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『水戸黄門』や『大岡越前』の生みの親を橋渡した謎の映画会社双方にアラカン「嵐」が吹いていた







<『水戸黄門』や『大岡越前』の生みの親を橋渡した謎の映画会社双方にアラカン「嵐」が吹いていた>。


今回は、大映四大スタ-や時代劇六大スターの一人である大巨星、嵐寛寿郎のあまり知られていない不透明な伝説の部分、通称アラカンのあるナゾの映画会社2つについて迫ります。




前回記事
嵐寛寿郎と時代劇六大スターの戦後の上下左右縮図 恒久呪縛の末の功名






アラカン嵐とアイドルや国民的はでっちあげのタレントグループの嵐






今回のタイトルのアラカン嵐についてですが、大本の真の国民的俳優のアラカンが主ですが、多少は嵐ともかけています。テレビが優遇している嵐というグループ、現実にはアイドルではなく、ただのテレビタレントグループです。もちろん好き嫌いでいうわけではありません。好き嫌いの評価は基本的に評価ではありません。

アイドルはアイドル活動が全体となって初めてアイドルとなります。これは当然です。彼らは大半の活動がアイドルではありません。某○○純一が活動のほとんどがタレントなのに無理やり俳優で通している芸能の暴挙と同じです。ちなみのお分かりだと思いますが加藤純一ではありません。



もちろん国民的な数字は残していませんし、一部の女性ファンが強いことのみが事実、彼らはほとんどがテレビタレント活動、バラエティ番組やニュース、もちろんやるべき握手会は皆無、しかも個人の中心です。100万枚のシングルなし、代表曲のピークは10年ほど前の「花より男子」のテレビや映画、本元のアラカンの嵐は真の国民的、観客動員2億人ほどの観客を呼んだと考えられますが、


ちなみに主演シリーズが記念年の渥美清も通産1億以下です。彼も歴代では全然上位には入りませんし、彼も実積を大きくテレビやマスコミに長年誇張された人物です。観光や映画、芸能などはちゃめちゃです。ちなみに主演映画数は71作で、三船敏郎でさえ少なく、主演数76作ですが、彼はそれをさらに下回ってなんと日本歴代で50位くらいです。もちろん良い俳優ですが、良い俳優は歴代にもたくさんいますから、通産映画出演数約130作は歴代100位以下です。


せめて最低主演数100作は越していないと誇張はおかしいと考えていますし、本当の大物の嵐寛寿郎の主演数は最低でも260作を越しており、歴代ベスト10に含まれます。早ければ1、2歳、幼稚園児でも数字がわかると思いますが、これぞ真の国民的です。


テレビタレントグループの嵐の彼らは個々を合わせてもそれぞれの映画も客が入ってもいません、SMAPも同様でしたが、タレントよりはましなフレーズに聞こえるアイドルはという言葉は都合がいいテレビやマスコミの誇張や都合にしか他なりません。タレントよりも上だと思わせて女性たちにお金を落とさせたいわけです。

まあ2020年の五輪起用も含めたアイドルではない広告タレントでもあるので、広告会社やテレビ全体で無理やり国民的に誇張したいというのが真実です。一部の女性ファンは、もちろんOKだというのですが、,他の普通な日本人ならこんなの許せません。


前置きが長くなりましたが映画とも関わる重要な部分だと考えているので、あえて取り上げました。下の部分からが今回の本題です。





嵐寛寿郎 アラカン  アイドル テレビタレントグループ 加藤純一  花より男子 渥美清 三船敏郎 真の国民的 SMAP 広告会社





映画会社専属大スターが5年間中4年で主演1本の異常事態の謎






嵐寛寿郎の1947年以降の映画出演は1948、1949、1951、1952年と大映映画は年に1本のみ、1950年はかろうじて2本の大映映画の主演のみに留まっています。映画会社専属の大スターが5年間のうちの4年間の主演作で1本の異常事態、これは日本映画史上でも前例がないで出来事です。

