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両手に歴代記念碑 伝説の日本映画初俳優と初時代劇俳優の嵐璃徳 サイレント二大スター凌駕真相







両手に歴代記念碑 伝説の日本映画初俳優と初時代劇俳優の嵐璃徳 サイレント二大スター凌駕真相






鞍馬天狗は1924年の帝国キネマ『女人地獄』が最初の映画です。原作はもちろん大佛次郞(おさらぎじろう、別表記=大仏次郎)、鞍馬天狗なのに、そのネーミングがないのはなぜ、実は女人地獄のエピソードに着目したタイトルで原作と同名、大佛次郞の鞍馬天狗の小説としては4刊目『女人地獄』、鞍馬天狗の名前を入れていないだけです。名前を入れていない映画が1本目になってしまっただけです。




前回記事⇒週刊少年ジャンプの三大原則の友情・努力・勝利の形成に超絶俳優の国民的有名映画の影




鞍馬天狗 帝国キネマ 女人地獄 大佛次郞 大仏次郎






映画の大衆が天狗さえも大作家さえも動かした 児童時代劇が小説版の児童作を誕生







定着している映画の鞍馬天狗といえば、児童物の要素がありますが、『女人地獄』は少年の杉作(日本映画で最初に定着した人気子供キャラクター)が登場しない、児童要素がない鞍馬天狗だったと考えられています。


原作自体も最初は児童要素が弱いものだったとされていますが、映画化の嵐寛寿郎こと、アラカン版の児童要素が子供たちに広く、受け入れられたことから、少年の要素を取り入れた原作も書かれることとなり、大衆の意見が原作の続編の行方の一部分に影響を与えさせたことも非常に意味があります。制作側の自己満足を押し付けるだけではなく、きとんと大衆の意見を取り入れる創作に非常に大切なことも実現させました。


架空の覆面の謎のヒーロー鞍馬天狗と実在した新選組の近藤勇らの幕末の騒乱の一幕を描いていたものと分かります。架空と実在、これぞ時代劇です。現代にアニメにも大きくつながります。アニメは基本は実在の人間を絵のキャラクターに置き換え、架空や現実をいじくった世界が基本です。他にも日本の時代劇からの流れが多数あります。

鞍馬天狗は実川延松、近藤勇は阪東豊昇、この2名の対決や幕末の劇的な情勢の変化を軸に描かれた鞍馬天狗、児童物要素が薄く、定着したのちの嵐寛寿郎版のピーク時の印象とは、大きく離れたものだったようです。



杉作 嵐寛寿郎 新選組 近藤勇







映画会社中期以降の急上昇 時代劇スター実川延松







初代鞍馬天狗を演じた実川延松(じつかわえんしょう)、日本最初の映画俳優の一人であり、映画会社の帝国キネマを中心に看板スターとして活躍した時代劇大スターの嵐璃徳(あらしりとく)の相手役を帝国キネマの初期から中期(帝国キネマは1920~1931)にかけて20本以上務め、ヒロインの女役(女形)も多数演じました。帝国キネマの初期はまだ女優自体が存在していない時期です。


また3番手以下の助演俳優もこなし、松竹など外部会社に出演した辺りから評価を上げ、帝国キネマが後期1925年以降になると主演数が急上昇、帝国キネマ末期の1929~1930にかけての18作連続主演も記録しています。『女人地獄』は初代の鞍馬天狗を演じ、尾上松之助やアラカンの流れに貢献した自身上位の代表的な主演作です。

映画主演数は日本映画歴代70位台後半の56本が確認できますが、記録がないものを含めると現実の主演数は60本以上だと考えられます。

彼の主演の代表作そのものがほぼ存在していませんが、唯一、映画が40年以上で60本近く作られる鞍馬天狗題材の記念すべき1本目に主演し、テレビ時代劇を含めると70年以上の映像歴の最初の功績を残しました。




実川延松






天狗映画初代の近藤勇俳優 阪東豊昇







『女人地獄』で近藤勇を演じている阪東豊昇(ばんどうほうしょう)は、実川と近く、嵐璃徳(あらしるとく)の相手役、助演、脇役の俳優、1920~1929の約10年間の映画実働で、180本以上の映画に出演していたことが確認できます。


