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左の翼を備えた両名匠六対決 羽仁進VS黒澤明 マスコミ無視の衝撃勝利の行方結末

左の翼を備えた両名匠六対決 羽仁進VS黒澤明 マスコミ無視の衝撃勝利の行方結末




左と右、一概にどちらが良いかに関しては結論を差し控えさせていただきます。大企業やマスコミやテレビは自分たちの生き残りやお金稼ぎのために基本左ですが、暮らしが第一の国民の大半は基本右だと考えています。ですが考えは色々あります。断定はしません。





「左の翼を備えた両名匠六対決 羽仁進VS黒澤明 マスコミ無視の衝撃勝利の行方結末」のスタートです。



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黒澤明は左の翼を上手に備えられたのは苦しみの巨匠村田実のおかげ





日本には戦前から外国映画の要素を入れた作品が数多く作られています。たとえば外国の流行を取り入れた作品、悪く言えば日本らしさをほぼ排除、軽視した事実上外国のマネの映画、現代の日本映画においても多数作られています。

たとえば文芸映画、アメリカやイギリスなど欧米中心の多くの文豪がいる外国で爆発的に流行り、日本でも日本流の作家の原作を基にした多く作られていくことになりました。また外国の作家の原作を日本流に置き換えて作る映画も多く作られています。

そのさきがけが巨匠村田実です。まさに羽仁のおかげで是枝がいると同様、彼を知ると黒澤明の評価はだいぶ落ちていきます。左の翼を備えていた、備えられたのは、先人の苦しみや血と汗のおかげなのです。




村田実は他にも日本における外国影響作品(日本内における制作の外国映画を形成、定着)、日本で最初に文芸映画路線(外国の影響)で代表作を残し、事実上の急進的、革新的、革命的な映画路線の左翼監督(1930年代デビューの今井正、1940年代デビューの黒澤明どへ多大な影響)とも言われ、1920年代から1930年代にかけて活動、1920年代が全盛期の事実上の日本映画の巨匠の一人、60作近い監督数と20作近い代表的作品(そこそこな本数を残した上に、3本に1本が代表作の高い的中率)を残しています。

映画界に監督、制作、刊行、影響などで、多彩な映画監督の活動の形成に貢献、後のさまざまな映画監督に多大な影響、1936~1937年の日本映画監督協会(日本の映画監督の多彩なj活動と地位向上を目的)の初代理事長、二人目は溝口健二、三人目は小津安二郎です。日本映画の二大巨匠(溝口と小津)よりも先に理事長を務めるほど、映画監督として周囲に認められていた存在でした。

黒澤明は村田の流れを組んでいる監督です。村田実は戦前だったため、時代の早過ぎて外国と縁がありませんでした。実は村田監督らは欧米に自分の代表作の1925年『街の手品師』を売り込んだ有名な話が残されていますが、当時は1920年代であり、欧米は日本に眼中に無く、外国には相手にされませんでした。

戦後になってようやくとはいえ、一部のみですが、相手にされることとなります。それがごく一部の連続出品に選ばれたの日本的映画の溝口健二や外国的映画の黒澤明などのみでした。小津安二郎などのように彼らよりも上の名作を残しても、他の多くの巨匠や名匠たちは出品さえも許されませんでした。


このことを下敷きに羽仁進VS黒澤明へ入ります。






今井正 日本映画監督協会 村田実 街の手品師 溝口健二 小津安二郎 羽仁進 黒澤明








羽仁進の外国ロケの映画 5本








羽仁進の外国ロケの映画 5本
1963年『楽園を求めて』 原題=Paradiso Dell'Uomo  東和映画  製作国:イタリアと日本 ジュリアーノ・トメイ(Giuliano Jomei)と共同監督 外国映画1作目
1965年『ブワナ・トシの歌』  東京映画=昭和映画 日本人によるアフリカ舞台の映画の名作といわれる
1966年『アンデスの花嫁』  東京映画=羽仁プロ 南アメリカのアンデスのオール海外ロケ、主要以外はほぼ現地民を起用 左幸子とのコンビ2作目
1971年『妖精の詩』 原題=Mio 配給=日本ヘラルド映画 製作=日本とフランス  外国映画2作目 フランスロケ
1980年『アフリカ物語』 サンリオ・フィルム 自身の最後の劇映画、アフリカロケの映画




羽仁進の外国ロケの映画は1963年から1980年までの17年にわたって、当時としてはほぼ前例の無い5本にも上ります、まさに真の外国的、先駆的映画監督です。

実は黒澤明の外国ロケの映画はたった1作のみ、ロシア映画の1975年『デルス・ウザーラ』(製作=モスフィルム 配給=日本ヘラルド映画、日本映画の公開としては独立映画扱い)だけでしたが、羽仁進は上記の5作の海外ロケ作品、黒澤明の1975年『デルス・ウザーラ』の1本のみ、よりも先に1971年『妖精の詩』を配給=日本ヘラルド映画で公開しています。部分は羽仁進は外国映画の監督をする年数が先という面と、本数で黒澤明を余裕で上回っています。もちろん制作費は『デルス・ウザーラ』のほうが圧倒的にかかっていますが、羽仁のほうが本数と年数の功労的な面でも上だといえるでしょう。





