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NHKの映画洗脳被害高齢者たちの呪縛を解け 歴代映画三大プロデューサーから浮かぶ片手打ち排除





NHKの映画洗脳被害高齢者たちの呪縛を解け 歴代映画三大プロデューサーから浮かぶ片手打ち排除








今回は複数の目線から歴代ナンバーワン映画製作者を絡めた、日本映画最盛期の上位三大プロデューサーを含めた、マスコミ各社と映画に関する情報戦へ独自に迫ります。情報というものが映画やそれを知る人々へ、一体、何をもたらすのでしょうか。





玉木潤一郎は120本ほどの映画の制作を手掛け、90本ほどの映画代表作を誇りました。全体は娯楽路線の映画製作者で、時代劇と現代劇で代表作を量産し、前衛路線でも複数の代表作、戦後の日本映画の再生から、1955年からの日本映画最大の最盛期、1956年からの1960年代前半までの、東映の連続1位による日本映画の最大の最盛期にもっとも大きく貢献した人物ですが、あまり取り上げられる機会さえも排除されてきました。







前回記事⇒2大製作者のギャング&忠臣蔵が語る苦難道に挑み大願成就 里見浩太朗が語った東映の赤字黒字





玉木潤一郎







玉木潤一郎が何故知名度低めなのか 東宝と東映の宣伝情報合戦の大小と早遅







例えば東宝の関係者はきちんとWIKI(ウィキペディア、Wikipedia)などがありますが、東映の関係者はきちんとWIKIがないなどの事実上の差別とも言える、ネット上の事実と食い違う扱いを受けてきました。全般的に脇役などの含めて、東宝の関係者は活躍したように誇張されています。これは事実上の嘘です。

何故か代表作も多くあるように見せかけられているケースもありましたし、東宝の関係者のみが活躍したような印象を持たれるという事実上の忖度を何度も見たことがあります。

これは東宝そのものがネット上の活動に関与している、またはしていたのかもしれませんが、ネット宣伝の情報発信が突き抜けて早かった部分は事実です。この数十年の多くのメイキング的な番組を視聴してきましたが、東映は非常に遅かった、また非常に少なかったです。

東宝は現在のイメージを挙げるために、過去の人間にかなりの広告費を活用してきましたが、例えば元東宝の俳優をテレビへ出演させて、過去の伝説をしゃべらすなどの宣伝活動を1980年代からやってきましたが、当時の東映はあまりやりませんでした。それはこうした事実と食い違う部分に影響を与えているようにも思えます。東宝の関係者は一応名前は避けますが、元からのおしゃべりや出たがリが多かった部分もあります。


つまりは、マスコミお得意の後付けの競争相手のみの誇張の片手うちと、伝えないというお得意のダブル悪が、玉木の存在をおとしめてしまいました。



東宝 WIKI ウィキペディア Wikipedia







玉木潤一郎は日本人として知るべき映画人の一人






観客動員や本数、影響力の下回る功績の東宝の関係者ばかりが優遇されていますし、これを刷り込まれた映画関係者も多く存在していますし、たとえば黒澤明(日本歴代最下付近の通算監督数31本の巨匠、実積以上に、もっともマスコミに知名度を高められた映画監督、しかも映画は先人の真似が異常に多い監督)がもっとも活躍したかのように、一部分の良い部分を最大限に誇張した情報から、長年の刷り込み行為を信じ込んでいる方々を多く確認しています。こうした方はちゃんと映画を観ていない方々です。年配が刷り込まれると、下の若い世代へ誇張と刷り込みが流れていく危険があります。


玉木潤一郎は日本人として知るべき映画人の一人ですし、彼を知る事が日本映画の未来のあるべき姿のヒントになるはずと考えています。だからこそ取り上げています。マスコミが映画の印象付けたものが嘘である、全てではないにしても、確実なでッちあげがあったことを、彼の存在が正銘しています。つまり、過去の日本映画のイメージは嘘が多いことも伝えています。





