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3人の天皇巨匠と黒澤明自殺未遂事件大タブー 「鳴滝組」経由の「四騎の会」解散ど~ですか伝




3人の天皇巨匠と黒澤明自殺未遂事件大タブー 「鳴滝組」経由の「四騎の会」解散ど~ですか伝





日本映画は1889年からその歴史をスタートし、122年の歴史の中で、100名近い巨匠が存在し、名匠は200名以上、その中には様々な個性が存在してきました。ですが、マスコミはこの現実を無視と軽視を繰り返し、大暴走を続けています。


日本映画の真実に迫ることは、マスコミの植え付けている印象ほどたいしたことない外国映画の存在、日本の文化や芸術、芸能などの価値を高めることに繋がるのではないかと考えています、マスコミが強く取り上げるほんの数パーセントの巨匠だけではないその他の95パーセント以上に本当の価値を捜すことも必要だと考えています。この信念を大切にして、今回も独自な目線に迫ります。



前回記事 彼は彼らなければ存在しない 黒澤明ぱっくんちょ&イナカン 獄嘘「何故佐々木小次郎映画作られていない日本人はおかしい」






彼は彼らがいなければ存在しなかった 鳴滝組 梶原金八 全メンバー8人中で映画レジェンド6名の貢献度






黒澤明の形成にも少なからずのつながりがある、時代劇映画の名作を複数残した脚本家グループ「鳴滝組」(なるたきぐみ)の集団的ペンネームである、梶原金八やその形成人物たちにも迫りましょう。


梶原金八は八尋不二、稲垣浩、山中貞雄、三村伸太郎、滝沢英輔、萩原遼、藤井滋司、鈴木桃作からなる「鳴滝組」の集団的ペンネームです。通産実積順に表記しています。八尋不二と稲垣浩、どちらとも大レヘンドでどちらが上とも言いがたいのですが、脚本家としては事実上の世界記録があるという面で八尋不二を上にしています。


細かく言うとさらに色々言えるわけですが、生前の大林宣彦も自分の映画番組内において何度も話していますが、尊敬と親しみを込めて、大巨匠稲垣浩をイナカンともとも呼んでいます。

その彼が片岡千恵蔵の千恵プロ(千恵蔵映画)という、1国でもっとも評価された映画プロダクションに大きく関与したという面では十分に世界的です。稲垣浩は戦後の東宝時代は巨匠としての待遇を受け、天皇とも異名をとりましたが、映画監督としてはイマイチ満足できていなかったようです。生活は安定し、観客動員は十分な成功を収めていましたが、いわゆる野心を求められない巨匠の後期を過しました。

映画監督で「天皇の異名」が知られているのは歴代3名、渡辺邦男稲垣浩松田定次です。




黒澤明 脚本家グループ 鳴滝組 集団的ペンネーム 梶原金八  片岡千恵蔵

大林宣彦 イナカン 千恵プロ 千恵蔵映画

八尋不二 稲垣浩 山中貞雄 三村伸太郎 滝沢英輔 萩原遼 藤井滋司 鈴木桃作






歴代3名の映画監督「映画界の天皇」の異名 渡辺邦男 稲垣浩 松田定次と+1巨匠






渡辺邦男=マキノ雅弘、松田定次とともに、日本映画歴代ベスト3とも言われる娯楽映画の大巨匠、戦前と戦後の時代劇と現代劇で大成功、長谷川一夫や大河内傳次郎など、日本映画上位の7大主演俳優とのコンビで成功を収め、松田定次に次ぐ巨匠史上歴代上位の映画通算観客動員数と考えられます。 下の二人目に登場する監督によると、1950年代前半くらいから天皇と言われていたようである。




稲垣浩=日本映画を代表する巨匠、時代劇を代表する巨匠、時代劇四大巨匠、受賞路線と娯楽系で数十年間多様に成功、時代劇映画監督の歴代上位数選の数十本の名作、時代劇の形成と時代劇映画の黄金期を牽引した監督の一人、特に戦前の片岡千恵蔵の盟友コンビで多彩に成功を収め、戦後は大映を離れてから、東宝時代劇映画のナンバーワン監督を1970年代まで牽引、特に宮本武蔵系題材が16本手掛け、ライフワークとなる。片岡千恵蔵、阪東妻三郎、三船敏郎はコンビで成功した上位ベスト3俳優、1950年代前半くらいから天皇と言われていたようである。



