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日の丸戦勝と共産売国奴 チャールズ・チャップリンVS映画超大国大日本の世界ベスト3サイレント超名優



日の丸戦勝と共産売国奴 チャールズ・チャップリンVS映画超大国大日本の世界ベスト3サイレント超名優




日本映画最初の三大スターは外国ライバルのチャールズ・チャップリンさえも軽く凌駕と追い越し実現していた



映画にも関わりがあるマスコミの不正を紹介する衝撃の前回動画”この女何者だ?”、または”何者だ?この女”のフレーズが非常に頭に残ります。シンプルでインパクトが強い。今回は、前回の流れで今回もテレビが伝えない映画スターたちの伝説に迫ります。


今回も都合が良いことしか書けない、企業の案件のありきたりな映画ブログの記事ではなく、過去と現代と未来が垣間見える、ナンセンスも交えた斬新さと個性で、独自な映画の世界に迫ります。



外国人のコロナ感染者が異常です。日本でも経済的な大きな被害がありますが、欧米(白人中心の国)は再び新規感染確認者が1日で1万人を越す国がいくつもあります。特に白人たち規則を守らず、感情のままに身体を動かす、だらしないと存在と考えてしまいます。彼らは白人至上主義=劣化人種(つまり自分たちが優れていると映画やその先人を通じてもアピールするが実は一番優れていない人種)なのか、


日本は感染者をじわじわ増やしてはいますが、外国の特に欧米よりは比較的、またはそれ以上に少ない人数に押さえ込んでいます。外国人よりも日本人は優れた存在なのか、白人よりも日本人のほうが優秀なのか、今回の記事とも関わりがあります。






映画の真実を無視し、都合が良い映画を誇張し続けるマスコミの”この女何者だ?”も登場する前回記事⇒映画「浪人祭」に隠された伝説的な先輩後輩大スター同士の知られざるリスペクト




嵐璃徳は、主演本数は日本映画歴代ベスト10に含まれる最低でも175本を記録(データがないものも考えると200本に迫ると考えられる)、サイレント映画の主演数も当時、松之助、四郎五郎に次ぐ世界ベスト3です。実はあの外国の長有名俳優に対しても、ある部分において確実に勝利しています。





嵐璃徳
 白人至上主義 劣化人種






チャールズ・チャップリンさえも軽く数字で凌駕と追い越す嵐璃徳ら日本を代表する世界的な映画俳優たち







璃徳と同時期に活躍したチャールズ・チャップリン(Charles Chaplin、1889~1977、イギリス生まれの俳優、監督、製作などの映画人)の出演90強、主演数は公式外(未公開、未完成など)を含むと、80本強、出演さえも100作を越していません。璃徳は200本とも言われる確認できるだけでも175本ほどの主演作の記録が存在しています。なんと日本の歴代俳優があの知名度先行型よりも、2倍以上の差を付けています。

チャップリンは数は少ないながら晩年はトーキー映画にも出演していますが、サイレント映画が9割ほどを占めメインです。なんと大スターなのに主演はおろか、出演さえも100本を越していません。璃徳は300作ほどの映画に出演、2名の対峙は主演よりも倍率が増えて、3倍を越すの大差です。


知名度先行型とも言われる名優のチャップリンは、名作は外国上位の20本以上あるにしても、日本だと歴代上位にさえ入りません。また、嵐璃徳などのように、映画大スターの条件の一つ、主演100本さえ越していない現実があります。これは大きな事実です。一言でいうとチャップリンは名作はそこそこありますが、少なめの出演と主演、10度以上映画で演じた一つもない当たり役、3つの問題点の大きな事実、名作は外国でも上位、日本含むと50位以下ですが、そのほかの通産の数字がたいしたことないわけです。

この3つが活躍したある程度レベルだと伝えることを無視しています。マスコミは物事を偏りって伝え、一つの部分のみを誇張してその部分のみで優れていると報道し、他の部分を無視します。





