霧に消えた130作の伝説監督の辻吉郎と映画スター河部五郎の合鍵



「霧に消えた130作の伝説監督の辻吉郎と映画スター河部五郎の合鍵」
霧に消え、合鍵を持つ、果たしてこの意味とは。



前回記事⇒【映画壮絶秘話】たった4年の黄金期を生涯背負った映画スター





辻吉郎と一筋を貫いた日活映画人生





辻吉郎河部五郎と主演で10作以上のコンビが存在していました。今回は名匠・辻吉郎と映画スターの河部五郎について取上げて行きたいと思います。辻吉郎の通産の監督数は130作を越しています。監督数130作は日本映画の歴史の中でも歴代20位に含まれる多作な本数であり、個人的に確認している限りでは歴代14位です。



1915年のデビュー時から日活を形成した大スター尾上松之助の主演映画を10作以上手がけ、尾上松之助や牧野省三の支持を得る。日本の映画評論家のパイオニアの田中純一郎が大きく評価した1925年の大谷鬼若が近藤勇を演じた『新撰組 前篇』、『新撰組 後篇』、中村吉十郎が主演した1926『地獄に落ちた光秀』などを手がける。剣戟映画の概念に新しい風を吹き込んだといわれる作品であり、その後の時代劇映画の形成へつながっていきます。


大谷鬼若や中村吉十郎に関して⇒戦前の映画名優揃い踏み 大谷鬼若 中村吉十郎 知られざる大重鎮の山本嘉一



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辻吉郎と河部五郎大河内傳次郎との関わりと代表作群






辻吉郎は、大河内傳次郎の1927年『槍供養(1927)』、『沓掛時次郎(1929)』、清水次郎長の『血煙荒神山』、オールスター『荒木又右衛門(1931)』、河部五郎の1926年「修羅八荒」の2作や1928年「清水次郎長」の3部作、谷崎十郎の1926~1927「鳴門秘帖」6作7編を手がけました。1932年に山本嘉一のオールスター『水戸黄門(1932)』、海江田譲二の『沓掛時次郎(1932)』、尾上菊太郎で『槍供養(1934)』のリメイク、1934、黒田記代の『お艶殺し(1934)』、

嵐寛寿郎の1938年「髑髏銭」の前後編、坂本龍馬の盟友の近藤長次郎を演じた1939年『海援隊』(準主役の坂本龍馬は月形龍之介)など数多くの代表作に該当すると考えられる作品が存在しています。51歳を迎えた1943年に第二次世界大戦の激化などと伴って監督を引退し(霧の中に消え)ています。最後の作品が松竹映画ですが、130作強のうちの1作だけであり日活一筋といえます。


映画監督としての代表作は30作を越していたのではないかと考えられます。この時点である意味の巨匠です。

黒田記代は日活映画と新興キネマで活躍した主演やヒロイン女優でした。日活時代は現代劇が中心でしたが、時代劇にもたびたび出演しています。代表作もぼちぼちありつつ主演作は25作を上回っており、当時の女優としては十分活躍したといえるでしょう。



日活の戦前を代表する重鎮俳優 山本嘉一について ↓  ↓
戦前の映画名優揃い踏み 大谷鬼若 中村吉十郎 知られざる大重鎮の山本嘉一







黒田記代はもちろんですが、個人的にも評価している日本人が大好きなフランスの巨匠のジュリアン・デュヴィヴィエ(フランス5大巨匠、ビック5の1人)に関しても記述があり、ジュリアン・デュヴィヴィエは哀愁漂う派手さを抑えた人間劇を得意とし、日本人の心に通じる部分があったと感じられます。戦前から戦後に掛けて日本人(特に知識人や評論家、映画監督などを中心)に異常なほど高く評価された監督でした。このことは本国のフランスに時間をかけながら伝わり、再評価がされる流れにいくつかの面で貢献したといわれています。