モスフィルム=Mos Film ロシア語はМосфильмはロシアの最大級の映画スタジオ1925年『戦艦ポチョムキン』、1936年『宇宙飛行』1944年『イワン雷帝』などのロシア映画歴代上位とも言える名作を制作

日本ヘラルド映画=1950年代後半から外国映画の配給、邦画の配給や映画製作も少しだけ行った全体的には映画配給会社、外国映画の配給会社として多数のヒットを導くなどの貢献、2006年3月から角川映画に吸収合併されて消滅






妖精の詩 デルス・ウザーラ モスフィルム Mos Film  Мосфильм 戦艦ポチョムキン 宇宙飛行 イワン雷帝 日本ヘラルド映画 角川映画

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外国ロケの映画 5本
1963年『楽園を求めて』 原題=Paradiso Dell'Uomo  東和映画  製作国:イタリアと日本 ジュリアーノ・トメイ(Giuliano Jomei)と共同監督 外国映画1作目
1965年『ブワナ・トシの歌』  東京映画=昭和映画 日本人によるアフリカ舞台の映画の名作といわれる
1966年『アンデスの花嫁』  東京映画=羽仁プロ 南アメリカのアンデスのオール海外ロケ、主要以外はほぼ現地民を起用 左幸子とのコンビ2作目
1980年『アフリカ物語』 サンリオ・フィルム 自身の最後の劇映画、アフリカロケの映画



じつは黒澤明とて外国ロケの映画は1作のみ、ロシア映画の1975年『デルス・ウザーラ』(製作=モスフィルム 配給=日本ヘラルド映画だけでしたが、羽仁進は上記の5作の海外ロケ作品、黒澤明の1975年『デルス・ウザーラ』よりも先に1971年『妖精の詩』を配給=日本ヘラルド映画で公開しています。この部分はは羽仁進はある意味で、黒澤明を上回っています。











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ハローキティやマイメロディなどのキャラクターでも知られるサンリオが関与している映画、同時に羽仁監督映画1980年『アフリカ物語』です。







勝負1=外国ロケ映画
羽仁進 5本 1963 楽園を求めて 1965 ブワナ・トシの歌 1966 アンデスの花嫁 1971 妖精の詩 1980 アフリカ物語
黒澤明 1本のみ ロシア映画の1975年『デルス・ウザーラ』



5対1で圧倒的に羽仁の勝利


黒澤の1975年『デルス・ウザーラ』よりも前、羽仁は4本の外国ロケ映画を監督している先駆的な要素と一定の評価が同時に存在しています。





勝負2=外国のみの制作映画
羽仁進 0本
黒澤明 1本のみ ロシア映画の1975年『デルス・ウザーラ』



これは残念ながらこれは黒澤の勝利です。事実は事実です。認めざる得ません。




勝負3=5対1で圧倒的に羽仁の勝利




日本と外国の共同制作映画
羽仁進 2本
黒澤明 0本のみ ロシア映画の1975年『デルス・ウザーラ』




2対1で圧倒的に羽仁の勝利




勝負4=外国ロケの日本製作の外国を舞台にした映画
羽仁進 3本 アフリカロケの1965年『ブワナ・トシの歌』とアンデスロケの1966年『アンデスの花嫁』、アフリカロケ2本目の1980年『アフリカ物語』
黒澤明 0本




3対0で圧倒的に羽仁の勝利



勝負5=どちらが先の外国映画を監督 外国ロケ映画の知名度 マスメディア誇張と12年前が最初の現実を都合よく無視 

羽仁進 日本と共同のイタリア映画の1963年『楽園を求めて』 下記より12年先
黒澤明 ロシア映画の1975年『デルス・ウザーラ』 上記より12年後









評価や知名度に問わず、羽仁の5本の外国ロケ映画を撮影しているという事実は評価すべきことだと考えていますし、理屈は黒澤を4本も上回っている明確な事実があります。しかも最初の外国ロケはこの2人限定だと1975年『デルス・ウザーラ』の黒澤よりも、1963年『楽園を求めて』の羽仁の方が12年も先です。これもサブではありますが一つの評価です。羽仁と黒澤は10歳以上の年の差、年齢が若い方が挑戦しやすい、有利に動ける傾向があったにしても、当時の日本映画としては非常に意味があることです。




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勝負6=映画強国対決 日本人監督対決で繰り広げられるロシアVSイタリアとフランス


