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【映画急転直下】歌舞伎俳優?!同姓同名の尾上松緑と大友柳太朗が共演の深層


【映画急転直下】歌舞伎俳優?!同姓同名の尾上松緑大友柳太朗が共演の深層



さらに映画出演270作の大俳優に関して進めていきたいと思います。
前記事の『怪猫』と『水戸黄門』と『静御前』を取り上げていますが、まだまだそれだけではありません。

前回記事⇒映画出演270作の大俳優の代表作『怪猫』と『水戸黄門』と『静御前』をショベルカーする





大友柳太朗の『大岡政談 越後屋騒動』、『大岡政談 花嫁八十八夜』 浅香新八郎沢田清




『大岡政談 越後屋騒動』、『大岡政談 花嫁八十八夜』 1938年


さらに有名題材の大岡政談の1938『大岡政談 越後屋騒動』、『大岡政談 花嫁八十八夜』の姉妹作で、大友柳太朗は両作で主役を務めながらも別役を演じています。これも大きな特徴です。大岡政談なので大岡越前が登場する映画ですが、助演として登場します。

『大岡政談 越後屋騒動』、『大岡政談 花嫁八十八夜』夜』の大岡越前役は日活時代に時代劇の映画スター・沢田清などの2、3番手スターとして活躍した浅香新八郎でした。浅香新八郎は日活から新興キネマへ移籍しましたが、移籍後は上位といえるほどの活躍はできませんでしたが、主演である程度の実積を残した時代劇の映画スターです。沢田清は日活の1930年代の前半にトップだった日活専属の大河内傳次郎(大河内伝次郎)や日活配給の片岡千恵蔵と比べる実積や人気、個性が格段に劣りますが、主演70作は本数的にも戦前の時代劇映画のトップの日活の黄金期へ十分な貢献した人物の1人だったといえます。



大河内傳次郎=日活時代劇映画のみで主演が85作以上、60作以上の主な代表作
・片岡千恵蔵=自身の映画会社の千恵プロ制作の日活配給、
  日活の専属の時期を合わせて主演が125以上、60作以上の主な代表作
(上記の2名は他でも主演で活躍していますが日活の時期のみです)

沢田清=日活時代劇映画のみで主演が70作以上
 『落花剣光録』3部作や『隠密七生記』前後作、「弁天小僧」2作など主な代表作は20作近く


1960年東映作品しおり あらくれ大名 B5サイズ・2つ折りタイプ 市川右太衛門 香川京子 里見浩太朗 大河内傳次郎 若山富三郎 映画パンフレット・兼用
1960年東映作品しおり あらくれ大名 B5サイズ・2つ折りタイプ 市川右太衛門 香川京子 里見浩太朗 大河内傳次郎 若山富三郎 映画パンフレット・兼用

振る舞いと姿、素晴らしい描写の表紙です。愛子も視聴している上記の写真の映画主演300作の大スター市川右太衛門の秀作時代劇の『あらくれ大名』(東映、1960、監督・内出好吉)に大河内傳次郎が出演しています。大河内傳次郎市川右太衛門が演じる主人公の松平直次郎の父でありながら、敵役ともいえる立場になる徳川家康を助演していました。この家康はいわゆる”たぬきおやじ【狸親父】”の家康です。このたぬきおやじの映像におけるイメージには大河内傳次郎も一役買っていた可能性があります。また、大河内傳次郎は9作作られた市川右太衛門の「大名シリーズ」では2度の徳川家康を演じています。






『お洒落狂女(1938)』 中村鴈治郎の影と未来の美空ひばりの晴れ姿が見えた



『お洒落狂女(1938)』 1938年

大友柳太朗は紫頭巾や快傑鷹、雄呂血、影法師などの原作者・脚本の代表作がある寿々喜多呂九平が監督を務めた『お洒落狂女(1938)』で、主演の中村芳子の相手役を演じました。中村芳子という女優は父が初代の中村鴈治郎、夫がのちの四代目の中村富十郎、現在でいう松たか子や寺島しのぶのような歌舞伎の家系に生まれた女優でした。当時なので女性という理由もあって控えめな活動に収まってしまいましたが、現代ならもっと活躍できていたかもしれません。

中村芳子は映画でヒロインと主演が合わせて7作ありました。1937~1952年までの15年間の出演作のすべてのヒロインや主役であり、本数は少ないですが女優としてはある程度のスターだった、または売り出していたことがわかります。


中村芳子は下記のこの人とは別人です。
いま、働く女子がやっておくべきお金のこと
もう1人の中村芳子さんでした。





原作は本田美禅(ほんだ びぜん)でその代表作が「御洒落狂女」でした。戦後は東映で花柳小菊、月形龍之介などの『お洒落狂女(1952)』、さらに同じく東映の映画黄金期に美空ひばり、高田浩吉などの豪華キャスト『ひばりのおしゃれ狂女』(1961年)として公開されています。

「御洒落狂女」の映画は1926~1961年の35年間で5度映画化されているので評価を受けていたことが分かります。「御洒落狂女」は日本映画ファンならそこそこ有名な題材です。『お洒落狂女(1938)』への出演は大友柳太朗にとっても価値がある相手役でした。

大友柳太朗はのちの1963年に『変幻紫頭巾』で『お洒落狂女(1938)』の監督の寿々喜多呂九平の原作の代表作の一つを主演で演じています。”25年後にあのときの監督の原作の主演映画が公開される”これは不思議な縁です。


御洒落狂女 (前篇) (美禅伝奇コレクション)
本田美禅の代表作「御洒落狂女」





『忍術関ケ原 猿飛佐助』大河ドラマ1作目『花の生涯』の尾上松緑 多くの謎が浮上




『忍術関ケ原 猿飛佐助』 1938年

監督は森一生、脚本は依田義賢の豪華コンビでヒロインに若き日の森光子を迎えた猿飛佐助の題材作です。原作が無いのもすごさです。脚本家や製作者の意図で言い伝えや講談などのよさを残しながらデフォルメする、敬意も払われていると考えられます。大友柳太朗は主演で猿飛佐助を演じています。


尾上松緑の名も確認できます。大河ドラマ1作目『花の生涯』に主演した歌舞伎俳優の2代目の尾上松緑です。尾上松緑は戦後の歌舞伎界を支えた重鎮であり、テレビや映画へも出演しています。兄の11代目の市川團十郎は一時的なブームを巻き起こした俳優でしたが、尾上松緑は比較的に地味な芸風で着実な支持を広げていきました。

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残念ながら部分的な話数のみしか残されていませんが、雰囲気を感じることができます。尾上松緑が主演でした。松竹の現代劇映画のトップといえる活躍を成した俳優の佐田啓二との共演シーンも見どころです。



『忍術関ケ原 猿飛佐助』の公開時、2代目の尾上松緑は存在していました。3年前の1935年に襲名を果たしていたからです。ですが、ここで大きな謎が浮上します。1927年のマキノプロから新興キネマの時代まで陸続きで映画の出演履歴があることから別人の可能性が指摘されます。2代目の尾上松緑は1913年生まれです。本人であるとすれば数え年は25歳です。この時点では本人の可能性があります。それなら初代の尾上松緑に疑いの目が向かいます。



裏ブログ⇒190歳の尾上松緑 日本映画の最初の巨匠から大友柳太朗への贈り物
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2017/07/05 00:00 | 超大物俳優COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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