他の大映四大スタ-の3名(阪妻、千恵蔵、右太衛門)の俳優たちのはこうした4年連続の珍事は1度もありませんでした。本数を出られないマイナス部分だけではなく、過去にない映画専属俳優の歴史の現実、それだけ嵐寛寿郎という俳優が良くも悪くも大スターだった、一つの証拠と伝説といえるでしょう。


何故大映映画で1948~1952年の5年の4度で主演1のみがあるのか、明確には不明です。契約を複数年していた、また、他の映画会社に出演するための準備で出演数が最小限に留まる、契約上の縛りがあったなどのなど多彩な理由が考えられます。どちらにしても、日本映画史史上の前例がない珍事だったことは事実です。


大映映画 大映四大スタ- 日本映画史史上の前例がない珍事





嵐寛寿郎の1947~1953年の出演映画





嵐寛寿郎の1947~1953年の全出演映画 全て主演 現存版や再公開を含めない
1947 大映2
1948 大映1
1949 大映1、新東宝2、新光&東宝1  *この年に大映メインか離れ、新東宝メインとなる。
1950 大映2、新東宝1 新光&東京映画1 綜芸プロ&新東宝2 *新東宝は制作1、配給2の3作)
1951 大映1、綜芸&新東宝3、 宝プロ&新東宝1、松竹3 *新東宝の配給は4作)
1952 大映1、新東宝2、松竹1、綜芸プロ&新東宝3、東映1 *新東宝の製作と配給は2、配給のみは3、年間5本に到達
1953 大映0、東映3、宝プロ&東映1、新東宝2、綜芸プロ&新東宝3、宝塚映画&東宝1  1942年の大映出演後初のゼロ



通産主演映画本数が250本を越す、超大スターが1947年の年間に映画主演2本、1950年代中盤からの黄金期からだとまったく考えられない状況なのですが、それは1945年の戦後直後の貧困による映画制作費不足や戦争による人材不足などが大きく影響しています。1949から1953年の4年間で新東宝の制作や配給作の通産19作に主演しています。これは大映に出演しながら徐々に新東宝の俳優となったことを明確に意味しています。いきなり会社を移動しなかった非常に少ないケースです。






アラカンとチエゾウの謎の映画ポスター





ub28504遠山金さんいれずみ奇偶むっつり右門捕物帖緋鹿の子異変ポスター 嵐寛寿郎 片岡千恵蔵

嵐寛寿郎の1947~1953年の出演映画のポスターは見つからないため、片岡千恵蔵と嵐寛寿郎の同時上映されたと考えられる映画の貴重なポスター、どれくらいの時期に製作されたポスターか細かくは不明、おそらくは戦後のもののありそうだが、その理由の一つが1952年に『右門捕物帖 緋鹿の子異変』というポスター表記の『むっつり右門捕物帖 緋鹿の子異変』に近いタイトルが戦後に公開しています。




片岡千恵蔵 貴重なポスター 右門捕物帖 緋鹿の子異変 むっつり右門捕物帖 緋鹿の子異変





謎の映画会社と嵐寛寿郎 2つの東京映画





現代や当時もあまり知られていないため、多くの人はご存じないことから、謎としているだけで、映画に詳しい人からすればあまり謎ではありません。

大映映画に出演していた1949年と1950年はアラカンこと嵐寛寿郎にとっても転機となった2年間だったといえるでしょう。この頃の日本映画には新光映画という映画製作会社が存在していました。新光映画は、事実上の新東宝関連の嵐寛寿郎のために作られた映画会社とも考えられます。

新光映画の1949年公開の『右門捕物帖 謎の八十八夜』と1950年『当たり矢金八捕物帖 千里の虎』の2本は嵐寛寿郎の主演で、『右門捕物帖 謎の八十八夜』は東宝の配給、『当たり矢金八捕物帖 千里の虎』は東京映画の配給です。配給=東京映画配給とは、のちの東映(東映の配給のみの部門)のことです。

