1933『堀田隼人』  堀田隼人(主演)、浅野内匠頭(主要)の2役 108分 名作といわれる作品
1933『堀田隼人』(現存1分版)  堀田隼人(主演)、浅野内匠頭(主要)の2役
1934『忠臣蔵 刃傷篇 復讐篇』 浅野内匠頭、岡野金右衛門 ・大ヒット 初トーキー(音楽と音声有)

1937『浅野内匠頭』 浅野内匠頭 主演 新春映画でヒットと記録
1938『忠臣蔵 天の巻』 浅野内匠頭 ・大ヒット 主演 通しの『忠臣蔵 天の卷 地の巻』としては171分 
1938『忠臣蔵 天の卷 地の巻』(3分尺の断片版)浅野内匠頭、立花左近 主演と助演
1938『忠臣蔵 天の卷 地の巻』(1分以下の断片版) 浅野内匠頭、立花左近 主演と助演
1938『忠臣蔵 天の卷 地の卷(総集編)』日活所蔵版 101分 オープニング装飾○ 浅野内匠頭、立花左近 主演と助演
10
1938『忠臣蔵 天の巻 地の巻(総集篇)』マツダ映画社版 102分 オープニング装飾× 浅野内匠頭、立花左近 主演と助演
1941『忠臣蔵 天の巻 新篇(前編)』 浅野内匠頭 主演
1944『高田馬場前後』 浅野内匠頭 主演 嵐寛寿郎とダブル主演
1952『赤穂城』 浅野内匠頭、大石内蔵之助 主演 ヒット
1952『続赤穂城』  浅野内匠頭、大石内蔵之助  主演 ヒット
15
1953『初祝二刀流(高田馬場前後の改題、改修)』 浅野内匠頭 嵐寛寿郎とダブル主演
1956『忠臣蔵 天の巻 新版(前編)』 浅野内匠頭 主演
17



1938『忠臣蔵 天の卷 地の卷(総集編)』日活所蔵版101分と1938『忠臣蔵 天の巻 地の巻(総集篇)』マツダ映画社版102分の両方とも視聴済みです。全体で装飾の印象を背負うからでしょうか、日活所蔵版のほうが視聴していて豪華な感じがします。映画デビュー前からの盟友の嵐寛寿郎とダブル主演した大映の1944『高田馬場前後』、東映の1952『赤穂城』においては大役の浅野内匠頭と大石内蔵之助の2役を主演で演じています。


片岡千恵蔵と長谷川一夫は同じ時代劇六大スターに数えられる最大のライバルの2名で、戦前から女性人気や端正な顔立ち、互いは浅野内匠頭役でも競い合いがあり、女性人気は長谷川のほうが上だったわけですが、男性人気は千恵蔵のほうが上、浅野役の映画においては完全に千恵蔵でした。映画主演数350作ほどの千恵蔵、主演作270作ほどの長谷川一夫、現代への影響力、代表作本数、当たり役数や名作数や通産観客動員や映画賞数も千恵蔵のほうが格上です。

さらに戦後の日本映画最大の黄金期はライバル映画会社の東映と大映のトップ俳優として競いました。結果はいうまでもなく、重役兼映画スターの千恵蔵の東映が大手6社の中で7年連続1位を記録し、会社の映画の路線違い(東映は娯楽方向、大映は芸術的)の部分においてを含めなければ、完全に圧勝でした。





時代劇六大スター






忠臣蔵映画「赤穂城三部作」と深作欣二







実は千恵蔵の『赤穂城』などの忠臣蔵映画「赤穂城三部作」はのちの1978年『赤穂城断絶』として、だいぶいじくられてはいますが、これも時代劇、事実上の『赤穂城』の再映画化がされています。主演の大石役の俳優は千恵蔵の直属の後輩の萬屋錦之介です。これも1970年代の時代劇映画としては大ヒット(現実は年間ベスト10に入らない最低限なヒット程度)を記録したと、東映側がCS放送などで伝えています。