映画出演履歴の記録が残されていない空白の時期2ヶ月から10ヶ月の範囲が、最低3度あることからも、180はあくまで最低限度の出演本数、ここから数十本は多く出演していたことが推定でき、最低でも200は越していたといえるでしょう。主演作はほぼありませんが、天狗映画で初の近藤勇を初めて演じ、相手役は数本、全体は戦前のサイレント期に時代劇中心に活動した映画の名助演、脇役俳優の一人です。




阪東豊昇





鞍馬天狗 1 角兵衛獅子 鶴見俊輔セレクション (P+D BOOKS) [ 大佛 次郎 ]

残念ながら女人地獄は書籍で見つからないため、鞍馬天狗 1 角兵衛獅子です。







戦前を代表する映画スター、時代劇スター、名優の嵐璃徳





『女人地獄』は伝説の映画スター、時代劇の大スターの嵐璃徳も出演しています。この映画の出演俳優として、実川延松阪東豊昇に次ぐ、3番手扱いだと考えられています。

嵐璃徳(あらしるとく)は1920年代初頭から中盤までの日本映画スター俳優の中で、日活の尾上松之助、松竹の沢村四郎五郎の次ぎ、3番目の大スターとも考えられている俳優です。この区間のみ日活、松竹、に次ぐ映画会社の帝国キネマのトップ俳優でした。

日本のサイレント映画の主演数は尾上松之助(950ほど)、松竹の沢村四郎五郎(最低でも250)に次ぐ、歴代ベスト3を記録していることもサイレント映画三大スター定義の一つの理由になると考えています。



事実上の時代劇六大スター(現代劇含む通産主演本数順表記、戦後は御大、両御大とも言われた片岡千恵蔵、市川右太衛門をはじめとする長谷川一夫、嵐寛寿郎、大河内傳次郎、阪東妻三郎)の登場前の事実上の日本初の三大スターの定義の可能性が考えられています。

林長二郎(長谷川一夫)、高田浩吉、坂東好太郎の松竹下加茂三羽烏(1930年代の松竹映画内の時代劇三大スター)よりも、約10年ほど前に日本三大スター、松竹下加茂三羽烏は3番目デビューの坂東好太郎のデビュー年の1932年から、林長二郎の1937年の東宝移籍による概念の消滅の6年間が期間です。

三羽烏よりも日活の尾上松之助、松竹の沢村四郎五郎、帝国キネマの嵐璃徳の方が先です。ただ松竹下加茂三羽烏のように同じ映画会社ではありませんでした。




嵐璃徳 尾上松之助 沢村四郎五郎 サイレント映画三大スター

時代劇六大スター 片岡千恵蔵 市川右太衛門 長谷川一夫 大河内傳次郎 阪東妻三郎 御大 両御大

林長二郎 高田浩吉 坂東好太郎 松竹下加茂三羽烏





短期間の主演ピークながら戦前のみの世界上位の映画出演本数300以上に出演






嵐璃徳は1920年から1925年を自身の6年ほどの主演俳優の短いピークを中心に、主演は175作以上を記録、1899~1935年までの実働で280本以上に出演し、未確定含むと最低でも300本以上の出演本数とされ、単独主演期間は1917~1932の16年間、1925を境に主演数が急激に減少しているため、主演のピークにしています。



彼もメディアやテレビが伝えない、日本映画形成に貢献した名優の一人であり、影響力は比較的大きな人物です。1920年代前半は日活や松竹の大手に次ぐともいわれた帝国キネマ、映像含む映画や芸能の多様性に大きく貢献した時期があった俳優だからです。影響エピソードは残念ながら残す概念がない時代ではありましたが、後輩俳優も多数存在しています。






嵐璃徳 日本初の劇映画と日本初の時代劇映画の出演






また、嵐璃徳は、1899年の『ピストル強盗清水定吉』に横山運平、市川目高と共に最初の劇映画、初の現代劇映画に出演し、日本初の映画俳優となり、このとき24歳、ではなく、なんと14歳です。14歳は子役は過ぎていますが、日本初の少年俳優です。



清水定吉は実在した日本初の拳銃強盗犯であり、1882年(明治15年)から、覆面で拳銃、現在の東京都にあたる東京市において、80件以上の強盗と5人を殺害、明治時代の日本の元死刑囚です。この実在の人物を元にしたドキュメンタリー要素の映画が日本初の劇映画で、名優の横山運平は主演の警官を演じ、璃徳は脇役です。


また、日本最初の時代劇映画1908年『本能寺合戦』(日本初の巨匠の牧野省三の監督第1作)に出演しており、中村福之助、嵐璃徳が主要、日本初の時代劇俳優の一人ですが、このときは専属の映画俳優としては活動しませんでしたし、専属以前の出演本数は数本です。


