生まれるはずの傑作名作が消滅したのです。((山中貞雄 2

1938年の戦地で28歳の若さで亡くなられました。戦争と言うものを本当に憎みたくなります。
生きていたら数多くの名作を世に送り出していたであろう
ある意味天才でした、6年の監督歴で作品数26本。
見れるのは、その中の数本見えるものも完全版でないものもあります。

一日置いて・・2回目です。一応3回予定です。

山中貞雄監督のことを自分なりに書いてみます。

黒沢明監督と歳は近く今生きていれば102歳です。
早く監督をやられた方です。それも22歳です。相当才能が認められていたのでしょう
時代劇スター嵐寛寿郎の右門捕物帳シリーズ(むっつり右門シリーズともいう)

そのシリーズで山中貞雄が唯一監督した右門捕物帳シリーズ8作目右門捕物帖 三十番手柄 帯解け仏法1932年の公開で、わたしも当然資料しか知りませんこれも伝説の作品かもです。

嵐寛系の話に飛びますが右門捕物帳シリーズは最後の方しか見れません
スカパー衛星劇場で最後の1950年代の30作目以降の作品が放送されていました。
嵐寛のシリーズは1929年から1955年まで全36シリーズ制作され
しかし36作ですよ。脱帽です。

のちに山中監督死後、1951年にシリーズ28作目右門捕物帖帯とけ仏法として安田公義監督のよりリメイク、よみがえります。
構成としてもちろん山中さんも名前があります。
右門自体は大友柳太朗版などものち作られました。ほかもあります。
次で少し取り上げます。

3へつづく・・





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2011/11/15 21:00 | 邦画の探求COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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