「×数=××数?!」大ヒット時代劇映画の新諸国物語シリーズと伝説の松竹のメロドラマ映画の大胆比較


新諸国物語の流れが続く方向ですが、それだけだと飽きるので今回はちょっと路線を脱線してみました。まるでビックリ箱のようなブログ進行の暴走機関車=記事の展開も含めてご覧いただければ幸いです。


⇒前回の記事世界の映画界が激震・映画「男はつらいよ!」を撃破。通算××作の大記録と番外編××作の大偉業

大ヒット作につき物の大記録と残念無念


新諸国物語の原作は「白鳥の騎士」から始まり、「笛吹童子」、「紅孔雀」、「オテナの塔」、「七つの誓い」へと続いていきます。
原作の外伝は「新諸国物語 天の鶯(うぐいす)」と「新諸国物語 黄金孔雀城」が存在していますが、なぜか「新諸国物語 天の鶯(うぐいす)」だけは映像化されておらず、この事実は非情に残念なことです。


新諸国物語の映画は1953年から1962年までのたった9年ほどの短期間に驚異的な50作が作られています。ですが、作数(部数)=公開数となっています。作品によっては、作数(部数)=公開数ではなく、例を挙げれば1部と2部などが同時の公開しているなどのケースがあります。

他の作品の例で挙げると、川喜多雄二淡路恵子の主演による松竹のメロドラマ映画「この世の花」(1955~1956)という映画があります。全10作(10部)が作られてヒットした映画でしたが、公開数は全部で6度でした。

実はこの作品も連続放送劇が元で映画化されました。北条誠の原作で、朝日放送と現在の文化放送の連続放送劇(今でいうラジオドラマ)でしたが、「この世の花」は淡路恵子島倉千代子が亡くなったときにテレビなどでも、関連付けてこの映画のことが関連付けて取り上げられました。

島倉千代子が歌手デビューした映画主題歌の作品でもあり、デビュー曲としては日本の歴代歌手の中でほとんどいないほどの200万枚以上の大ヒットを記録しています。簡単にいえば大歌手・島倉千代子を生み出した伝説の映画です。

この世の花/東京だョおっ母さん
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これ↑は、CD版ですが「この世の花」と「東京だョおっ母さん」という歌は現在ではあまり考えられませんが、
当時は両面(最近でいうシングルの2曲)ともに大ヒットしました。



この世の花」は7度の公開で全10部


「新諸国物語」からはちょっと脱線しますが、関連ということで載せてみました。確認するために膨大な時間を費やしています。

1 この世の花 第一部「慕情」
2 この世の花 第二部「悲恋」 第三部「開花」
3 続・この世の花 第四部「おもいでの花」 第五部「浪花の雨」
4 続・この世の花 第六部「月の白樺」 第七部「別れの夜道」
5 続・この世の花 第八部「さすらいの濱邊」
6 続・この世の花 完結篇 第九部「愛の裁き」 第十部「熱砂の抱擁」

主な出演=有川貢・川喜多雄二、浅間久美子・淡路恵子
父の浅間剛造・柳永二郎、母の浅間千代子・吉川満子、父の有川源太郎・奈良真養、母の有川お信・夏川静江、
島本美智子・雪代敬子、峰由美・水原真知子、吉野俊吉・片山明彦、田宮・大坂志郎と若杉英二、
川村千代子・小林トシ子、池田貞夫・山内明、塚越・伊沢一郎など

監督・穂積利昌 脚色・棚田吾郎 、 舟橋和郎 音楽・万城目正 原作・北条誠

この映画「この世の花」はCS放送されたことがあり、個人的には録画済み作品です。新諸国物語の映画は作数(部数)=公開数で50作でしたが、「この世の花」は10作ですが、10度の公開ではありません。公開数は7度で全10作が作られました。

この作品も全作を通すと多くの有名俳優が出演していますが、松竹的には大ヒットを記録した「君の名は」(1953~1954)の流れを受けた作品という位置付けにはなるでしょう。男女のすれ違いや悲恋、家族、友人などの複雑な人間関係を繊細に描いた作品です。


新諸国物語と同時期にヒットした「この世の花」に秘められた闇


「この世の花」の棚田吾郎 、 舟橋和郎の脚本家や万城目正は多数の代表作で活躍しましたが、穂積利昌は残念ながら大きな活躍はできませんでした。この「この世の花」が最大の代表作となっている映画監督です。

穂積利昌は、のちに東映で大活躍する大監督・佐々木康(松竹時代は高峰三枝子と名コンビ)の戦後初に公開された日本映画「そよかぜ」(1945)の製作主任を任せられてから、「この世の花」の7作を監督していますが、この作品が最大のピークでした。「この世の花」と同じ北条誠の原作による1958年に「花は嘆かず」の3部作も監督しますが、1950年代で松竹から映画監督という仕事からも姿を消しています。

川喜多雄二という俳優、個人的にも多くで見かけたことがありますが、松竹のスターとして短期間ではありますがある程度の活躍をしました。東映の時代劇映画ほどは松竹に安定した客が入らなかったともいわれていますが、1950年代の松竹も黄金期であり、今では考えられないほどの男性スターの競い合いも激しいものがありました。現在の日本映画は競うというレベルではありません。

名を挙げればトップ級の佐田啓二鶴田浩二の人気は特に凄まじかったともいわれていますが、川喜多雄二はこの二人ほどの代表作や主演数、活躍期間においても、到底及ぶことはありませんでした。佐田啓二・高橋貞二と同等に”新・松竹三羽烏”と称されたという部分もありますが、現実には大きな格差が存在していました。また、人気とは異なって鶴田浩二は松竹時代にはあまり代表作に恵まれませんでした。

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残念ながらVHSしか販売されていません。日本映画の1950年代はアメリカ映画の1950年代とは異なっていて、
膨大なヒット作がたくさんあるので、まだまだ商品化が進んでいません。


淡路恵子はこの「この世の花」をきっかけにスター女優の仲間入りを果たしましたが、松竹を離れて東宝に移籍すると基本的には脇役となってしまいます。基本は主役のヒロイン女優に次ぐ2番手や脇役でした。有名作にちょくちょく出てることは出ているのですが、この頃はそうした女優は他にも数十名います。

淡路恵子はテレビのバラエティ番組の露出などの影響で実積以上に知名度が先行している部分が大きかった女優でタレント(晩年)です。主演では映画もドラマも代表作はあまり存在していません。トータルでは助演で活躍しました。

川喜多雄二などのスター俳優の闇の部分をテレビやマスコミはほぼ取り上げていないので、あえて書かせてもらいました。苦しんだ人や努力した人、成功した人、またはうまくいかなかった人も大切な映画人だからです。

今回はあえて、新諸国物語の作数(部数)=公開数○と「この世の花」の作数(部数)=公開数×に関連付けて、今回の記事は展開してみました。
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2016/06/10 18:29 | 邦画の探求COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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