マスコミやテレビが取り上げられない本当の歴代上位映画スター俳優たち数字を発掘

今回は「マスコミやテレビが取り上げられない本当の歴代上位映画スター俳優たちの数字を発掘」と題して進行させていきます。今回の記事内容には衝撃的部分が含まれている可能性がありますが、あらかじめ注意してご覧ください。

前回の記事⇒荒波と戦い続けた歴代映画スターたちの厳しい格差の現実とは!?

衝撃の事実判明、空前絶後のオールスター映画、維新の曲の時点の映画主演数の順位


実はこの「維新の曲」という映画の時点では、市川右太衛門がこの4名(阪東妻三郎片岡千恵蔵市川右太衛門嵐寛寿郎)の中では映画主演数がナンバーワンとなっています。阪東妻三郎片岡千恵蔵嵐寛寿郎はこの「維新の曲」(1942)の時点では映画の主演数では市川右太衛門に及ばない事実があります。

1942.05.14公開の維新の曲の時点の4名の映画主演数の順位(*1)

1位・市川右太衛門・主演175作、助演5作、出演180作
2位・片岡千恵蔵 ・主演161作、助演12作、出演175作、出演2(*2)
3位・嵐寛寿郎・主演148作、助演17作、出演166作、出演1
4位・阪東妻三郎・主演143作、助演50作、出演194作



*1・確認できる確認した映画のみ
*2・主、助に該当なしの映画(メイキング系)

ご存じない方には衝撃の事実かもしれません。阪東妻三郎はすでに数字では1位から転落している事実が存在しており、1942年のこの映画の時点では現役4位です。この辺は大きく重要な部分です。市川右太衛門は助演数が一番少ないのもすごいところです。一番少ない理由の一つとして以前の記事でも書いてますが、右太衛門はデビュー前からスターであったことも関係しています。ブレイクまでに助演時代が3年近くあった阪東妻三郎は助演数が圧倒的に多くなっています。

阪東妻三郎は本当にすごいのか??阪妻(バンツマ)衝撃の負の事実に迫る


上にデータを踏まえて、阪東妻三郎は本当にすごいのか??否かですが、阪東妻三郎はサイレント映画の時期(1930年代中盤まで)はこの4名の中で1位の主演数でした。阪妻はサイレント映画の時点では頭が一つ抜けていたのは事実といえます。ですがサイレント映画からトーキー映画(音声ありの映画)の時代に入ると、1930年代後半に市川右太衛門片岡千恵蔵に主演映画数が越されています。阪東妻三郎は嵐寛寿郎にも、この「維新の曲」の直前で主演作数が越されています。

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阪東妻三郎、による初期の主演代表作の1925年の「大呂血」や最近にスカパーでも放送されたの1924年公開の主演作「逆流」も収録。

そこには阪東妻三郎は知名度が先行しているだけでそこまですごくはない」という事実が存在しています。近年でいうフジテレビ(誇張など)と近いこともあったのではないかということもいえるかもしれません。阪東妻三郎の負の真実について、ご存知ない方も多いかと思います。なので今回は書いてみました。阪東妻三郎は一度越されてから、この3人に追いつくことはなく、越されたまま1950年代に映画人生と生涯を閉じています。

特に主演数では、阪東妻三郎と市川右太衛門や片岡千恵蔵と差は、戦後になるとさらに大きく広がっていきます。戦後の最終的には、阪東妻三郎はこの2名に確認できる限りでは、120作以上の映画主演数の大差をつけられてしまいます。もちろん阪東妻三郎は現実に歴代上位の映画スターであるのは事実ですが、マスコミなどはこのような事実をちゃんと取り上げるべきだと考えています。
つづく。

ドラとして書いているドラマブログ⇒映画とドラマに身を沈めたある名優の生涯(映画時代編)←映画でも活躍し、維新の曲にも出演している名脇役が登場しています。
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2015/10/25 18:12 | 未(235記事)COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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