赤穂城断絶



深作欣二の時代劇映画は現代劇とつながりがあるわけで、暴力的な過激さと刺激的さをはらんでいますが、無理やりなアクションと畳みの上の演技などのバランスが悪く、これが好きな人もいるのでしょうが、歴代の時代劇に詳しいことも影響するのでしょうが、個人的にあまり好きではありません。現実にアクションは時代劇とはなかなか合いません。

1978年『柳生一族の陰謀』も同様で、若手俳優とベテランの演技に偏ったムラがありすぎますし、部分的になら悪くは無いですが、全体としては違和感が多めです。彼は現代劇監督としては一定の評価をしています。


しかし、『仁義なき戦い』主演の菅原文太ならわかるのですが、彼が一番このシリーズに貢献していますし、出番も突き抜けて多い、これは当たり前です。脇役なのに松方弘樹と梅宮辰夫の死のとき『仁義なき戦い』を1番の代表作として紹介させるとは、東映やD通(長時間労働が改善させていないニュースはテレビでほとんど報じられずの異常事態、某ニコニコ生放送の「ブラック企業大賞2019 授賞式」内で視聴者2位&ブラック企業に認定)、テレビの電波各社は一体どうなってるんでしょうか。

ちなみにNHKニュースもこれでした。ほんとにひどい、映画を知らない無恥な大半の人は、あれを鵜呑みにして信じてしまう、人の死を利用した各社の広告ニュースのでっちあげを信じてしまう、映画好きとしては非常に悲しく頭を痛めています。深作欣二が悪いわけではないのですが、相変わらずマスコミの困った事態です。


『仁義なき戦い』の最大の単発ヒットは初期の200万人強、そこまでヒットさえしていませんし、そこまで大名作でもありません。なのにマスコミがことあるたびにガンガン持ち上げている題材です。流す過去も現代も映画情報はもうめちゃくちゃです。東映の忠臣蔵映画は3本が軽く1000万人越していますから200万くらい全然です。これが真実です。





赤穂城三部作 仁義なき戦い 深作欣二 D通 マスコミ 赤穂城断絶 柳生一族の陰謀 菅原文太 松方弘樹 梅宮辰夫 ニコニコ生放送 ブラック企業 ブラック企業大賞2019 授賞式 NHKニュース 萬屋錦之介






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更なる多角メディア化の忠臣蔵の変化へ向けて







何があるにしても、忠臣蔵は過去の先人たちのおかげで成り立つからこそ、300作以上の映画が112年間の1世紀以上で作られてきています。今後もゲーム(スマホ、同人PC、テレビ)やマンガ、アニメ、ドラマ、歌舞伎、舞台、音楽だけではなく、映画として上手い意味で、変化が求められていくことでしょう。









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2019/12/30 20:13 | 邦画の探求COMMENT(1)TRACKBACK(0)  

映画『決算!忠臣蔵』と忠臣蔵映画112年の軌跡に巨弾アラカン19つの影




2019年は令和元年ということで新しい元号の初年、過去に注目してもらうための取り組みが数多く行われ、日本の文化の成熟がいかに過去の人物たちの尽力や努力の積み重ねのおかげであるのか、改めて感じさせられた1年です。私たちは先人の耕した硬い土地の畑に土足で乗っかっているだけの存在なのかもしれません。


先人への敬意、敬愛を深める機会が多くありました。今の日本がある程度なのはまさに先人のおかげ、とはいっても今の映画しか知らない方々は「何を書いているんだ」といわれるかもしれませんが、過去を最低限も理解しておらずに、日本ことを知らずに、アメリカ映画ばかりを語る、

まあ名前は出しませんが、映画評論家、著名人や芸能人よりは、まだ地に足が着いているのではないかと考えていますし、海外に住んでアメリカ映画のことばかり話している日本人ならまだ良い訳ですが、彼らは町山智浩のようにそれをしません。”日本に住んでいながら日本語をしゃべらずに英語だけを話しているような日本人”にはなりたくはありません。