ピストル強盗清水定吉』、『本能寺合戦』は彼の単発出演の明確な代表作です。2本とも日本映画の歴史に非常に重要な作品だからです。そして『女人地獄』も彼の代表的な単発作品です。

通産の出演、主演数、人気などでは日活の尾上松之助、松竹の沢村四郎五郎を下回ると考えられていますが、先駆的な実積と記念碑的な功績のいくつかは、この両名を上回っているといえます。




ピストル強盗清水定吉 横山運平 市川目高 日本初の劇映画 日本初の現代劇映画 日本初の映画俳優

清水定吉 日本初の拳銃強盗犯 東京市

本能寺合戦 牧野省三 中村福之助 日本初の時代劇俳優

おじいさん俳優 最年長映画出演俳優 日本映画第一号俳優 新東宝映画 怪猫題材 渡辺邦男 大河内傳次郎 木暮実千代






最年長映画出演俳優 横山運平





横山運平は戦後しばらくは最年長映画出演俳優でした。『鍋島怪猫伝』は日本映画日本映画第一号俳優、日本初の主演俳優の横山運平の出演映画、璃徳の映画は残念ながら商品化されていません。



鍋島怪猫伝 【DVD】



『鍋島怪猫伝』は1948年の新東宝映画で、日本のホラー映画のジャンルの一つ、怪猫題材の時代劇、監督は娯楽映画大巨匠の渡辺邦男、主演は大河内傳次郎、ヒロインは木暮実千代、



横山運平は主演から10番手圏内の役柄で出演しています。彼は戦後の晩年は最年長映画出演俳優としても評価され、おじいさん俳優として、多くの作品に出演しています。

なんと、最初の1899年の『ピストル強盗清水定吉』から1948年までだけでも約50年の映画出演歴を記録しています。







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2020/09/15 21:28 | 超大物俳優COMMENT(1)TRACKBACK(0)  

週刊少年ジャンプの三大原則の友情・努力・勝利の形成に超絶俳優の国民的有名映画の影





週刊少年ジャンプの三大原則の友情・努力・勝利の形成に超絶俳優の国民的有名映画の影






ちょっとこぼれ話になりますが、実は近衛十四郎の妻、松方弘樹、目黒祐樹の母の水川八重子は、「鞍馬天狗」の映画に出演しています。鞍馬天狗といえば映画50作以上の映画が制作された、国民的な時代劇映画、制作本数日本映画歴代ベスト10にランクインするレベルの有名題材の一つですが、通算42作、43作(現存バージョン含むと43、含まないと41、WIKIには46とあるが正確には違う)が確認できるアラカンこと嵐寛寿郎版か、いえ違います。ですが出演しています。

鞍馬天狗は日本の映像コンテンツの単独主演による長期シリーズの製作のそのものの概念の形成に大きく貢献しました。





前回記事剣聖の次男とダブル歴代ベストテン俳優 逝去の渡哲也降臨とライバル三人の意外な本数争い



近衛十四郎 松方弘樹 目黒祐樹 水川八重子 鞍馬天狗 アラカン 嵐寛寿郎





シリーズ路線そのものに貢献した2大超絶俳優の国民的有名映画の影







アラカンの鞍馬天狗の影響、たとえば渥美清の「男はつらいよシリーズ」(48作、または49本、新作の50本目は含まない)や森繁久彌の「社長シリーズ」(33本)や勝新太郎の「座頭市シリーズ」(26本)は戦後に作られた、「社長シリーズ」は1950年代から、他の2つは1960年代からです。

この3つの単独主演俳優による25作以上が作られた映画シリーズ、嵐寛寿郎鞍馬天狗は1927年から30年ほど製作され、1950年代中盤までの単独主演の映画シリーズとして世界最長を記録、のちの映画やドラマ、アニメなどの多彩な映像コンテンツのシリーズ路線に多大な影響を与えています。多くの企業が恩恵を受け、世話になっています。


渥美清 男はつらいよシリーズ  森繁久彌 社長シリーズ 勝新太郎 座頭市シリーズ




この3つの単独主演俳優による25作以上が作られた映画シリーズ、嵐寛寿郎の鞍馬天狗は1927年から30年ほど製作され、1950年代中盤までの単独主演の映画シリーズとして世界最長を記録、のちの映画やドラマ、アニメなどの多彩な映像コンテンツのシリーズ路線に多大な影響を与えています。多くの企業や多人数がその恩恵を受け、膨大な映画、テレビ、アニメ、ゲーム、製品などがその世話になっています。