チャールズ・チャップリン Charles Chaplin チャップリン







まさかの対峙 高倉健VSチャールズ・チャップリン







ちなみに2010年代まで存命だった高倉健は日本映画歴代20位にランクインする110本を越す単独主演作、出演数は200作強があるため、チャールズ・チャップリンの公式外含む主演80作強、出演90作強、さらに代表作本数(高倉50強、チャップリン20強)で大きく上回っています。これも事実です。特に主演がメインで出演数2倍の差は大きな差です。



高倉健は100本ほどの長編主演作(他に中編映画もあり)が存在しますが、チャールズ・チャップリンの主演長編映画はデビュー時が40年強ずれていることも影響していますが、サイレントメインだったことも影響しているにしても、現実に10本ほどに留まっています。約10倍の差が存在しています。なんとチャップリンは、戦後デビューの彼にさえ数字で負けています。これも事実です。



この数字を出すと高倉健は戦後のみながらサイレント中心の外国大スターの勝利している部分があるわけで、かなり活動したことが改めて分かります。チャールズ・チャップリンを数字のいくつかで確実に凌駕している事実が存在しています。個人的にチャールズ・チャップリンも高倉健も多数の映画は優れていると考えています。

映画そのものの良し悪しは個人差がある部分なので、内容の良し悪しでどちらが上とは言えませんが、上記同様に高倉が数で大きく上回っていることは事実です。労力や撮影などの手間を含めても、サイレントを長編に置き換えたとしても本数は上回っているといえます。

その直属大先輩で、時代劇という日本人、日本映画の魂の形成と黄金期や、東映の現代劇形成と黄金期に貢献の片岡千恵蔵や他の時代劇六大スターの5名はそれを更に凌駕しているわけですが、今回の内容と大きく反れるのでやめておきましょう。

マスコミがこの本当の事実を無視し続けるため、ご存じない方も多いかもしれませんが、嵐璃徳尾上松之助沢村四郎五郎などは、歴代の日本の映画俳優は、同時に世界的な映画スターである現実と凄みを感じさせてくれます。




高倉健

片岡千恵蔵 時代劇六大スター








映画に関わりがあるマスコミが擁護する左派と左翼の過去や現代の映画監督にも関与する推薦動画







実はチャールズ・チャップリンは日本で2020年10月に大騒動になっている日本学術会議の騒動とも大きく関与しています。彼がアメリカから一時追放された「赤狩り」です。事実上の赤狩りの要素も一部に指摘されています。

映画も政治が非常に関与しています。ただの娯楽のみしか注目せずに、これを部外視する人もいますが、映画は政治も含めて楽しむ部分が存在しています。つまり娯楽には痛みが伴う、これが真の映画ファン、もちろんそれぞれの考え方があるわけですが、映画と政治を受け入れること、これが多様性の現代と未来のあり方ではないでしょうか。





【学者さん達仲間割れ!遂に飛び出す日本学術会議「廃止」論!】マスコミと左派人が必死で擁護してるのに学者さん達が仲間割れ!大学教授から飛び出し



このユーチューバーくまさんは発言は過激ですが、もっともなことを国民の変わりに代弁している部分があります。これくらいの雰囲気で、しゃべらないと危機意識が刺激されない部分があります。

国民の大切な税金がなんだか分からない組織に利用され、大陸側に流れている可能性さえある。国民は怒っていますし、疑問がありますし、不安です。研究者は自分の専門分野のみで頭よくても、世の中の9割以上を占める大衆や庶民の気持ちは理解できていません。

過去のK・A監督などもですが、近年にテレビが優遇している現代の日本学術会議の政府の対応に異議を唱えたK・H監督やキャスター・タレントのSはこの動画でも登場、テレビ関係者はあっち向きばかりを優先的にテレビに出演させています。



菅総理が日本学術会議の会員候補6名の任命を拒否した理由がわかりました!



