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大映映画四大スター体制の代表作 最初の「独眼龍政宗」と「織田信長」映画




歴史、それは現在の映画界や芸能界にも続く流れ、先人たちの血と汗は現在も引き継がれ、広告が伴わないと気づかないところで現在も大きな概念となって影響を与え続けていいます。

それはただの過去の出来事ではなく、それは大きく現代にも通じ、引き継がれている。また現代に生きる人々たちへのヒントも存在しています。国民的三題材の宮本武蔵独眼龍政宗織田信長の映画の知られざる部分にも迫ります。


大映映画四大スター体制の代表作 最初の「独眼龍政宗」と「織田信長」映画」のスタートです。



前回記事新神風は吹かなかった 戦地消失した日本制作インド映画IN将来名優







”剣聖”と”時代劇の貴公子”と”アラカン”と”もう一人”







前々回の記事⇒国策映画名作『かくて神風は吹く』 北条時宗と元寇 大映四大スターと元宝塚大女優に登場している国策映画名作『かくて神風は吹く』は時代劇四大スターであり、大映四大スター体制です。わからない方も居ると思うので、これについてさらに取り上げることにします。


剣戟の名手の意味から”剣聖”ともいわれた阪東妻三郎、前例の枠にとらわれない多面的に幅広い活躍から戦前は”時代劇の貴公子”ともいわれた片岡千恵蔵、子供向けの映画の強い人気からヒーローとしての親しみを込められた呼び名の”アラカンさん”ともいわれた嵐寛寿郎、剣戟で踊りの舞踊の舞のように動く名手ではありましたが、残念ながら戦前の市川右太衛門のみは呼び名が特に何もありません(3名に比べると戦前の通産評価は劣るものの意味も含む)が、この4名による国民的映画スターによるスター俳優をトップとした体制です。

黄金期の時代劇映画は監督よりも主演俳優のスターが中心、現代劇映画はどちらかといえば監督が主体で、時代劇と現代劇のそれぞれの背中合わせの異なる個性を伸ばし、観客も異なる個性を楽しむことが基本でした。現代は両方が同じようになってしまいぜんぜん面白みがありません。




大映映画四大スター体制と日活映画三大スター体制




大映映画四大スターとは、戦前からの国民的映画スターの阪東妻三郎片岡千恵蔵嵐寛寿郎市川右太衛門のことを指していますが、これは大映映画が創立する前の日活映画時代が大きく影響しています。

現在の日本の俳優やタレントなどは事務所が基本ですが、当時の映画スターは映画会社の専属が基本でした。事務所の所属の活動とは違い、映画という大規模な費用が伴う活動であり、映画会社の専属俳優は現在では考えられないほどの大きな責任が伴いました。この強い縛りの中で長期間活躍するだけでもかなりのレジェンド、彼らは個々が長期間の活動だけではなく、4名とも日本映画歴代ベスト10にランクインする膨大な代表作数を残しています。


大映映画が創立する前の1938~1942年は日活のトップ俳優体制の日活三大スター(阪東妻三郎片岡千恵蔵嵐寛寿郎)でした。日活三大スターは1937年に千恵プロから移籍し通称千恵蔵(チエゾウ)、阪妻プロから移籍した通称阪妻(バンツマ)、遅れて1938年に第二次の寛プロから移籍した通称嵐寛(アラカン)による事実上の成立した三大スター体制、時代劇映画ナンバーワンの大手映画会社の存亡を背負う三大看板です。

大映四大スターは上記の1942年の大映映画の創立時に日活三大スターと新興キネマこと新興映画(日活よりも大きく劣る映画会社)の事実上のトップスター俳優だった市川右太衛門が合流して大映映画(大日本映画製作株式会社)、さらにトップ俳優体制の大映映画四大スターが形成されました。




日活三大スター体制と大映四大スター体制
日活三大スター(1938~1942年)=片岡千恵蔵嵐寛寿郎阪東妻三郎  
大映四大スター=(1942~1948)=片岡千恵蔵嵐寛寿郎市川右太衛門阪東妻三郎


*右から通産映画主演数順









大映四大スターの主な俳優別の上位代表作 片岡千恵蔵





彼は1942~1948年のたった6年ほどの大映映画の看板俳優時代にも実に多彩な代表作を残しました。しかも、ほとんどが有名な役柄です。



片岡千恵蔵 主演=宮本武蔵の「宮本武蔵シリーズ」(3作)、伊達政宗の『独眼龍政宗』、相撲題材の『土俵祭』、浅野内匠頭の忠臣蔵『高田馬場前後』と『初祝い二刀流(高田馬場前後改修版)』、北条時宗の『かくて神風は吹く』、森の石松の『東海水滸伝』と『東海二十八人衆(東海水滸伝改修版)』、多羅尾伴内の「多羅尾伴内シリーズ」(1作目「七つの顔」から4作目)、 助演=西郷隆盛(西郷吉之助名義)の『維新の曲』




今回の武蔵は大映ではありませんが、千恵蔵の武蔵から下記の記帳なパンフレットと共に少し取り上げてみます。この映画『宮本武蔵 一乗寺決闘』です。戦前の時代劇映画のナンバーワンの日活映画です。


『宮本武蔵 一乗寺決闘』パンフ 片岡千恵蔵 志村喬
『宮本武蔵 一乗寺決闘』パンフ 片岡千恵蔵 志村喬
これだけの俳優(下記の方に有)が出演していて、一人だけでパンフレットの表紙を飾る凄さわかりますか?



