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5つのキセキを起した映画音楽家 観客動員7年1億の映画監督の父とその妾





300作以上の映画音楽を手掛けて日本映画を代表する映画音楽家とそのキセキ、彼は現在ではありえない、当時でもありえないことを数多く形にしてきました。「5つのキセキを起した映画音楽家 観客動員7年1億の映画監督の父とその妾」と題して展開していきます。





前回記事⇒5つのキセキを起した映画音楽家 観客動員7年1億の映画監督の父とその妾





二大映画人に貢献 大スター嵐寛寿郎と戦後の大巨匠松田定次の父とその妾






その後、嵐寛寿郎の大当たり役の1938『鞍馬天狗(1938)』の音楽を手掛けています。『鞍馬天狗(1938)』は66分、戦後に53分版として改修と改題され、「鞍馬天狗 角兵衛獅子』として再公開されました。さらに「鞍馬天狗 角兵衛獅子』18分版も残されており、これは事実上の3作ともいえます。『鞍馬天狗(1938)』などのこの3作は松田定次嵐寛寿郎のダブル日活入社第1作映画でした。入社1作目なので当時の時点ですでに嵐寛寿郎の当たり役だった鞍馬天狗題材を選んだ部分もありました。



戦後の東映時代の松田定次は時代劇や時代劇映画の双璧の片岡千恵蔵、市川右太衛門の二大名コンビなどを形成し、戦後の1955~1961の最大の黄金期7年のみで歴代1位の1億人以上の観客動員を記録、数多くのj巨匠を押し退けて当時の監督年俸1位など多くで大成功を収めたわけですが、この頃は将来を期待されていましたが、比較的低めの評価だったといえるでしょう。またまだ大きな代表作はない頃だからです。高橋半が音楽を担当したこの『鞍馬天狗(1938)』は日活入社を果たした松田定次嵐寛寿郎の両者のその後の活躍に大きく貢献していました。




さらに『鞍馬天狗(1938)』はマキノ正博(のちのマキノ雅弘)も監督で参加しています。日活映画で互いに牧野省三の息子である松田定次マキノ正博の共同監督は、マキノプロダクション時代にも存在しますが、日活を形成した亡き牧野省三の日活で互いが監督をすることの意味を考えると、重要なの悲願だったのかもしれません。松田定次牧野省三の妾(めかけ)の子どもで妾の姓が松田であり、マキノ正博とは母親違いの子どもです。



牧野省三=日本映画の父とされ、1900年代後半から20年代後半にかけて活躍、日本映像史に多大な貢献をした日本映画最初の巨匠、400作以上の映画を残し、世界歴代最多監督数、さらに俳優、監督、撮影、製作者などの数十名の映画関係者の後輩を育成と支援、日本初の大手映画会社の日活に関与するなど創設するなど事業者としても大成功。日本最初の大映画スターの尾上松之助とコンビを組み大成功を収め、日本映像史の最初の黄金コンビとなった。


*妾 (めかけ) =婚姻した男性が妻以外の女性を持ち、経済的な援助も伴う、事実上の愛人を指す。妾はしょうとも読みます。



その後も嵐寛寿郎と松田定次の1938『鞍馬天狗 竜攘虎搏の巻』の音楽で参加、この作品は完全なオリジナルではありませんが、1~2分のみが削れたほぼ完璧なバージョンが現存しています。



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鞍馬天狗 黄金地獄は『鞍馬天狗(1942)』(107分)として日本とアメリカなどとの戦争が現実に厳しくなってきた1942年に公開されました。そうなぜタイトルが違うのかですが、タイトルが鞍馬天狗だと他にも競合が存在するため、戦後の再公開時時の1953年に『鞍馬天狗 黄金地獄』(107分)として公開されました。1942年に戦争で見れない人々が多数いたことも影響していますが、『鞍馬天狗 黄金地獄』のそのまま商品化しています。なので『鞍馬天狗(1942)』でもあるわけですが、さらにマツダ映画社版の65分版が存在しており、こちらは『鞍馬天狗・横浜に現わる』のタイトルで現存しています。実際は3作存在する、したということがいえます。


鞍馬天狗・横浜に現わる』の映画音楽は高橋半のライバルだった時代劇映画音楽家の西梧郎が音楽を担当しています。高橋半も音楽を手掛けていることから、高橋半西梧郎は嵐寛寿郎の「鞍馬天狗シリーズ」においても競い合っていたのです。現在や最近の日本映画のシリーズは同じ音楽家がシリーズを担当するケースが多いように思えますが、音楽家同士が競い合う、これぞ健全な映画シリーズのあり方ともいえます。








5つのキセキを起した映画音楽家の高橋半






前回記事で取り上げていますが、(二大の映画音楽の源流 ヒット連打のロケットスタート快進撃にて)歴代ナンバーワン俳優の片岡千恵蔵の千恵プロでいきなりの代表作ダブルの衝撃デビューのキセキ、日活移籍の止まらない連打の阪東妻三郎マキノ正博との出会いとヒットのキセキ、『水戸黄門廻国記』で初のオールスター映画のヒットのキセキ、


今回取り上げている嵐寛寿郎と松田定次の日活初の鞍馬天狗シリーズへの参加のキセキ、ダブル入社した阪東妻三郎マキノ正博、嵐寛寿郎と松田定次の日活第1作もヒットに大貢献するキセキ、5つのキセキを起した映画音楽家の高橋半の快進撃は続くのでしょうか。




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大河内傳次郎の出演した全忠臣蔵映画と『赤穂義士(1957)』






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2018/09/10 19:37 | 邦画の探求COMMENT(2)TRACKBACK(0)  

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No:195 2018/09/24 11:32 | ロリ歓喜14か15歳の◎三女子 ××赤裸々生配信 #- URL [ 編集 ]

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No:193 2018/09/17 14:46 | 樹木希林の死の報道誇張 真の評価と嘘 エンタメ女優の現実 #- URL [ 編集 ]

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