この動画の彼は感情を抑え目で話しています。




テレビと同様に、日本学術会議でも左派であることがさらに明らかになりましたが、過去や現代の映画でも左的な人間たちを中心に知名度を高めるなどの大きな優遇しています。


チャップリンのことに関しても、一定の世代以上の方々は知名度が高いものが良いと子供の頃から生活と洗脳で刷り込まれてきたため、この事実が残念ながら鵜呑みにできないかもしれません。世の中の知名度やイメージは全部が嘘ではありませんが、マスコミが作り出している虚構が多くを占めています。



残念ながらチャップリンは日本学術会議のマスコミの誇張と同様に、実積以上の知名度先行型の印象操作、情報操作を実現させた事実を生み出しています。これは彼の名誉のあるので一言必要ですが、彼自身がけして悪いわけではありません、日本の放送局や某広告会社、外国の企業も絡んで長年、尻拭いの誇張を繰り返しています。過去に一度誇張したものは実積の何倍も大きく10,100,1000と返すのがマスコミの個性的な生態です。つまり彼らは1を1000、まさに千倍誇張です。


まさにマスコミの千倍誇張は、半沢直樹の千倍返しにも通じる、中国共産党の千人計画ともつながり、3つの千がつながります。






日本学術会議
 赤狩り 菅総理
 中国共産党





女子小学生誘拐犯は中国籍の女 令和元年の9歳以下の行方不明者警察庁発表は1253人



映画から少し離れますが、いえ離れていません。左、中国人の犯罪者という面、左マスコミという面、さらに左俳優のチャップリンとつながりがあります。真実を伝えるためにもう一つ、テレビやマスコミがいかに左狂っているのかを示す下の参考動画の一つです。映画愛子もこれは知らずに驚きました。日本人の未来を背負う子供たちが消えているのに、真実をほぼ取り上げないマスゴミの真実の一つ、まさに彼らは日本を内から壊そうとする売国奴です。本当に許せません。気になる方は詳しくはご覧ください。

『2020年7月11日:静岡放送「女子小学生誘拐犯は中国籍の女」:令和元年の9歳以下の行方不明者警察庁発表「1253人」』第254回【水間条項TV】



小学生誘拐
 9歳以下の行方不明者 水間条項 女子小学生誘拐犯は中国籍の女 中国籍の女 売国奴





日本映画初期の重要な3つの概念 日本映画最初の三大スターと一人スター体制と二大スター体制、三大スター体制と、外国を代表するサイレント映画の大スターチャップリン






尾上松之助沢村四郎五郎嵐璃徳の3名と外国俳優との深くも含めるため、日本映画最初の三大スターと一人スター体制と二大スター体制、三大スター体制、外国を代表するサイレント映画の大スターの4つを取り上げます。



嵐璃徳は1920年デビューのため、これ以前は1909デビューで、1910年からの尾上松之助の一人スター体制、1916年からは尾上松之助(1910年ブレイク)、沢村四郎五郎(1916年ブレイク)の二大スター体制でした。その後、下記にも登場の三大スター体制とも考えられる時期がやってきます。








日本映画最初の三大スター

尾上松之助 1909横田商会デビュー 1910ブレイク 1912日活移籍 日活初と日本最初の映画大スターとして君臨 1925死去
沢村四郎五郎 1914天活デビュー 1916ブレイク 1920国活移籍、1921松竹移籍、松竹映画最初の映画大スターとなる 1925引退
嵐璃徳 1889年デビュー、1920年に帝国キネマで本格的なデビュー 事実上1920にブレイク 帝国キネマの最初のトップ体制 1935引退



*日本映画初の一人大スター体制

尾上松之助 1909デビュー 1910ブレイク 対象期間1910~1915


*日本映画初の二大スター体制 対象期間の璃徳を含める形と含めない形が存在

尾上松之助 1909デビュー 1910ブレイク 璃徳を含める対象期間1916~1919、含めない1916~1925
沢村四郎五郎 1914デビュー 1916ブレイク 璃徳を含める対象期間1916~1919、含めない1916~1925


*三大スター体制 1920~1925の6年間  ナンバーワン松之助の死で概念消滅

尾上松之助 1909デビュー 1910ブレイク 対象期間1920~1925
沢村四郎五郎 1914デビュー 1916ブレイク 対象期間1920~1925
嵐璃徳 1889年デビュー、1920年に本格的なデビュー ブレイク記録なし 対象期間1920~1925