配給のみを東京映画配給、東京映画配給は当時の製作部門は東横映画、この『当たり矢金八捕物帖 千里の虎』の約1年後の1951年から製作と配給の両方重なって東映の屋号となります。ここでいう東京映画は東映系の会社であり、東映形成後の東京映画消滅後の1950年代中盤から映画制作を開始している、東宝系傘下の映画製作会社の東京映画(森繁久彌の「駅前シリーズ」が最大の代表作)と別の会社です。社名が同じなので間違えやすい部分です。



新光映画 右門捕物帖 謎の八十八夜 当たり矢金八捕物帖 千里の虎 東京映画配給 東映 東横映画 東映の屋号 森繁久彌 駅前シリーズ





もう一つの謎多き映画会社 日本初の映画巨匠の長女と名映画撮影者の河崎喜久三






また綜芸プロもあります。新光映画の『右門捕物帖 謎の八十八夜』に主演した1949年には出演していませんが、1950年の『当たり矢金八捕物帖 千里の虎』の主演作が公開された同じ年に『鞍馬天狗 大江戸異変』と『天保水滸伝 大利根の夜霧』の綜芸プロの映画にも主演しています。


この綜芸プロも事実上の嵐寛寿郎のために作られた映画会社とも考えられています。その制作された全体の多数が嵐寛寿郎の主演作を主としており、その全ての配給が新東宝です。

綜芸プロは宝プロ(日本映画の父で日本初の映画巨匠の牧野省三の長女の牧野冨榮と、その夫の日本の映画プロデューサーや実業家の高村正次による、映画製作会社と同様に新東宝の関連会社で、映画180作の名撮影者の河崎喜久三(1950~53の右門捕物帖5作、鞍馬天狗4作が大きな代表作などで、嵐寛寿郎の主演映画を多数撮影)は、新東宝と綜芸プロの陸続きに撮影を継続していることから、綜芸プロは新東宝の関連会社だった証拠の一つといえるでしょう。



綜芸プロ 鞍馬天狗 大江戸異変  天保水滸伝 大利根の夜霧 新東宝 宝プロ 牧野省三 牧野冨榮 映画プロデューサー 高村正次 河崎喜久三




右門捕物帖(全38編)+旗本退屈男(全11編)+他(4作品)
右門捕物帖(全38編)+旗本退屈男(全11編)+他(4作品)

佐々木味津三(ささきみつぞう)は、「右門捕物帖」(映画50作強)と「旗本退屈男」(映画30作強)の二大代表作で知られる大時代小説作家、映画化作品は一人の原作者の2題材のみの80作越えは世界歴代上位、アーサー・コナン・ドイルはシャーロック・ホームズ以外が映画の本数でたいしたことないため、2作という意味では世界1位といえるでしょう。映画のみで2題材ともが33年以上(右門が34年、旗本は33年)にわたって映画化されています。国民的な人気を長年誇りました。

1929年から1963年まで映画化かされています。さらにテレビ時代劇を含めると1929年の嵐寛寿郎主演の「右門一番手柄 南蛮幽霊」から2001年の北大路欣也主演の連続テレビドラマ「旗本退屈男」まで含み、72年間の大長期となります。佐々木味津三の二大代表作が1度に多数収録された珍しい書籍です。




佐々木味津三
 右門捕物帖 旗本退屈男 大時代小説作家 アーサー・コナン・ドイル シャーロック・ホームズ 右門一番手柄 南蛮幽霊 北大路欣也






時代劇ドラマの形成に貢献した超大プロデューサー活躍の根源に「嵐」が吹いていた






綜芸プロは、のちに「月光仮面」、「隠密剣士」や「水戸黄門」、「大岡越前」、「江戸を斬る」などの1950年代後半から1990年代にかけて一世を風靡、大ヒットした時代劇のテレビドラマを多く生み出す、超大プロデューサーの西村俊一(にしむらしゅんいち)だけではなく、


戦前の東宝映画を中心の70作近い映画プロデューサー、戦前の東亜キネマや新興キネマや戦後の嵐寛寿郎の右門捕物帖シリーズの4本など120作ほどの脚本、戦前の東亜キネマを中心に50作以上の原作者の計3つの顔で活躍・活動した有名な映画人の竹井諒(たけいりょう)が一次的に在籍していたことでも知る人ぞ知る映画会社です。