黒澤明






日本映画最盛期の上位三大プロデューサー 玉木潤一郎 水の江瀧子 藤本真澄







玉木潤一郎(たまきじゅんいちろう、東映)は日本映画の最盛期の映画プロデュサーの中で、数十名の強力なライバルの中で、もっとも大きく観客動員を記録しました。年間観客動員ベスト10のランクイン12作本だけも、1億5000万人を越し、他に膨大な年間ベスト10以下のヒットを記録、最低でも通算4億近いの観客動員を記録したと考えられます。個人的には5億近いと考えていますが、最低限で確実な範囲で収めましょう。



もちろん日活の水の江瀧子(みずのえたきこ、女性映画製作者のナンバーワン、ジャンルの幅は狭く、代表作はほぼ現代劇のみ、名作本数は少なめ、本数は比較的少なく80本弱)や、東宝の藤本真澄(ふじもとさねずみ、大手最多の270本ほどの製作だが、手掛けた本数は多い割に代表作が少なく、超大ヒットも少なく、本数の割に観客動員も少ない、文芸路線に強い)よりも、通産観客動員は格上です。東宝の関係者でもあり、WIKIも過剰な藤本真澄は後付けで過剰に評価されていると考えています。


もちろん水の江瀧子藤本真澄も玉木よりも優れた部分もありますが、東映の1位と黄金期の最多観客動員、もっとも高い的中率と、時代劇と現代劇の両方の大成功、もっとも多くの国民的有名題材で成功などから、玉木のほうが総合的に上だと考えています。
黄金期の現代劇最多の水の江瀧子は、ほぼ石原裕次郎とのコンビを中心で、玉木に迫る観客を動員しました。


特に日本映画最盛期の上位三大プロデューサーは玉木潤一郎、水の江瀧子藤本真澄の3名が、特に大きな部分を占めているといえます。






水の江瀧子 女性映画製作者のナンバーワン 藤本真澄 日活








NHKやマスコミも関与した、みんな裕ちゃんが好きだったの誇張定着の現実




みんな裕ちゃんが~は言いすぎで、書籍のタイトルなどで誇張すると部分が基本です。一次的に映画でも活躍したのは事実ですが、最大限にアゲアゲということです。




みんな裕ちゃんが好きだった―ターキーと裕次郎と監督たち


美空ひばりも同様で、みんながひばりが~ではありませんでした。美空ひばりはもちろん超大物ですが、それでも、彼女も実積以上に放送局から後付けの誇張をされた人物です。

世の中に100パーセントは一つもありえません。野蛮に領土侵略を拡大している左のシナ地域民でさえも正義がある。みんな~は大方の7割、8割ならありえるかもしれません。現実は、石原裕次郎は当時、若者人気が中心で年配には全然人気がありませんでした。7割、8割以下なのです。このことも無視しています。


「みんな裕ちゃんが好きだった―ターキーと裕次郎と監督たち」は、あいまいなのが真実ですが、題名がわかりやすいほうが良いですから、ターキーこと、水の江瀧子は水の江滝子の名義の表記があります。彼女は元俳優でもあるので、俳優への魅力、見え方へもこだわりがある人物でした。

日本映画の現代劇映画のみの主演最多観客動員だと考えられる、石原裕次郎などへ対しても、これは存在し、映画の時点で当たり前といえば当たり前なのですが、俳優経験が活かされているという面において、玉木と共通点があります。ターキー、最近だとジャニーズ事務所の裏方へ回った、滝沢秀明(タレントで、ドラマでいくつかの代表作、演技の活動もしていた)のようですが違います。

水の江瀧子はターキー、滝沢秀明はタッキーと瀧と滝の似た愛称で、表から裏方へ活動を路線変更した部分も共通しています。




*時代劇と現代劇を含めた通産の主演最多観客動員と、時代劇映画の主演最多観客動員は片岡千恵蔵だと考えています。

*あくまで石原裕次郎は現代劇映画の主演最多観客動員だと考えられます。




美空ひばり

みんな裕ちゃんが好きだった―ターキーと裕次郎と監督たち 水の江滝子 滝沢秀明








数十年続いてきた70~80代の9割への映画洗脳 マスコミの左翼忖度とNHKや日本映画の嘘







マスコミが大好きなのは水の江瀧子です。女性であり、彼女は失礼ながらいわゆる、外国風刺の事実上の左翼的な映画が異常に多いため、同時に裕次郎映画の原作が日本人でも、ほとんどが外国風刺(もちろん多数を観ていてこれにいたる)、この両名を左的の同胞でもあるマスコミは過剰に共鳴し、知名度の維持や過剰に誇張を繰り返してきました。それと後付けの裕次郎忖度が同時に進められ、他に取り上げるべき人物を排除してまでも現在も続けられています。