また、上記チラシには『女の階段』(日活の現代劇、1936年、監督・千葉泰樹、原作・吉屋信子)の題名で、1930年代に松竹や日活の現代劇映画の主演スターと助演で活躍し、その後は助演が中心の名優の江川宇礼雄(えがわ うれお)と時代劇映画が全般的だったヒロイン女優、その後は名優の花柳小菊(はなやぎ こぎく)の名前も確認できます。互いに戦前から戦後にかけて長期間で活躍した俳優でした。花柳小菊は1960年代まで東映の時代劇映画にも数多く出演していました。










監督・辻吉郎と出演俳優・河部五郎の日活映画(合鍵の中)





次は河部五郎の部分も絡めて進行させていきます。



監督・辻吉郎と出演俳優・河部五郎の日活映画  14作 主演11 助演3
公開年数 『タイトル』 有名な役柄のみ

1926『剣は怒る』 主演
1926『義に鳴る虎徹』 主演 近藤勇役
1926『修羅八荒 第四篇、第五篇、最終篇』 主演 浅香恵之助役
1927『妙法院勘八 第一篇・第二篇』 主演
1928『安政競艶記』 主演
1928『清水次郎長 義侠篇』 主演 清水次郎長役
1928『清水次郎長 第二篇血笑篇』  上記と同
1928『清水次郎長 髑髏篇』 上記と同
1929『原田甲斐(1929)』  主演 原田甲斐(原田宗輔)役
1929『八百蔵吉』 主演
1932『放浪一徹男』 主演
1938『髑髏銭 前篇 風の巻』  助演 柳沢出羽守役 主演は嵐寛寿郎
1938『髑髏銭 後篇 雲の巻』  助演 柳沢出羽守役 主演は嵐寛寿郎
1939『隼捕物帖 謎の手裏剣』 助演  主演は尾上菊太郎 


*「放浪一徹男」まで全てが主演、それ以降は全て助演、全てが日活の時代劇映画




上記の監督・辻吉郎と出演俳優・河部五郎の日活映画の中で、1926年の主演の近藤勇役を演じたと考えられる『義に鳴る虎徹』は気にかかる作品です。現在もファンが多い新撰組の題材であり、虎徹といえば近藤の愛刀として知られています。





これを持てば近藤勇の気分が味わえるかもしれない美術用に作られた刀の虎徹
目の前に夢の愛刀が出現






河部五郎と日活が1938年からの3大スター体制と映画スター尾上菊太郎





『髑髏銭 前篇 風の巻』と『髑髏銭 後篇 雲の巻』の2作は主演の嵐寛寿郎(神奈三四郎役)の2番手、つまり準主役級の役柄で出演しています。『隼捕物帖 謎の手裏剣』は隼新七という岡っ引き役の尾上菊太郎の主演で、河部五郎は事実上の2番手や相手に位置する阿部播磨守を演じています。

日活が1938年からの3大スターをトップに位置づけた体制(千恵蔵、阪妻、嵐寛)になってからの河部五郎が演じた役柄は主人公の現代劇でいう上司に位置づけられるものが多くありました。


*愛称
千恵蔵(ちえぞう)=片岡千恵蔵
阪妻(ばんつま)=阪東妻三郎
嵐寛(あらかん)=嵐寛寿郎


1938~1942年の尾上菊太郎は、この3名に次ぐクラスに該当する時代劇映画スターでした。


辻吉郎の出演作の『髑髏銭 前篇 風の巻』と『髑髏銭 後篇 雲の巻』、『隼捕物帖 謎の手裏剣』は
藩主や大名、老中などの該当する役柄を演じていました。

1938年から1942年までの河部五郎は主演俳優を支える助演の役柄が多く、主演作は1作もありませんでした。映画愛子はここ数年で千恵蔵、嵐寛の日活時代の作品で河部五郎を見かけていますが、千恵蔵作品で悪役と敵役、嵐寛作品で主人公の藩主役で出演している河部五郎を視聴して確認しています。



裏側リンク↓  ↓ 日本映画歴代の上位スター尾上松之助や片岡千恵蔵も登場
戦前の映画名優揃い踏み 大谷鬼若 中村吉十郎 知られざる大重鎮の山本嘉一



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2017/09/23 00:00 | 邦画の探求COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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