*外国を代表するサイレント映画の大スター

チャールズ・チャップリン 1914年デビューとブレイク 1921、1923までが連続映画主演時代のピーク、映画の連続主演していた時期の内容のみだと1921までともいえる。事実上8~10年が最大のピークともいえる。

それ以降は人気の低迷と政治的な動向も重なり、長期間の間でアメリカを追い出され、本数が急激に減少、それ以降も名作はいくつか残すが、このピーク時以降は本数さえ10本ほどに留まり苦戦。戦後はどうにか1952年の晩年の代表作『ライムライト』(日本公開は1953)を残す、当時は戦前のサイレント期にピークを越した映画人が久々に当たった1本という捕らえ方である。







日活 天活 国活 松竹 帝国キネマ

ライムライト





見えてくる過去の映画超大国日本 尾上松之助VSチャールズ・チャップリン 衝撃初の国民的な映画スターは日本の勝利だ








実はこの4名を並べると1889年デビューの嵐璃徳を最初に、1909デビューの尾上松之助、1914年デビューの沢村四郎五郎とチャールズ・チャップリンと続きます。尾上松之助は1910年に忍術映画を中心に子供たちに圧倒的な支持、さらに忠臣蔵、水戸黄門などの国民的な題材で大人を一部巻き込み娯楽映画の大ブレイク、チャールズ・チャップリンはインテリ向けの喜劇や風刺の路線で1914年に最初の大成功、なんと松之助が、あのチャップリンよりも5年ほども先です。当時の5年は原題以上に大きなものです。特に映画の世界でこれは意味があることです。


チャップリンの最初に大成功を記録した『Caughtin the Rain』(原題)は1921『キッド』(最大のピーク時の代表作の一つ)や1925『チャップリンの黄金狂時代』(本数低迷時の代表作の一つ)などの代表作を5本以上連発していた時期の作品、さらに本数激減時の代表作の1936『モダン・タイムス』などと比べると上位の代表作ではありませんが、非常に意味がある映画です。




チャップリン作品集1 [ チャールズ・チャップリン ]

チャップリン映画は、単発の作品は見る機会はあっても短編は観ていない人が多く存在知るため、上記の短編の作品集が意外と貴重です。







チャップリン主演の貴重なユーチューブ映画『Caughtin the Rain』(原題)バージョン1とバージョン2







チャップリンの主演のユーチューブ公開映画『Caughtin the Rain』(原題)バージョン1とバージョン2実はこの『Caughtin the Rain』(原題)は1914年に公開した2020年から100年以上前の作品ですが、日本で未公開となっています。非常に貴重な作品です。実は日本人にあまり知られていない秀作です。チャップリンの最初のブレイク時の勢いや当ててやるぞの野心を感じさせてくれます。




『Caughtin the Rain』(原題)バージョン1



Charlie Chaplin: Caught in The Rain (Laurel & Hardy)

『Caughtin the Rain』は投稿者と分数に多少の違いがあります。今回はバージョン1と下記のバージョン2を用意しました。



『Caughtin the Rain』(原題)バージョン2




Charlie Chaplin - Caught in the Rain (1914) - FULL MOVIE
今やフリー素材ともいえる彼の映画はこの面でも非常に稀なわけですが、それそのものが一概に評価とは言えません。が、非常に動きにうったえる分かりやすくユーモアがあるインテリな映画です。約13分





Caughtin the Rain ユーチューブ公開映画







チャップリンを擁護する白人たちに知らすべき、5年という重大な時間の大差







上記方面の「日本映画初期の重要な3つの概念 日本映画最初の三大スターと一人スター体制と二大スター体制、三大スター体制と、外国を代表するサイレント映画の大スターチャップリン」の小見出し部分でも取り上げていますが、

日本のほうが国民的映画スター第1号ともいわれる尾上松之助が、同時期の外国を代表するサイレンと映画スターのチャールズ・チャップリンの先に大ブレイクしている事実が判明(個人的には昔から知っていますがこのブログ記事としては初の取り上げ)、チャップリンを特に擁護するイギリスやアメリカの白人たちはこの事実を幅広く知っているのでしょうか。