映画愛子は外国人や外国人かぶれの日本人が直ぐに言う”誇りに思う”という言葉が安易過ぎてあまり好きではありませんが、ある種の敬意、敬愛は重要だと考えています。



「映画『決算!忠臣蔵』と忠臣蔵映画112年の軌跡に巨弾アラカン19つの影」スタートです。



前回記事
アラカン映画の謎の綜芸プロの全貌の影に3人の中村正太郎の謎と永遠のライバル






映画の先人たちへの敬意と敬愛に忠臣蔵映画の影






先人への敬意、敬愛は映画に関しても同様です。例えば日本やアメリカ、インドなど映画大国のようには大手映画会社が乱立していない国がたくさんあることをご存知でしょうか。国産映画という概念がほぼなく極少数、国内の公開映画のほとんどが海外制作の輸入作品を中心としている国たくさんあります。こうした国は悲しいと思えてしまいます。


日本も他人事ではなく、数多くの製作者や映画スターなどの先人の血と汗が無ければ、戦前と戦後の映画黄金期がなければ、日本は海外制作の輸入作品を中心の道を辿っていたことも考えられますし、1950年代後半の日本映画の最大黄金期は年間で600本近い一般映画が公開されていた時がありました。

例えば、ニュージーランド映画のケースを取り上げると、人口が日本よりも非常に少ない現状ですが、年間の国産映画が数本のみです。ニュージーランドの映画館の新作の上映作品の一般作品のほとんどが海外作品であり、自分の国の映画を見るという概念がほぼ存在していません。近年の日本の一般映画は100本ほど(ピンク映画や巡回上映、単館上映含めると500以上)公開されています。


2019年は日本らしさを見つけるべき1年でしたが、2020年は東京五輪であり、この流れは続くことでしょう。





映画『決算!忠臣蔵』と忠臣蔵映画112年の軌跡に巨弾アラカンの影







映画『決算!忠臣蔵』が吉本興業と松竹などの主な制作により、2019年の11月22日から公開されています。吉本興業は東映と数本の時代劇映画(ドキュメンタリーとストーリー物)を2019年で85歳の大ベテランの中島貞夫で2本製作していた流れから、今回の時代劇映画『決算!忠臣蔵』に至っています。

松竹はこのような王道からは遠ざかった題材の時代劇を近年に多く制作公開しています。例えば最低限な観客動員した引越しもありましたし、今回の『決算!忠臣蔵』は喜劇や討ち入るためのお金です。忠臣蔵と喜劇やお金がテーマ、内容はともかく、とりあえずは時代劇映画を制作してくれるだけでもありがたいです。令和元年なので日本映画を代表する題材の忠臣蔵をもう一度という経緯となったのでしょう。


過去の映画愛子の記事で、2017/12/16公開<11代目の歌舞伎「仮名手本忠臣蔵九段目」と幻映画『忠臣蔵五段目』に隠された残像>などでも書いています。この記事の中で日本映画で最初に作られたと考えられる忠臣蔵映画を取り上げており、1907年に公開された11代目片岡仁左衛門(1858年1月18日~1934年10月16日)が主演した1907年の『忠臣蔵五段目』です。

この映画は世界最多の映画題材であり、通算300作以上作られている忠臣蔵映画の最初とされており、日本映画史にとって非常に意味がある重要な作品、2019年から112年前で、現在の15代目片岡仁左衛門(片岡孝夫)から数えると4代前の仁左衛門です。




11代目片岡仁左衛門の忠臣蔵題材の映画出演作
1907   『忠臣蔵五段目』
1908   『忠臣蔵五段目』 
1908.10 『忠臣蔵』
1908.11 『忠臣蔵』
1911   『仮名手本忠臣蔵』