羽仁進  5本 と共同のイタリア映画の1963年『楽園を求めて』、1971年『妖精の詩』 原題=Mio 配給=日本ヘラルド映画 製作=日本とフランス  外国映画2作目 フランスロケ

黒澤明 1本のみ ロシア映画の1975年『デルス・ウザーラ』 




ロシアより名作が多いフランスとイタリア この時点でわかります。



通算6戦 5対1で圧倒的に羽仁進の勝利に終りました。





黒澤は日本国内で外国的要素の強い時代劇や現代劇の日本映画を監督しましたが、直接な外国制作における外国映画はロシア映画1975年『デルス・ウザーラ』のたった1本だけです。羽仁は日本と共同のイタリア映画の1963年『楽園を求めて』と製作=日本とフランスの1971年『妖精の詩』の2作あります。またロケ作品は1作と5作の4本の大差、現在海外で監督していることはたいしたことではありませんが、当時にこれは映画監督の一つの評価です。海外が一番の評価ではなく、あくまで日本がメインの外国はおまけの評価です。


現在は品質が低く、歴代で名作が少ないロシア映画の監督が1本あるより、歴代で多くの巨匠や名匠の名作が多数有るイタリア映画とフランス映画で、1本ずつの監督数があるほうが一般的に意味がある、各上であるといえます。ロシアで監督しているよりはフランスやイタリアで監督しているほうが価値があるのは映画の基本、この国における評価部分でも羽仁が勝利しています、

日本映画の真実の歴史に詳しい人は直ぐ判ることですが、世界のクロサワは世界のミフネ(三船敏郎)と同様に言葉だけが独り歩きしすぎてしまい、現実はぜんぜん世界ではありません。この2名は世界記録はゼロ、数字的には日本だけでも上位に含まれない、ただ海外賞がどうだとかという偶然の産物と、広告会社と制作会社による海外や日本への植え付けの知名度の押し売りといっておきましょう。


日本には渡辺邦男、マキノ雅弘、牧野省三、松田定次などの世界記録を持つの日本を代表する真の世界的映画監督や片岡千恵蔵や嵐寛寿郎、尾上松之助などの日本を代表する世界記録を多数持つ真の世界的映画俳優がいます。彼らのほうがクロサワ、ミフネよりも上だと考えています。こちらのほうがよっぽど、たとえば世界のマキノです。これも真の世界的です。


知名度やイメージによる定着芸の順位はいくらでも操作できて、通産の数字は嘘がつけません。






銃弾と共に 生かされた命に感謝して [ 牧野省三 ]

マキノ家ほどの映画一家(関与数は省三、雅弘、光雄、国太郎、津川、長門、智子などの上位の合わせだけでも映画数千本)はあのアメリカ映画歴代の大スターヘンリー・フォンダの一家でさえも足元です。世界的にも他に存在していませんが、黒澤や三船クラスの映画人は日本や外国にもたくさんいます。


何故なら映画賞という外国リスペクト作品の偶然の産物ではなく、明確な記録と数字が存在しているからです。

これは当時の映画会社や広告会社の利益を得るためのイメージ定着の企業芸だったわけです。それを今も尻拭いに続けているのが悲しい現実です。羽仁進と黒澤の外国映画の6つの勝負の比較からも別な評価があることがわかります。




楽園を求めて ロシア映画 イタリア映画 フランス映画 ヘンリー・フォンダ 渡辺邦男 三船敏郎 マキノ雅弘牧野省三松田定次 片岡千恵蔵 嵐寛寿郎尾上松之助








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2020/04/15 21:29 | 邦画の探求COMMENT(2)TRACKBACK(0)  

コメント

日本のほとんどが外国企業に蜂の巣にされてしまう最悪の未来

日本の企業が日本の企業として残る、それが非常に重要、外国は2~3のサブであるべき、日本が外国企業に蜂の巣にされてしまう危険があるコロナによる経済の不安、

この経済の変化に便乗して外国企業が日本企業を乗っとる危険、日本人のほとんどが外資系企業の下で働く未来は避けてほしい、政治家は真剣にこのことを考えていない。アメリカ以上に中国は何倍も危険です。

No:275 2020/04/29 22:39 | 日本のほとんどが外国企業に蜂の巣にされてしまう最悪の未来 #- URL [ 編集 ]

週刊文春ネタガン誇張と完全無視 あってはならない報道の偏向

テレビは週刊文春ネタも秋元と元アイドルの10代は完全無視、秋元を優遇しているテレビや企業との癒着や芸能関係者など、テレビの概念そのものに負の打撃が大きいネタだから完全無視、

都合が良い前澤と剛力の復縁ネタはガンガン誇張している。事実を報道することの報道の基本に逆らうこのやり方はおかしいです。

No:274 2020/04/26 11:24 | 週刊文春ネタガン誇張と完全無視 あってはならない報道の偏向 #- URL [ 編集 ]

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