アメリカを形成に中心的だったチャップリンの母国のイギリス人=白人たちは日本人に事実上、負けていることをけして認めたがらないでしょうが、現実に5年先の事実が存在、日本のほうが完全に先です。外国人たち、特に白人たちにも知っていただきたい現実です。





ウラ記事公開予定場所 10月中に公開予定
映画を極めろ一直線女子の裏道ばやり




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2020/10/15 19:19 | 超大物俳優COMMENT(2)TRACKBACK(0)  

映画「浪人祭」に隠された伝説的な先輩後輩大スター同士の知られざるリスペクト







まだまだマスコミのテレビが伝えない伝説的名優が存在しています。これは映画のこともきちんと伝えていたいことの証明でもあります。

その一人が前回の中心人物の嵐璃徳(あらしりとく)です。



日本映画史上の伝説的な記念碑的映画に『ピストル強盗清水定吉』、『本能寺合戦』に2本に唯一出演し、1920年に時代劇映画スターとして華々しく売り出す専属デビュー、1920年から1925年までのピークはたった6年ほどでした。日活の石原裕次郎や東映の東千代之介などの国民的な映画大スターの最大のピークは確認している限りはたった6年ほどです。

年数は戦後のこの二人とも通じますが、嵐璃徳も6年ほどです。時代が違っても、この短期間の最大ピークの共通点が存在しています。映画という最大の娯楽の中で、主演の専属契約6年間で爆発的活躍をすれば、歴代上位は厳しいものの、十分な評価なのです。


主演85本ほどの石原裕次郎や主演90本強の東千代之介も、主演175本以上の嵐璃徳と同様に主演のピークは越しても、映画の主演や助演の代表作はいくつか存在しています。石原裕次郎はほぼありませんが、東千代之介は嵐は10を越す、助演の代表的映画があります。ここでいうピークは数多くの代表作や主演作が集中している時期のことを意味しています。また、東千代之介は主演のピークを越しても、映画の相手役俳優として数年活躍しています。





前回記事
両手に歴代記念碑 伝説の日本映画初俳優と初時代劇俳優の嵐璃徳 サイレント二大スター凌駕真相





嵐璃徳 ピストル強盗清水定吉 本能寺合戦 石原裕次郎 東千代之介








何者だ?この女 伝説の嵐璃徳を知らない人がいることにも影響 街頭インタビューマスメディア策謀





タブーに切り込む、武田邦彦の動画です。これに実は映画も影響しています。テレビニュースのマスコミがいかに事実を捏造(少なくても一部は確実に存在)しているのか、過去の映画や過去の芸能も現代の企業のマスコット的な、都合がいい人間のみがグルグルと誇張されています。個人的にも昔からテレビ番組そのものや、ニュースなどの街頭インタビューは非常におかしいものと考えています。



【武田邦彦】何者?街頭インタビューでいつも出てくる女性【地上波NGチャンネル】

【武田邦彦】何者?街頭インタビューでいつも出てくる女性【地上波NGチャンネル】の動画です。




動画内でも話に出ているが、”1兆分の一”だという、この時点でほぼやらせである。選別した数名をインタビューしてあたかも世の中の真実のように報道すること自体が元からおかしいのです。たとえばテレビと癒着の深い、ジャニーズタレント(彼らは元からアイドルではなくタレント)や韓国のファンがあたかも膨大に多いように、街頭インタビューを通じてイメージを誇張するなど、問題点は多々あります。利権のため都合が良いタレントよりも上にみせるためにアイドルという言葉を利用。

この動画コメントは、多くの人が長年の不正と矛盾、疑惑に共感しています。




武田邦彦
 ジャニーズタレント




当たらないとすぐに干される黄金時代と当たらなくても最低限なら干されない低迷現代






現代の日本映画の主演俳優は当たらなくても、大きな問題がなければ主演俳優も比較的続けられるため、大きな影響はありませんが、映画の主演俳優の専属時代は基本は1年の更新、しかも毎年、常に結果が求められた厳しい時代でした。何らかの結果を出さないと干されることが多数ありました。戦前の日本映画は戦国時代にように非常に厳しい、映画主演俳優同士の下克上が没発していた頃です。