すべてが主演、役は不明だが、ほぼ、または全てで大石内蔵助は演じていたと考えられ、2役以上に可能性もあり、





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忠臣蔵と共に駆け抜けた歴代2大巨星の幾重交わり歴戦

忠臣蔵ジグソーパンデミック現象 月形龍之介と伊東四朗をつなぐ映画隆盛群



町山智浩 ニュージーランド映画 決算!忠臣蔵 吉本興業 中島貞夫 忠臣蔵五段目 忠臣蔵映画 15代目片岡仁左衛門 11代目片岡仁左衛門





忠臣蔵を現代に伝えた歴代忠臣蔵映画の三大スーパースター






忠臣蔵映画に関して今回は上記リンク記事以来、久しぶりにメインで取り上げます。忠臣蔵映画は尾上松之助(日本最古の大手映画会社の日活最初の大映画スター、日本最初の国民的映像スター、数多くの題材に挑戦、1920年代の日本映画の初の観客動員1億人にも貢献)、大河内傳次郎(国民的な支持と人気の時代劇六大スターの一人、丹下左膳で現代でいうダークヒーローの形成、時代劇の父こと、伊藤大輔との30本以上の名コンビなど多数で知られ、時代劇の形成に大きく貢献)、

片岡千恵蔵(国民的な支持と人気の時代劇六大スターの一人、明朗時代劇や股旅時代劇などを形成、もっとも幅広く有名題材や名作を数多く残し、数多くの巨匠・名匠で多数大当たり、シリーズ代表作は歴代最多、現在の時代劇の概念にもっとも貢献、また現代劇でも大活躍、歴代契約映画スター最長の活躍、ナンバーワン俳優として東映を邦画黄金期の7年連続1位に導く、日本映画4年連続10億人に大貢献など、書ききれない記録や功績)の主演の三大スーパースターが牽引してきた題材が忠臣蔵です。


尾上松之助は40作以上の忠臣蔵映画に出演した記録が残されていますが、明確なヒット作はごく少数に留まり、大作の長編もありますが、ほとんどが短編映画です。千恵蔵や大河内はほぼ長編映画や超大作映画で、1000万人以上は1本もありませんが、大河内は千恵蔵に次ぎ、主演の忠臣蔵映画のヒット作(戦前のみだが)が多い俳優です。







忠臣蔵俳優の顔 300作以上の強烈な競争力の忠臣蔵映画歴代1位俳優






忠臣蔵映画で最多のヒットの記録が残されているのは片岡千恵蔵です。彼の忠臣蔵映画の代表作は軽く10を上回り、戦前と戦後で歴代多数です。まさに自身の当たり役の一つの多羅尾伴内(七つの顔の男)ではありませんが、”忠臣蔵俳優の顔”も持っています。





千恵蔵は戦前から戦後で当たり役の一つの浅野内匠頭を映画で10度以上演じ、戦後に大石内蔵助を5本で演じていますが、大石は全てがヒット、的中率100パーセントの記録が残されており、戦後初の忠臣蔵映画は千恵蔵で、東映創立の2年目の1952年から大石や浅野を演じた「赤穂城3部作」が作られてヒットを記録、

特に日本映画黄金期の千恵蔵自身の代表的な役の一つの立花左近(江戸へ向かう大石が重要な名場面で対峙する有名な役柄)を演じた1956『赤穂浪士 天の巻 地の巻』 は年間観客動員1位で2000万人近くを動員、東映は年間で初の1位、大石内蔵助の1959『忠臣蔵 桜花の巻 菊花の巻』は年間観客動員ベスト10入りの1500万人以上、この年の東映は歴代で最大の観客動員を記録、



5度目の大石内蔵助の1961『赤穂浪士(1961)』も年間観客動員ベスト10入りを果たして1000万人以上を記録しました。大石内蔵助役の主演で2作が1000万人以上は歴代で彼だけあり、『赤穂浪士 天の巻 地の巻』 の立花左近の事実上の2番手的役柄を含むと酒宴2、2番手1で3作1000万人以上も歴代で彼だけです。大記録です。また歴代の通産の忠臣映画の代表作がもっとも多い主演と上位助演の俳優です。ちなみに両御大も片方の市川右太衛門の大石内蔵助は大ヒットを記録しましたが、生涯で1度だけでした。


これまで当ブログや裏側のブログで何度も忠臣蔵関連の記事を取り上げてきましたが、今回は前回までの流れを重視して、片岡千恵蔵の最大にライバルでもあった巨弾俳優の嵐寛寿郎の忠臣蔵にも迫ることにしましょう。記事は下の次の見出しからです。