マキノ雅弘 時代劇四大巨匠 長谷川一夫 大河内傳次郎 阪東妻三郎 三船敏郎 宮本武蔵


*本数はイナカンのペンネームの藤木弓と藤木九を含む、生前の巨匠沢島忠などが証言からも、「映画界の天皇」(事実上の巨匠の中の巨匠)と言われていたことが語られています。沢島忠は渡辺邦男と共に、東西の天皇と言われていたと話しています。イナカンの宮本武蔵系題材は、武蔵も登場する佐々木小次郎映画を含み、16本は改修や総集編も含んだ本数です。


沢島忠=中村錦之助の「一心太助シリーズ」、美空ひばりの『ひばりの森の石松』と『江戸っ子判官とふり袖小僧』(片岡千恵蔵の遠山の金さんシリーズ上位の名作)、「鶴田浩二の人生劇場シリーズ」などで、成功を収めた巨匠、明朗歌謡時代劇と人生劇場で任侠物映画の形成と先駆の実積、巨匠松田定次の助監督でもっとも活躍し師と仰ぐ、

以前は日本映画監督協会のホームページには、松田監督への言葉が乗せられていました。忠臣蔵映画を3本撮った監督という内容に言葉ですがこれは大オールスターという意味かもしれませんが、正確にはもっと忠臣蔵映画を撮っています。


+片岡千恵蔵出演の人生劇場シリーズは日活と東映で3本存在するため、鶴田浩二の~をつけている


日本映画監督協会



松田定次=日本映画最大最盛期中に東映の7年連続1位の牽引監督でオールスター監督とも言われ、脚本の比佐、撮影の川崎と共にホームラントリオとも言われ、数十名の名匠の中で最盛期の最多年俸を記録、主演320を越す両御大こと、片岡千恵蔵、市川右太衛門の巨星俳優コンビのみだけでも数億人の観客動員を記録しました。東映の連続1位のときから天皇といわれていた。



藤木弓 藤木九 沢島忠 映画界の天皇

中村錦之助 一心太助シリーズ 美空ひばり ひばりの森の石松 江戸っ子判官とふり袖小僧 片岡千恵蔵の遠山の金さんシリーズ 鶴田浩二 人生劇場シリーズ 明朗歌謡時代劇 任侠物映画 佐々木小次郎映画





稲垣浩自身は戦前の自分がもっとも野心的でいられた時期である、千恵プロ時代がもっとも自分の映画人生の中で優れた時間だったというエピソードを所駅の中で話しています。千恵プロが成功しなければ自分の生活や、映画人生の先が見えない挑戦と危険の連続だからこそできる映画にあったのです。

彼は一国においてこれほど評価された個人の映画会社は存在していない、世界的に稀なる評価すべきことだとも話しています。まさに後の映画人よりも前、1930年代に世界の千恵プロが存在していました。映画制作100本強で20以上の名作を確実に残したこと(ヒット作含むトさらに増える)は、当時の日本や外国でもほぼ考えられない成果でした。

さらに稲垣と同じ鳴滝組の山中貞雄、三村伸太郎、滝沢英輔、萩原遼も日本映画の映画人としては、大きく功績を残した人物たち、滝沢英輔、萩原遼は映像化監督の要素が強かったと評価されているわけですが、それでもかなりの功績を残しています。

6名以外の2名の藤井滋司、鈴木桃作(土肥正幹)は一般的に活躍できたと、言い難い、個人通産実積に留まっていますが、全体的に成功を収めた世界的に稀な映画作家集団だったこともわかります。鈴木桃作は監督そのものの代表的なものが数本、藤井滋司は鳴滝組以外にも脚本を40本以手掛けていますが、代表的なものは10本以下に留まり、当時としては上記の5人に様に大きな活躍できたとはいいがたい個人実積です。