現代の日本の多くの俳優たちは、映画主演10を越していても、残念1本も当たっていません。これは許されている現代に、時々呆れます。現代は当たらなくても所属している事務所が強くかばってくれる環境も負担が少ない部分です。


先人の苦しさがあってこそ、現代の市場が残されている。現代はヒット作ゼロでも本数を積みやすく、比較的楽な主演俳優の映画の活動を築き、同時に大きく恵まれていることを忘れてはいけませんし、感謝する環境があります。嵐璃徳もこの厳しい時代の荒波に、日活、松竹に次ぐ、映画会社ともいえる帝国キネマのトップ俳優として、勝利した時期がありました。


ですが爆発的な主演本数を記録した彼も1925年を堺に、他の若手俳優に大きく追い抜かれ、主演本数が劇的に減少していき、主演俳優としては干されてしまいました。



まさに、ざっくり厳しくいってしまうと、当たらないとすぐに干される黄金時代と、当たらなくても最低限なら干されない低迷現代です。








嵐璃徳 当たり役と代表的な役の違い 当たり役までいかない多様性の貢献





また、嵐璃徳は代表的な役柄と題材は別にあります。大石内蔵之助を1917~34の18年、8作(大石以外も含む、忠臣蔵映画は12本)で主演3作助演5作8度演じました。

主演は1917~1922の最初の4作です。最大に代表的な役柄といえるでしょう。また遠山の金さんこと、遠山左衛門尉も5作の主演で演じています。4本の荒木又右衛門、大久保彦左衛門、3度の国定忠治、2本の宮本武蔵、清水次郎長、助演では河内山宗俊を3度演じています。

『ピストル強盗清水定吉』、『本能寺合戦』、『女人地獄』ほど大きな物ではありませんが、上位の自身どまりの代表的な役柄です。ですがこれは代表的役どまり、演じただけの要素が強く、明確なヒットや評価や影響、功績の当たり役という証拠はなく、有名な役を演じているものの、比較的低めの評価です。有名な役を演じただけの要素が強いわけです。


特に1921年10月の『実録忠臣蔵(1921)』は帝国キネマオールスターキャストを実現し、超大作で大石内蔵之助と萱野三平の2役を演じました。比較的ヒットした可能性を示唆できます。1920年代前半の帝国キネマは日活や松竹と比べると、ほとんどオールスター映画の制作をしなかったことも、この映画は非常に重要な意味があると考えられます。



大石内蔵之助 帝国キネマオールスターキャスト 忠臣蔵映画 遠山の金さん 遠山左衛門尉 荒木又右衛門 大久保彦左衛門 国定忠治 宮本武蔵 清水次郎長 河内山宗俊 女人地獄 実録忠臣蔵





意外な芸能 先人と後輩リスペクト バンツマと助演の嵐璃徳バージョン大石内蔵助






嵐の助演で注目すべき点は、バンツマです、阪東妻三郎の主演映画1933年10月の『新釈清水一角 浪人祭』(阪妻プロ、新興キネマ)の助演で大石内蔵助を2番手位置で演じています。時代劇映画としては主に忠臣蔵、浪人物、悲壮美要素が考えられる映画です。

日本である意味、一番有名な役の大石内蔵助ですから、嵐にとっても非常に意味、さらにバンツマの相手役で大石を演じることの評価があります。

バンツマは赤穂浪士に討ち入られる吉良邸側として戦った剣豪、有名な剣客の清水一角(別名は清水一学)を演じています。忠臣蔵や赤穂浪士の映画の有名な実在した人物、同時に色々といじくられたキャラクターです。

いまでいう吉良こと、吉良上野介のボディガードのような存在です。討たれる側の世間的な悪役を主人公として演じ、戦いの末に激しく果てる自身のお家芸の一つを演じた、悲壮美要素もあります。


”浪人祭”という言葉は、討入りの場面を討つ、討たれる側の浪人たちの生死をかけた”人生最大の祭り”として表現しています。




監督は、阪妻プロ(阪東妻三郎プロダクションの略称)の専属j監督として知られる東隆史、残念ながら彼は名監督ほどの活躍はできませんでしたが、あえて多様性の一つとして取り上げます。これからの時代、一般的に名を残す活躍するだけが評価ではありません。