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1950年代後半以降に千恵蔵御大といわれた、超巨星の片岡千恵蔵の戦後最多5度目の大石内蔵助が1961『赤穂浪士(1961)』で実現しました。この映画は東映で最後の観客動員1000万人以上を記録した大ヒット作です。東映最大の黄金期を支えた名音楽家の深井史郎、1959年の彼の没後に招かれた音楽家が『赤穂浪士(1961)』の富永三郎です。富永三郎は短期間ですが東映映画の大作の音楽を多く手掛け、いくつかの代表作を残しています。この映画でも彼の会心の名曲たちが作中で桜花乱舞します。




尾上松之助 大河内傳次郎 丹下左膳 片岡千恵蔵 多羅尾伴内 七つの顔の男 忠臣蔵俳優の顔 浅野内匠頭 大石内蔵助 年間観客動員ベスト10 立花左近 赤穂浪士 天の巻 地の巻 忠臣蔵 桜花の巻 菊花の巻 市川右太衛門 赤穂浪士(1961) 千恵蔵御大 深井史郎 富永三郎






嵐寛寿郎の通産の忠臣蔵映画






嵐寛寿郎の忠臣蔵映画は数え方にもよるわけですが、通算19作だと考えられます。日活三大スター、バンツマ、チエゾウ、アラカンなど戦前でも最多級の名優が勢ぞろいした1938『忠臣蔵 天の卷 地の卷』は大ヒットした忠臣蔵映画です。残念ながらオリジナルの全長3時間と近くといわれた作品は戦争の影響で焼けてしまい存在しておらず、『忠臣蔵 天の巻 地の巻(総集編)』の90分ほどの映画のみです。

1938『忠臣蔵 天の卷 地の卷』はアラカンの出演した忠臣蔵映画の唯一の大ヒット作です。ですが、主演ではなく前半は2番手的扱い、後半は3番手的扱いです。『忠臣蔵 天の巻』は千恵蔵(浅野)に次ぐ事実上の2番手的扱い、『忠臣蔵 地の巻』は阪妻(大石)と千恵蔵(立花左近)に次ぐ事実上の3番手的扱いですが、脇坂淡路守と清水一角は忠臣蔵の上位に有名なキャラクターを演じています。



嵐寛寿郎の忠臣蔵映画 19作 1927~1956 29年 主演は7作

1927『仮名手本忠臣蔵七団目』  マキノプロ 星野勘平、寺岡平右衛門、斧定九郎  脇役
1928『忠魂義烈 実録忠臣蔵』  マキノプロ 脇坂淡路守、寺坂吉右衛門信行  脇役
1928『間者』  マキノプロ 小林平八郎 *千恵蔵と主要キャストで共演 主要
1928『実録忠臣蔵』(忠魂義烈 実録忠臣蔵と間者の改修) マキノプロ 脇坂淡路守、寺坂吉右衛門信行 脇役
1929『二刀流安兵衛』  東亜キネマ京都 中山安兵衛 主演1
1932『口笛を吹く武士』  寛プロ 清水狂太郎、浅野内匠頭 主演2
1936『安兵衛十八番斬り』  寛プロ 中山安兵衛 主演3
1938『忠臣蔵 天の巻』 日活京都 脇坂淡路守 助演 千恵蔵(浅野)に次ぐ事実上2番手扱い
1938『忠臣蔵 地の巻』 日活京都. 清水一角 助演  阪妻(大石)と千恵蔵(立花左近)に次ぐ事実上3番手扱い
1938『忠臣蔵 天の卷 地の卷』(3分尺の断片版) 脇坂淡路守、清水一角 2番手と3番手的 助演
10
1941『討入前夜』  日活京都 清水狂太郎、浅野内匠頭 主演4
1941『忠臣蔵 天の巻 新篇(前編)』 日活京都 脇坂淡路守   助演 千恵蔵(浅野)に次ぐ事実上2番手扱い
1941『忠臣蔵 地の巻 新篇(後篇)』 日活京都 清水一角 助演  阪妻(大石)と千恵蔵(立花左近)に次ぐ事実上3番手的扱い
19??『忠臣蔵 天の巻 地の巻(総集編)』 日活京都 脇坂淡路守、清水一角 2番手と3番手的
1944『高田馬場前後』  大映京都 中山安兵衛 千恵蔵(浅野)とダブル主演 主演5
1951『中山安兵衛(1951)』  新東宝=綜芸プロ 中山安兵衛 主演6
1953『初祝二刀流(高田馬場前後)』  大映京都  千恵蔵(浅野)とダブル主演  主演7
1956『忠臣蔵 天の巻 新版(前編)』 日活京都 脇坂淡路守 助演 千恵蔵(浅野)に次ぐ事実上の2番手扱い
1956『忠臣蔵 地の巻 新版(後篇)』 日活京都 清水一角 助演 阪妻(大石)と千恵蔵(立花左近)に次ぐ事実上3番手扱い
19