テレビドラマでも1969年からの東野英治郎の「水戸黄門」もこの映画シリーズ路線をテレビドラマに置き換えて継承しています。また「サザエさん」などの長期のテレビアニメシリーズへも影響も少なからず存在しています。東映でいうと「ドラゴンボール」や「ワンピース」や「プリキュア」などは東映のアニメ制作、特撮の「仮面ライダー」、「スーパー戦隊」にも貢献した資金源を蓄えたトップ俳優で、忠臣蔵、遠山の金さん、宮本武蔵、ギャング物などの数多くの題材長期路線でも成功を収めた、先生を上回る御大こと、片岡千恵蔵の影響も強くありますが、そのライバルでもあり、長期シリーズ路線のもっとも先駆的な存在の嵐寛寿郎の影響も捨て切れません。


アニメと時代劇に詳しいと分かる方もいると信じたいですが、「ドラゴンボール」や「ワンピース」は、実は片岡千恵蔵が1957年から1962年にかけて爆破的にヒットさせた清水次郎長と部分的に似ています。1956年度年間観客動員1位の「任侠清水港」(公開は1957年正月だが、ランキングは1956年の扱い)からスタートした千恵蔵の次郎長映画は、3作連続1500万人(4作目は1500には届かず)、4作連続1000万人級を記録するなど、軽く5000万人以上を動員し、時代劇映画史上最大のヒットシリーズ、また東映映画の最大のヒットシリーズです。


同じ東映でも知名度誇張が異常な「仁義なき戦い」シリーズは10作以上あっても、2000万人も動員していない、過剰なメインテーマ起用による印象操作、さまざまな真実をテレビやマスコミはこの真実をほぼ伝えません。映画や芸能の嘘を付き続けています。




東野英治郎 水戸黄門 サザエさん プリキュア 仮面ライダー スーパー戦隊

ドラゴンボール ワンピース 片岡千恵蔵 清水次郎長 

1956年度年間観客動員1位 任侠清水港 千恵蔵の次郎長映画 次郎長映画 時代劇映画史上最大のヒットシリーズ 東映映画の最大のヒットシリーズ

仁義なき戦いシリーズ







日本映画の歴史にとっても黄金期を物語る非常に大事な映画が楽天とアマゾンにない理由??







下記の画像リンクは、千恵蔵の次郎長映画2作目の『任侠東海道』です。楽天、アマゾンともに1作目がありません。CS放送で何度も再放送されていますが、1作目「任侠清水港」は東映や日本映画の歴史にとっても黄金期を物語る非常に大事な映画ですが、最良原版の状態が悪く映像と音声の劣化版のみしか現存していません。


映像は劣化でも味として視聴できますが、俳優の声や音楽が”がさつく”ことが聞き取りにくさもあり、何度視聴しても、非常に悲しい部分です。1本歴代上位の名優50名近く出演する映画の音声が、原版の保存状態の劣悪による音声の悪いことの悲しさ、保存していた東映の管理にも問題があるわけですが、







外国映画に毒された日本の映画音楽はひどいというイメージは過去の知識が非常に理解が薄い人たちが広めた嘘






黄金期の映画時代劇は俳優の声が大切な音楽です。それぞれの演技の個性の声が一番の音楽、またメインテーマや劇中の音楽を外国のようにスタンダードにすると内容に合いません、日本映画は外国映画とは異なるのでこれはどちらが劣るということではありません。


先人はこれを理解し、日本映画の個性を現実に実行していました。2作目の『任侠東海道』の音楽の日本映画を代表する名音楽家の深井史郎も同様で、彼は歴代上位の数十本のヒット映画の音楽を手がけ、この映画でも作品の侠客物に相乗するように、日本の古くからの個性の音楽である、伝統的な非協和音の音やテンポ上手く取り入れた曲が多めです。深井史郎、テレビが取り上げないため、ご存じない方もいるかもしれません。


日本の映画音楽はひどいというイメージ、そんなことはありません、これは過去の知識が非常に理解が薄い人たちが広めた嘘です。外国映画に毒されていると、これさえもわからない人もいるかもしれません。これも大変重要なことで、黄金期の日本映画が”外国の真似でないことの素晴らしさ”がここにもあります。現在の日本映画は音楽も残念ながら大半が外国勢力に汚染されています。気づかない人も多くいますが、日本人が日本人の個性を失っています。