竹井諒の本数は大量ですが、3つの顔の全てで代表作が少ないのが問題点です。本数が多いことからもお分かりだと思われますが、3つの中で代表作がもっとも多い脚本家としてがもっとも成功しています。


120作ほどの映画脚本の代表作は、競作で話題となった東亜キネマ「大岡政談」の3部作、剣戟女優としても活躍した原駒子主演、吉川英治原作の女忍術映画「女来也」前後編、これは1910年代に一精を風靡した尾上松之助の忍術映画の代表的な役柄の一つの自来也の女版ともいえる作品です。

羅門光三郎が維新の英雄の益満休之助を最大の当たり役とした幕末時代劇『南国太平記』シリーズの3作4編、競作で話題となった新興キネマ版の『さくら音頭』、




月光仮面 隠密剣士 水戸黄門 大岡越前 江戸を斬る 西村俊一 東亜キネマ 新興キネマ 竹井諒 大岡政談 原駒子 吉川英治 女忍術映画 女来也  尾上松之助 忍術映画 自来也 羅門光三郎 益満休之助 幕末時代劇 南国太平記 さくら音頭




南国太平記 上 (角川文庫)
直木 三十五
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直木賞でも知られる直木三十五の代表作の一つが南国太平記です。もっとも有名な代表作で、映像作品においてはいわゆる幕末物の時代劇映画や映像作品の形成に大きく貢献しているのがこの「南国太平記」です。羅門光三郎が戦前に主人公の益満休之助を通算10度近く演じて最大の当たり役、人気が高く、戦後の東映で片岡千恵蔵や里見浩太郎(里見浩太朗)が映画の主演で数度演じています。


さらに戦前だけで300作近くの映画に出演したと考えられる映画名優の松本泰輔の主演、新興キネマオールスターの『水戸黄門』前後編、現在はあまり知られていませんが、松本泰輔は水戸黄門が最大の当たり役の俳優です。晩年の新興キネマ時代は多くの重鎮が演じる有名な役柄を演じており、会社から高い評価を受けていました。後に大映の一部となる会社ですが、いわゆる新興キネマの重鎮俳優でした。

世界歴代上位の映画ヒロイン数150作を越し、戦前の伝説の映画女優の鈴木澄子の数多い代表作の一つ、実在の毒婦といわれた高橋お伝を主人公にして何度も映画化されている『お伝地獄』など、

綜芸プロの映画はほとんどが新東宝の配給で1950年から1961年まで製作されています。


嵐寛寿郎の綜芸プロ映画作品の製作に関与していた西村俊一ののちの多くのテレビドラマの大ヒット作の連発に娯楽作の制作のヒントを与え、大きな影響を与えているともいえます。大プロデューサーの功績の初期の活動に大スターがいましたし、活躍の根源にアラカン「嵐」が吹いていました。




直木賞 直木三十五 里見浩太朗 松本泰輔 新興キネマオールスター 鈴木澄子 高橋お伝 お伝地獄




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2019/11/18 20:51 | 邦画の探求COMMENT(1)TRACKBACK(0)  

コメント

ぼったくりか!某アニメクラウドファンディング65万

某生放送の番組を見ていたら、某アニメのkay(ゲームやアニメ制作)の某作品のオリジナルビデオ化(DVD,ブルーレイ化)のクラウドファンディングで、65万はさすがに高い、招待のイベントが1つだけ、せめて3つや特注がないと10万の価値もないと思う。金の話だけしている印象の生放送でした。

出演のヒロイン演じている女性声優の顔が、特に目のしわが凄く、数年前よりも老けていて驚いた。コメントでも「あなた寝ていますか?」という趣旨のコメントが流れていた。

No:262 2019/11/29 15:11 | ぼったくりか!某アニメクラウドファンディング65万 #- URL [ 編集 ]

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