松方弘樹と国民的映画スター・片岡千恵蔵の共演歴 その絶大な影響力の解明



東映の俳優の時点でほとんどが戦前からの国民的映画スター・片岡千恵蔵の影響を受けていましたが、その存在は日本映画界にとても大きなものでした。松方弘樹はその影響を直接に受けている1人でした。その証拠に初期の多くの意味ある共演作や後世への多大な影響力挙げられます。

前回⇒松方弘樹は戦後でも上位の○○の映画スターだった件



主演デビューから数作、松方弘樹の主演としての挫折と出会い




松方弘樹は報道された通りの『十七才の逆襲 暴力をぶっ潰せ』から続く十七才の逆襲の3部作、またはシリーズともいえる映画で現代劇俳優として主演デビューしました。ですが、5作以上の映画に主演しても評価やヒットに恵まれずに父の近衛十四郎と同じ時代劇路線への変更を余儀なくされました。それと松方弘樹のデビューの少し前に映画俳優の父・近衛十四郎が松竹から東映へ移籍してきたことも必然の始まりでした。



松方弘樹と時代劇の出会いは戦前からの戦後を通じた国民的映画スターの息子からだった




時代劇映画では主に助演俳優として活動の方向転換を余儀なくされました。そのときに出演した映画が主演300作俳優、代表作150作、当たり役10つを越す戦前からの国民的映画スター・片岡千恵蔵が主演の『赤穂浪士(1961)』でした。東映創立10周年作として多額の費用をつぎ込んだこの作品は東映の社運をかけた作品であり、見事に年間上位に食い込む大ヒットを記録しました。年間観客動員が8億人最後の年となった1961年において、この成果は偉大でした。映画愛子的には1961年の競争力は現在よりも7~8倍ほど上だと考えています。

この東映ナンバーワン俳優の片岡千恵蔵の戦前から続く忠臣蔵の題材シリーズの21作目『赤穂浪士(1961)』(大オールスター)では、千恵蔵の大石内蔵助の息子の大石主税役という重要な役柄で出演し、ここから松方弘樹の時代劇の映画やドラマとの縁が生まれていきました。松方弘樹にとってこの作品は重要な作品だといえます。松方弘樹の100作以上に及ぶ全映画出演作の中で最大の観客動員のヒット作がこの『赤穂浪士(1961)』でした。片岡千恵蔵はその膨大な功績から確認できるだけでも歴代最多の13つの異名がありますが、その一つとして「忠臣蔵俳優」があります。忠臣蔵映画へ35年、戦前戦後を通じると最多の出演22作や主演19作、オールスターは出演15作、主演は歴代1位の10作などもあります。

*赤穂浪士の話(忠臣蔵)は日本でもっとも知られている国民的な時代劇などの題材であり海外でも広く知られ、
映画数は世界一の250作以上、歴史は約110年も存在しています。

松方弘樹の訃報のときに取り上げていた『仁義なき戦いシリーズ』は、公開当時の1作としてはそれほどの大きなヒット作ではありませんでした。『赤穂浪士(1961)』などの観客動員と比べると数分の1であり、残念ながら後からテレビや広告会社などの作為的な部分も重なって、都合よく誇張され定着させられていると考えられます。



松方弘樹と東映ナンバーワン俳優の片岡千恵蔵の共演歴とその絶大な影響




片岡千恵蔵遠山の金さんシリーズ⇒NHKがついた映画の嘘が発覚 その暴露の全貌を写真公開の「NHKがついた映画の嘘が明らかになる」に書いています。



その後も片岡千恵蔵の主演作に多数出演していきます。片岡千恵蔵の国定忠治の題材シリーズの9作目『勢揃い関八州』(1962年、大オールスター)、片岡千恵蔵のギャングシリーズの19作目『地獄の裁きは俺がする』(1962年、オールスター)、片岡千恵蔵の清水の次郎長4部作の『勢揃い東海道』(1963年、大オールスター)ですべて助演や脇役で出演しました。その後の松方弘樹は1962年の『天下の御意見番』(オールスター)ではメインの役柄に昇格して一心太助を演じていました。一心太助は片岡千恵蔵が戦前に主演で代表作の一つとして演じている役柄であり、ある程度の評価はされていたものと考えられます。松方弘樹は、遠山の金さん(遠山金四郎)や大石内蔵助、浅野内匠頭、近藤勇、織田信長、一心太助、西郷隆盛、北条時宗、自雷也、桂小五郎、飛車角、ねずみ小僧、松平伊豆守、中村半次郎など、片岡千恵蔵が映画で演じた代表的な役柄を映画やテレビドラマで1962年から2011年の49年間にわたって演じています。こうした部分からも大きな影響が確認できます。