マスコミが基本左翼なため、このような多様な情報を排除した全体主義的な誇張(都合の良い人物数名の片手うちの正義)が生まれてしまい、年配の方々のNHK信者は、これを信じ込んでしまっているケースが多くあります。



映画愛子のリアルな知り合いの70~80世代の50名ほどは、残念ながらその9割がNHK信者であり、このような疑問さえ持たない。戦後の刷り込み教育と自虐教育の中で、数十年かけてじわじわ刷り込まれてきた人間は、たとえ一時的な聞く耳を持ったとしても、一年や二年くらいでは、50年を越す蓄積の呪縛は口部分さえも、こじあけることができません。残念ながら哀しき現実の体験です。

実は現在もたまに裕次郎、裕次郎と、マスコミの誇張が多い割に、現実は現在も小林旭のファンが、イメージ以上に多く存在しています。これも経験談です。ここからもマスコミの後付けの誇張が異常だという、現実と異なる部分が存在する理由の一つにもなりえます。例えば3割や5割、7割にしてしまうのがマスコミです。




映画で騙されてきた世代を見ると非常に胸が苦しくなります。騙されてきた世代は別な意見を伝えても、信じ込まされてきた呪いが解けずに受け入れることはほぼありません。この呪縛を解くためにも、玉木潤一郎の存在は重要な鍵の一つだと考えています。





NHK信者 全体主義的 小林旭 裕次郎映画







有名なNHKの軍艦島の捏造と一部のみの映画俳優を利用した戦後のNHK信者の製造






実はNHKの有名なNHKの軍艦島の捏造番組と、過去の日本映画のでっちあげは大きな関わりがあります。NHKからすると、自分たちにとって都合が良い存在を作ることは、自分たちが利益の継続や維持、拡大していくこととに関与するためです。放送は必ず正しいというありえない印象を植え付けて、自分たち利権にしゃぶりついているのです。

NHKに長く受信料を払わせていくために、そこで取り上げられた戦後デビューの映画系の芸能人の一部のみの実積を誇張し、当時の若者である、現在のNHKを信じ続けている70~80世代を利用してきた歴史が存在しています。残念ながら、歴代40位付近の主演85本の石原裕次郎は、NHK信者を増やすために利用された一人でした。NHKでやればTBS、フジや朝日系などの民法放送局でも行うことなります。

例えば、片岡千恵蔵は断片や総集、改修含むと約360本、360本VS85本・・・





“負の遺産”軍艦島はNHKの捏造から始まった


約21分の動画

有名なNHKの軍艦島の捏造、NHKの捏造番組。この映像は韓国に良いように政治利用され、日本人が非道なことをしていた嘘が外国へ、真実として広められています。NHKは日本人から受信料をほぼ強制で取りながらも日本人をおとしめていた一つの証拠なのです。


映画は誇張もまったくな嘘ではありませんが、都合が良いごく少数の一部分を切り取って、その部分のみを尻拭いて数十年取り上げていく、似た側面が存在しています。




【国会】和田政宗 軍艦島捏造番組NHKを徹底追及

2021/03/16 12万再生越え

このNHKで放送された国会の動画では、NHKの軍艦島の捏造、NHKの捏造番組の映像を映画だ、映画だという議員がいますが、この映像はただのテレビ番組の映像です。断じて映画ではありません。映画は嘘です。映画ではなく、当時のテレビ映画は、現在のテレビ番組であり、テレビドラマです。これもNHKの嘘を広める問題一つです。



軍艦島 和田政宗 軍艦島捏造番組NHKを徹底追及 NHKの捏造番組








後世のマスコミの過剰な裕次郎忖度が招いた、印象操作と嘘の日本映画の過去








1955~1960年代前半の日本映画最大の最盛期の社別の平均ベスト3は、東映が1位、2位が東宝、3位が日活、それ以下は1955年以降に急激に転落した松竹、大映、1961年に倒産の新東宝でしたが、NHKはこのことをきちんと取り上げません。