彼は1929年から1934年まで、遺作の唯一の戦後作、1950年『龍眼島の秘密 全三篇』(製作、配給=秀映社)を除いてはバンツマプロでした。由比正雪を関与させた怪奇的な要素があるダーク時代劇の1932年「神変麝香猫3部作」が主な代表作です。


東隆史が監督した1933年『新釈清水一角 浪人祭』に、二大スターの共演姿、バンツマと璃徳です。

嵐璃徳が時代劇形成の先輩の一人として、後輩のバンツマに評価されていたことを物語る明確な証拠です。自分の主演作ですが、2番手位置の重要な役柄に、バンツマプロの専属ではない嵐を招いて、特別にゲスト出演させています。嵐の功績を理解しています。

この映画『新釈清水一角 浪人祭』の時点の璃徳の通産主演映画数は175作していますが、バンツマは90作ほどでした。まだ2倍近い大差があります。この現実をある程度は理解していたと言えるでしょう。




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阪東妻三郎茨右近梶尾喬之助を2役を演じた「魔像」とDVDとVHSの不思議





残念ながら『新釈清水一角 浪人祭』は商品化されていません。
そのため『魔像(1952)』です。阪東妻三郎は、茨右近梶尾喬之助の武士と浪人の異なる身分の2役を演じています。



DVD版 

【中古】 魔像 /阪東 妻三郎 【中古】afb

写りこんでいる写真の女優はヒロインの一人を演じた園絵を演じた津島恵子です。DVD版はなぜか、片方の妻役のお絃を演じた山田五十鈴の写真がありません。出番は山田五十鈴の役のほうが多いのに不思議です。

阪東妻三郎は、『魔像(1936)』(阪妻プロと新興キネマの製作)と、1938年の『魔像 (1938) 』と1939年の『続魔像 茨右近』の日活映画でもこの2役を演じています。この3本を戦後の松竹映画で『魔像 (1952) 』として再映画化しました。


茨右近梶尾喬之助は、阪東妻三郎の代表的な映画の役柄の一つ、いえ二つです。当たり役というさらに上のレベルではないと考えています。それでも本人にとっても大事な役柄のため通産4度2役を演じています。

最初の魔像映画の『魔像(1936)』がヒットしたことがあり、爆発的に当たりを連打した、千恵プロ時代を経て、日活の専属監督となっていた時期の巨匠稲垣浩とコンビを組んだ、『魔像 (1938) 』、『続魔像 茨右近』で再映画化しています。





VHS版 作品の雰囲気を知る事ができます。

【VHSです】魔像 [阪東妻三郎/山田五十鈴]|中古ビデオ

非常に貴重なVHS版です。



津島恵子 山田五十鈴 稲垣浩 続魔像 茨右近 近衛十四郎 剣聖








阪東妻三郎の茨右近と梶尾喬之助を2役を演じた「魔像」

1936『魔像(1936)』 阪妻プロと新興キネマの製作 配給は新興キネマ
1938『魔像 (1938) 』 日活の製作と配給
1939『続魔像 茨右近』 日活の製作と配給
1952『魔像 (1952) 』 松竹の製作と配給







昔に『魔像 (1952) 』のHD画質版を視聴していますが、佳作だと考えています。演技としては良い部分はありますが、映画としては物足りないものですが、日本歴代上位の映画スター、剣聖(映画は助演中心の近衛十四郎とは剣聖とは異なり、ほぼ主演のみの剣聖)ともいわれた阪東妻三郎の主演作で商品化されているものとして非常に貴重です。バンツマらしいある種の滑稽とも捉えられる、役の強めな演じ分けが特徴です。個人的にはこれはあまり評価できませんでした。


内容の良し悪しだけではなく、日本の大スター物映画の芸能史を知るという面で観る価値があります。大女優の山田五十鈴が片方の妻役のお絃を演じています。また、バンツマの遺作から3本前の作品最晩年の映画です。







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2020/10/01 22:49 | 超大物俳優COMMENT(3)TRACKBACK(0)  

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