1942年3月公開の『宮本武蔵 一乗寺決闘』は大映前の日活で制作された片岡千恵蔵版の宮本武蔵の通産シリーズ6作目(現存バージョン、総集編など含む)、大巨匠稲垣浩が監督と脚本、戦前の時代劇音楽に大きく貢献した名音楽家の西梧郎、日本映画歴代上位の大撮影者の石本秀雄、歴代ナンバーワン殺陣師の足立伶二郎、助監督は後の名匠の安田公義など、そして原作は国民的ナンバーワン作家の吉川英治です。真に数多くの究極名スタッフが集結。


『宮本武蔵 一乗寺決闘』は、1952年に千恵蔵版の武蔵映画の通産10作目として改修版が公開されています。この映画は日活オールスターです。世界歴代最多の主な代表映画200作以上の歴代超スターの片岡千恵蔵(宮本武蔵)が主演、当たり役となって”お通さん”のニックネームのヒロイン女優の元宝塚スター女優の宮城千賀子(お通)がヒロイン、さらに3名のヒロインスター女優の市川春代、月宮乙女、香住佐代子が集結

特別出演は女剣戟の名女優の浅香光代の師匠としても知られ、劇団の「新生国民座」の創立者で元時代劇スターの浅香新八郎(吉岡清十郎役)、稲垣浩の実父の有名舞台俳優の東明二郎、松竹の現代劇で母親役女優として活躍した名女優の二葉かほるの3名


さらに日活時代劇映画の1930年代を代表する子役スター宗春太郎、数多くの広告的有名作に出演する映画400作の大名優の志村喬、助演のみの世界歴代1位の映画700作以上出演の超大脇役の香川良介、1920年代から1960年代までの長期間で質の高い作品で活動した尾上華丈、元スター俳優の名優の河部五郎、戦後に名殺陣師の久世竜と知られる岬弦太郎、のちの戦後の東映時代の片岡栄二郎名義としても知られる大名優の島田照夫、

名脇役の上田吉二郎、遠山満、藤川三之祐、仁札功太郎、戸上城太郎、大国一公、尾上桃華、葉山富之輔、春日清、堀北幸夫などが出演、著名出演者は通算25名、これぞまさにオールスターです。







大映四大スターの主な俳優別の上位代表作 嵐寛寿郎 市川右太衛門 阪東妻三郎






片岡千恵蔵だけではなく、他の3名の嵐寛寿郎、市川右太衛門、阪東妻三郎にも触れていきましょう。


嵐寛寿郎 主演=鞍馬天狗の「鞍馬天狗シリーズ」(3作)、近藤右門の「右門捕物帖シリーズ」(1作のみ)、『盤獄江戸へ行く』(盤獄の一生の題材)、自身の代表的な役柄の一つの中山安兵衛の忠臣蔵『高田馬場前後』と『初祝い二刀流(高田馬場前後改修版)』、助演=徳川慶喜の『維新の曲』、『かくて神風は吹く』

市川右太衛門 主演=時代劇と現代劇の両方の時代を描いた異色の戦争映画『菊池千本槍 シドニー特別攻撃隊』、有名な悲恋もの時代劇題材『お夏清十郎(1946)』、 助演=桂小五郎の『維新の曲』、日蓮の『かくて神風は吹く』、森の石松の地元の兄貴分の小松村七五郎の『東海水滸伝』


阪東妻三郎 主演=通算4度目の坂本龍馬の『維新の曲』、荒木又右衛門の『伊賀の水月(1942) 』、『富士に立つ影(1942)』と『富士に立つ影(新版)』、『無法松の一生(1943)』と『無法松の一生』(現存版)、『かくて神風は吹く』、清水次郎長の『東海水滸伝』と『東海二十八人衆(東海水滸伝改修版)』、『狐の呉れた赤ん坊(1945)』、6度目の国定忠治も『国定忠治(1945)』 、1947『月の出の決闘(1947)』、山内伊賀亮の『素浪人罷通る』、坂田三吉の『王将(1948)』、助演=なし




有名な役柄と代表作の多さから片岡千恵蔵と阪東妻三郎が特に活躍したことがわかります。阪妻は通算4度目の坂本龍馬、清水次郎長は3度目、6度目の国定忠治、名作の『無法松の一生(1943)』と『王将(1948)』など品質の高い名作や秀作を多数残しました。大映時代は日活時代以上に流れがよく、非常に高い的中率です。





大映四大スターだが活躍は完全にトップ2の片岡千恵蔵と阪東妻三郎 多数の代表作と当たり役







片岡千恵蔵の国民的有名題材の宮本武蔵は、歴代最多28年で映画で歴代最多14度演じた上位の当たり役の一つ、大映版は日活時代の宮本武蔵からの流れで3作、のちの大河ドラマにも影響を与えた戦国時代劇の名作『独眼龍政宗』、初の独眼龍政宗名義の映画でもあり、伊達政宗の映画はサイレント映画時代から多く存在していますが、世の中で初めて明確にヒットした伊達政宗が主演の映画です。記念碑的作品です。