<片岡千恵蔵が映画の主演で演じた役柄=松方弘樹の映画で演じた役柄(主演と助演)>
「タイトル」(公開年数) 助演、主演=松方の役柄 松方が助演の場合はその右へ主演俳優名

「天下の御意見番」 (1962年) 助演=一心太助 主演・片岡千恵蔵、月形龍之介
「怪竜大決戦」 (1966年) 主演=自雷也
「日蓮」 (1979年)  助演=北条時宗 萬屋錦之介(左から「主演・」を省略)
「徳川一族の崩壊」 (1980年) 助演=桂小五郎 萬屋錦之介
「人生劇場」 (1983年) 助演=飛車角  松坂慶子、永島敏行 現代劇

「茶々 天涯の貴妃」 (2007年) 助演=織田信長 和央ようか
「ギャルバサラ -戦国時代は圏外です-」 (2011年) 助演=織田信長 有村架純


<片岡千恵蔵が映画の主演で演じた役柄=松方弘樹のテレビ時代劇で演じた役柄>
タイトル(放映年と放送局の系列)助演、主演=松方の役柄 助演の場合はその右へ主演俳優

「あゝ忠臣蔵」 (1969年、フジテレビ)1話~5話 主演と助演が有=浅野内匠頭
「弥次喜多隠密道中」 (1971年、日本テレビ)ゲスト=ねずみ小僧 現・尾上菊五郎と目黒祐樹
「徳川三国志」 (1975年、NET=現・テレビ朝日) 主演=松平伊豆守信綱
「大奥」 (1983年、フジテレビ) 50、51話 助演=中村半次郎 栗原小巻
「太閤記」 (1987年、TBS)助演=織田信長 柴田恭兵

「風雲江戸城 怒涛の将軍徳川家光」 (1987年、テレビ東京)助演=荒木又右衛門 北大路欣也
「新撰組」 (1987年、テレビ朝日) 主演=近藤勇
「坂本龍馬」 (1989年、TBS) 助演=西郷隆盛 真田広之
「大忠臣蔵」 (1994年、TBS)主演=大石内蔵助
「赤穂浪士」 (1999年、テレビ東京) 主演=大石内蔵助
10
「名奉行 遠山の金さん」 (1988~1998年で42話など、テレビ朝日) 主演=遠山金四郎
11

<片岡千恵蔵がテレビの助演で演じた役柄=松方弘樹のテレビ時代劇の助演で演じた役柄>
「柳生一族の陰謀」 (2008年、テレビ朝日) 助演=柳生宗矩


*「天下の御意見番」(1962年)の主演・片岡千恵蔵、月形龍之介より以降は主演の表記を省略
*「あゝ忠臣蔵」 (1969年)は全39話で主役が話数ごとに変更するオムニバスドラマ、多数の主人公


松方弘樹は片岡千恵蔵が映画の主演の演じた役柄を映画の主演で1、助演で6、テレビドラマでは主演で7、助演5、ゲスト1で演じています。『あゝ忠臣蔵』の浅野内匠頭は主演と助演の両方で描かれているため、両方へ該当させています。通産では上記の通り、映画同士7+映画からドラマ11+ドラマ助演同士1=19度(役数は16)も演じていることになります。この数は父の近衛十四郎の演じた役柄や数よりも多く膨大な数といえます。初共演した忠臣蔵映画から始まり、ドラマの「遠山の金さん」までの道ののりだけでも影響力は多大でした。


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松方弘樹と片岡千恵蔵の二人の縁が始まるきっかけとなった『赤穂浪士(1961)』、この映画のオープニング曲が忘れられず、たまに録画したハイビジョン版のブルーレイディスクで確認してます。日本映画の凄みと日本映画史に残る名曲であり、ぜひCD化していただきたいものです。

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2017/02/13 00:01 | 邦画の探求COMMENT(1)TRACKBACK(0)  

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No:127 2017/02/15 14:25 | 映画愛子(本人) #- URL [ 編集 ]

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