1作目「任侠清水港」が商品化されていない理由はがさつきなどがのためかもしれません。


任侠東海道 深井史郎





【VHSです】任侠東海道 [片岡千恵蔵/中村錦之助/大川橋蔵]|中古ビデオ【中古】

大変に貴重なVHS版『任侠東海道





千恵蔵の次郎長映画は、のちの東映の現代劇の仁侠映画の形成へも影響を与えてます。東映が現代劇中心へシフトチェンジしたことの理由の一つが、映画1本の製作予算を縮小です。東映が侠客物の時代劇を現代劇の仁侠映画へ置き換え、いわゆる仁侠映画の雰囲気や討入りの要素は次郎長映画、特に千恵蔵の次郎長の超大ヒットの影響が大きい要因です。

忠臣蔵も討入り要素はありますが、あれは任侠の殺陣などではありません。殺陣も時代劇の侠客のやり方や作品ごと、役柄ごとの違い、現代劇は現代劇の明治や大正、昭和初期、現代の年代でも多少は異なるため、そのまま同じではありませんが、時代劇の侠客物の大きな影響があります。


仁侠映画で大成功を収めた後輩の高倉健や鶴田浩二、藤純子も千恵蔵のおかげが大きく、千恵蔵の次郎長映画4作で4作連続準主役を演じた市川右太衛門の恩恵も受けています。右太衛門は初期の東映映画(東横映画時代も含む)以外は現代劇には出演しないため、任侠俳優の3名との縁はありませんでしたが、千恵蔵は時代劇と現代劇の両輪でトップのため、何度の競演がありました。


DVD版『任侠東海道』 監督は天皇と呼ばれた東映ナンバーワン巨匠の松田定次
 
VHS版と画像を比べると不思議なことが分かります。片岡千恵蔵の横顔はVHS版の画像からそのままDVD版に貼り付けていることが分かり、大友柳太朗や中村錦之助など全体は同様、市川右太衛門だけが何故か、VHSとDVDの写真と顔が少し違います。



殺陣
 高倉健 鶴田浩二 藤純子 市川右太衛門 




アマゾンには貴重なパンフがあります。リンク先は昭和31年度とありますが、
正確には1957年の1月公開のため、昭和32年度です。

昭和31年映画パンフレット 任侠清水湊 片岡千恵蔵 中村錦之助 市川右太衛門 大川橋蔵







ドラゴンボール」「ワンピース」と次郎長映画 週刊少年ジャンプの三大原則の友情と努力と勝利の形成







ドラゴンボール」の主人公の孫悟空や初期の世界観は中国が元ネタですが、方向性など、次郎長を元にいじくったともいいうこともできます。戦前から70本以上の映画がある次郎長映画もだんだんと仲間を増やしていき、経験や人間関係を広め、旅を通じ、世の中のための”努力”を通じ、弱いものや自分たちのために、仲間以外の信頼から生まれた”友情”の協力も取り入れながら、味方や敵役の多くの名キャラクターたちを通じ、度々対抗勢力と闘って、最後は”勝利”を収めます。



週刊少年ジャンプの三大原則の友情・努力・勝利も同じです。三大原則は日本の時代劇から元は生まれています。個人的には次郎長題材がもっとも大きいと現時点では考えています。次郎長は今でいう世の中のアウトロー達やはみだし者達、実は「ドラゴンボール」や「ワンピース」のメインも海賊の世界に置き換えた、現実でいうと世の中のアウトロー達やはみだし者達です。ここも現実に共通しています。


週刊少年ジャンプ 三大原則 友情・努力・勝利 三大原則 孫悟空




また、片岡千恵蔵の功績の一つになってしまいましたが、彼は大きく幅広く深い影響が現代も数多くあるため、度々登場します。児童向けとして、当時は評論家や知識人たちには敬遠された鞍馬天狗はシリーズ路線の基本を戦後に伝え、のちの東映から国民的な流れに羽ばたいたアニメへの影響も大きく、ここに千恵蔵だけでなく、嵐寛寿郎も強めに関与しています。





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【動画有】長五郎から長太郎へ「あばれはっちゃく」誕生裏を取れ 時代を飛び越えた国民的侠客から名作児童ドラマ





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2020/09/01 23:23 | 超大物俳優COMMENT(1)TRACKBACK(0)  

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