NHKは現役の80、70代世代、80代へのいわゆる裕次郎ブームのとき、たかんな時期を過ごした世代への媚びから、石原裕次郎などへの異常な忖度を行い、日活がずっと1位のような、嘘の印象を植え付けていますが、実は最大の最盛期の平均は3位です。NHKのBSで石原裕次郎の再現ドラマが放送されるようで、また誇張をやるのかと、ほんとうにNHKはどうなってしまったのでしょう。

軍艦島も都合が良い人物のみの誇張も同様に、受信料をほぼ強制的に払わされている、われわれ日本人にとって、非常に許せない行為が平然と繰り返されています。彼らはわれわれのような弱者の個人ではなく、絶大な権力を持つ組織です。その組織が平然と正義の権力を振りかざしているのです。









藤本真澄の車掌さんから社長さんへ








歴代の東宝ナンバーワンプロデューサーこと、藤本真澄(ふじもとさねずみ)の最初のプロデューサーの代表作といえるのが、この1941年『秀子の車掌さん』です。

戦後の東宝の現代劇トップとも言われた巨匠の成瀬巳喜男が監督、彼は戦前から多くの秀作や複数の名作を残し、かなり評価をされていました。個人的にもかなり観ています。タイトルに秀子とある様に、主演はのちの大女優の高峰秀子です。彼女の戦後の最盛期は木下恵介作品などの松竹映画と掛け持ちをしましたが、東宝からは特に成瀬巳喜男に気にいられ、事実上の東宝の最盛期の上位数選の女優です。


高峰秀子は1929年デビューで、子役時代から最大級の活躍しているため、『秀子の車掌さん』の頃は芸歴10年強、彼女にとっては多くの代表作があるわけですが、藤本真澄にとっては、2本目の映画制作で、出世作となる意味を持った重要な作品、最初の代表作でした。



秀子の車掌さん 【東宝DVD名作セレクション】



『秀子の車掌さん』は、松竹の現代劇映画の総明期に流れを作った大物俳優、勝見庸太郎が社長役で、上位の出演を果たしています。彼は日本映画にとって重要な人物の一人です。この上位の起用は、彼が東宝からも評価されていたことがわかります。



高峰秀子 秀子の車掌さん 成瀬巳喜男 木下恵介 

勝見庸太郎






松竹映画最初の現代劇映画スターの一人の勝見庸太郎







勝見庸太郎(かつみようたろう)=松竹映画創立の1920年映画デビュー、現代劇中心にいくつかの代表作の活躍、その後の1926年からスタープロダクションの勝見プロ勝見庸太郎プロダクション)を創設し、時代劇スター中心へ転向、30本近い映画(7割ほどの時代劇)を製作し、人気を博す、最低限を成果を収めました。その証拠として、人気がなければ、自分の映画会社で30本級の多作は、確実に不可能でした。

多くの人物を確認していますが、基本的にスタープロダクションはほぼ数本の勝負でした。数本以内に当たらないと基本的に借金と徹退です。代表的なものは数本ですが、彼は30本近い中から上に含まれる成果を残したのです。例えば、津川雅彦や長門裕之の父で、そこそこの人気を博した沢村国太郎の国太郎プロでさえ、たった映画製作は1本のみで徹退しています。

現代劇から時代劇に転身して。一定の成果を収めた事実上の最初の映画スターの一人ともいえる、マスコミが伝えない日本映画にとっても重要な人物。生涯110本以上の映画に出演しました。また監督、脚本、原作(制作3方向とも13本以上を記録)を手掛けた当時としては、非常に多彩な俳優メインの映画人でした。


戦後の狂った自虐教育などを刷り込まれ、ご存じない方もいるかもしれませんが、日本映画は戦前から非常に多様でした。現在に日本映画以上に多様だと考えています。勝見庸太郎の映画人性も、この多様さを示しています。



勝見庸太郎は本数が多い割りに俳優の明確な代表作として記録が残るものは非常に少なく、また俳優以外において、大きな代表作はありません。この部分が映画ファン以外に知られていない理由となっています。





勝見プロ 勝見庸太郎プロダクション 自虐教育


津川雅彦 長門裕之 沢村国太郎 国太郎プロ





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2021/04/01 20:44 | 邦画の探求COMMENT(2)TRACKBACK(0)  

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