国民的題材の忠臣蔵の歴代最多の通算15度演じた有名な役柄の浅野内匠頭は『高田馬場前後』と『初祝い二刀流(高田馬場前後改修版)』、通算11作14年を演じた現代劇の当たり役の一つの名探偵の「多羅尾伴内」を4作をヒットさせました。国民的題材の宮本武蔵、忠臣蔵、さらに多羅尾伴内は東映時代にも当たり役として続いていきます。


片岡千恵蔵の戦国時代劇の代表作は『独眼龍政宗』の伊達政宗役だけではなく、日活時代に織田信長(現存含むと2作)を演じており、これも代表作の記念碑的作品、織田信長を日本の俳優で最初に代表作とし、戦後に続く信長映画や戦国題材、大河ドラマや多数作られている信長の映画やアニメ、ゲームなどの信長ブームの走りであり、先駆の功績を残しています。


片岡千恵蔵は単発の明確な代表作も残しながらシリーズ物が強く、バランスのよい功績を残しています。阪東妻三郎は単発や以前から演じている代表的役を演じています。大映映画のみふだと代表作は単発ばかりです。市川右太衛門は助演も多く、主演だと4番手の活躍でした。





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1940年に『織田信長』(104分)として公開、その後、『風雲兒信長(『織田信長』改題短縮版)』と原版の劣化などが原因で14分ほどが削られてしまい、残念ながらやむをえず90分バージョンとなり、風雲兒信長の題名となりました。

”千恵蔵十八番”の一つの明朗時代劇、戦国時代劇ジャンルの形成に貢献した作品で、商品題名は『風雲児信長』です。この映画も大成功を収めた巨匠マキノ雅弘(監督時の名義はマキノ正博)と片岡千恵蔵の名コンビの有名な代表作の一つです。






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2019/07/10 23:00 | 超大物俳優COMMENT(3)TRACKBACK(0)  

コメント

「連日のアニメが海外」のアピール合戦の印象操作報道大問題

NHKも民法も同様に海外海外と軽がるしく口にする。とくにかく不愉快だ。今回の京都の事実上の無差別大量殺人テロのことです。

海外が海外が、軽すぎる。ニュースというか日本のアニメを誇張したいとしか思えない。こうした報道はおかしいと思う。

大きな問題は半分が「事件のことでなくただのアニメの広告」アピールだからだ。これだと亡くなられた、怪我の人も遺族も浮かばれない

海外にまったく知られることもなく日本で日本のためのみに働いている人はおかしいのか?

全然おかしくないし、日本人のためなのは明らかに後者だ。海外は企業たちの利益拡大の都合に過ぎないからだ。

日本人は日本人のためのみの後者がなければ最低限暮らしていくことができない。なのにニュースやワイドショーはアニメが海外、海外と連日、過剰に報道の誇張している。これは報道がおかしいと感じさせる。

No:250 2019/07/19 19:39 | 「連日のアニメが海外」のアピール合戦の印象操作報道大問題 #- URL [ 編集 ]

京アニだけではなく日本のアニメ業界へテロ行為

京アニだけではなく日本のアニメ業界へテロ行為

優秀な人材が多数失われた様である。アニメは製作者が命の業界である。声優は専門の声優でなくても最悪の場合、演技がへたくそな俳優やタレントでもよいが、絵はアニメーターでないと無理である。

いかに低賃金で働いているひどい労働状況のアニメーターが大事なのか、残念ながらこうした積みもない製作者が多数の死亡、重症の被害にあったと考えられ、現時点で10名以上、考えたくはないがさらに増えそうである。


個人にもアニメファンであり、2000年代前半からの数多くの名作がこの事件の重要性を物語る。TV中継を見ていると設備がきちんとしていたい建物のように感じられる。1階以外から外に出られない造りにも問題があるように感じられ、さらにセキュリティ体制にも問題があったかもしれない、犯人(日本人?)は京都アニメーションのアニメ作品に何らかの理由で恨みがあった可能性が高いようである。

ほかにも多数ありそうだが設備やセキュリティ、建物の防犯などのも多くの疑問が感じられる。

No:249 2019/07/18 15:11 | 京アニだけではなく日本のアニメ業界へテロ行為 #- URL [ 編集 ]

最悪ジャニーズの元SMAPメンバーをテレビ出演をさせない圧力

ジャニーズ事務所の元SMAPメンバーをテレビ出演をさせない圧力は決して許せません。他にもこのようなことをしていた疑いも膨らんできます。

先日に死去したジャニー喜多川もこの件にどれくらい関与していたのでしょうか。今回の出来事は彼の実積にも傷がつくでしょう。18日のワイドシューがどにように取り上げるのか見ものです。

No:248 2019/07/18 00:34 | 最悪ジャニーズの元SMAPメンバーをテレビ出演をさせない圧力 #- URL [ 編集 ]

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