『忠臣蔵 天の巻』と『忠臣蔵 地の巻』 はオリジナル、新篇、新版を含めてここでは2作ずつの扱いをしています。






嵐寛寿郎 忠臣蔵 天の卷 地の卷 忠臣蔵 天の巻 地の巻(総集編) 忠臣蔵 天の巻 忠臣蔵 地の巻 脇坂淡路守 清水一角 






架空の忠臣蔵の登場人物の清水狂太郎山中貞雄の『口笛を吹く武士






映画愛子は、嵐寛寿郎の通産の忠臣蔵映画の中から1932『口笛を吹く武士』  制作=寛プロ、配給=新興キネマ 、役柄=清水狂太郎、浅野内匠頭(2役)に注目してみます。清水狂太郎というと、忠臣蔵を最低限ご存知の方なら直ぐ、吉良方の剣客の清水一角の名前が思い浮かぶかと思いますが、これは兄です。

清水一角は赤穂浪士の討入りのときに対抗した剣客集団のリーダー格の一人として描かれることが多く、リーダーのトップとして描かれることが多い、小林平八郎に次ぐ存在、重要な場面でラストが描かれています。小林平八郎(映画やドラマでは小林平七、小林平八の名前も多数あり)の部下として描かれている作品が多数あります。

口笛を吹く武士』 は、丹下左膳などで知られる林不忘の原作や映画では、清水一角の兄として清水狂太郎が登場しており、創作の架空または、存在していたかもしれない兄をモデルにした人物だと考えられます。簡単に言えば林不忘の原作を描く上の空想上の人物といえるでしょう。しかも主人公として描かれています。『口笛を吹く武士』の監督と脚本はあの天才といわれた名監督の山中貞雄です。


口笛を吹く武士(ゴマブックス大活字シリーズ)
口笛を吹く武士(ゴマブックス大活字シリーズ)

林不忘の口笛を吹く武士のデジタル書籍、オンデマンド (ペーパーバック)です。


こちらは通常の書籍バージョンです。



嵐寛寿郎の映画制作会社の通称・寛プロ(かんぷろ)は1928~1937年にかけて、80作近くの映画を製作、断片版などを含めなければ通産76作が確認できます。

寛プロは1928年の第一次と1931年から1937年の第二次がありますが、功績に一つとして、この間の1929年から1931年の東亜キネマ時代にスタートした「右門捕物帖シリーズ」とマキノ、マキノプロとも略される日本映画の父・牧野省三による映画製作会社のマキノプロダクション時代の1927年から続く「鞍馬天狗シリーズ」の2つを、それまで以上に強固な二大シリーズとして確立させたこと、もう一つの大きな功績が監督、脚本家、原作者としても優秀な山中貞雄を発掘したことでも知られ、二大シリーズの確立には、一次的に東亜キネマへ移籍し、寛プロの第二次をスタートさせる流れを作るための並ならぬ尽力があリました。





口笛を吹く武士 清水狂太郎 山中貞雄 小林平八郎 小林平七 小林平八 林不忘 寛プロ 第一次寛プロ 右門捕物帖シリーズ 牧野省三 鞍馬天狗シリーズ マキノプロダクション






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2019/12/16 23:48 | 邦画の探求COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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