実はこの鳴滝組は日本映画全体へ多様な映画人の活躍を促すことにつながり、黒澤明へも大きな影響を与えていたと考えられます。

土肥正幹






彼は彼らがいなければ存在しなかった 四騎の会と鳴滝組から『どですかでん




そのイナカンを含めた鳴滝組の影響とは何か、会社としてであり、かなり路線が違うものの、戦後の吉村公三郎や新藤兼人の近代映画社やATGなどの独立系への影響も少なくはありませんが、木下恵介、市川崑、小林正樹、黒澤明による四騎の会は強い影響ともいえます。彼らは戦後メインの4巨匠です。


吉村公三郎 新藤兼人 近代映画社 ATG 木下恵介 市川崑 小林正樹 

四騎の会



黒澤明は1970『どですかでん』(配給=東宝)の1本のみでしたが、映画人による四騎の会(木下恵介、市川崑、小林正樹、黒澤明)を結成しています。この四騎の会は彼がサード助監督や製作主任、助監督時代に数本も関与した鳴滝組や梶原金八、同時にそのメンバーの映画の影響もあるといえます。本人がないといっても、現実に1930年代メインの活動で成功を収めた鳴滝組や梶原金八、同時にそのメンバーの映画流れの後に、関与している事実と彼そのものや四騎の会が存在する事実があるので、何の言いに逃れはできません。

どですかでん


一流の映画人なら、先輩たちのように自分たちの個性を押し出した映画の制作やそのメンバー活動もしたい、鳴滝組のメンバーでもあり、大先輩の稲垣浩が目に浮かんでいたのかもしれません。ですが、四騎の会は鳴滝組のように成功したとはいえませんし、事実上の失敗したともいえます。四騎の会は『どですかでん』1本で解散、都合が良い切り取りの実積ばかり誇張して持ち上げているマスコミが取り上げない、黒澤明の映画人生の大失敗の一つとなっています。





どですかでん 予告篇

黒澤明の自身の少ない映画31本(日本歴代100名ほどの映画巨匠の中でも最下位付近、実写のワーストの評価の今村昌平の22本よりは本数が上)の中でも、独創性ナンバーワンとも言われる異色映画、『どですかでん』の予告篇、作品の雰囲気を知る事ができます。映画はリアリズムだけだと、突き抜けたものにはなりません。なんらかの作家性やその虚構というものは大事だったりする。貧乏な暮らしと生々しさ、映画らしい虚構なども取り入れ、ドキュメンタリー要素に向き合い、ベテランの名喜劇人の伴淳三郎や丹下キヨ子もいい味を出しています。


今村昌平 伴淳三郎 丹下キヨ子



どですかでん[東宝DVD名作セレクション]
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高画質のブルーレイ版、主人公の頭師佳孝(ずしよしたか)の中心画像は異なるものを使用、コチラのほうが個性的な顔が強調され、大きく見える。頭師佳孝といえば、同じ東宝の1972年の名作学園ドラマ『飛び出せ!青春』(全43話)の助演のイメージも強烈なインパクトがありました。


頭師佳孝 飛び出せ!青春








「鳴滝組」経由の「四騎の会」解散ど~ですか伝の動画






『どですかでん』の主演の個性は俳優の頭師佳孝は05分48秒から登場します。


飛び出せ青春のキャストの現在【出演者は今どうしてる?】


独自な解釈をみせている個性的な動画、正確には活躍というよりは、活動はしています。現在の芸能界は、厳しかった本当の芸能があった映画時代の様に数年当たらないと首を切られることがめったにないため、不祥事やトラブルがなければ、活動だけなら年数だけは長くできる時代、この動画では頭師佳孝を実力派俳優と取り上げていますが、『どですかでん』のように、監督の演技や映像の収め方で俳優は良く魅せれるもの、名匠の映画に出れば、こんなことは当たり前の事実、個人的には実力派俳優というよりは個性派俳優です。

名匠の映画に出ても変化が無いことが逆に素体の最低限さえも疑わしくなるくらいです。

青木英美も触れていますが、映画愛子としては『飛び出せ!青春』よりも太陽にほえろの印象も強い。七曲署のおちゃくみで出ていました。

13分05秒は平野文の登場。描写の個性的な表情の顔を使用、一瞬は笑いかける。動画内で平野文にも触れていますが、古川登志夫も出演しています。のちの1981年からのテレビアニメや劇場版アニメなどの『うる星やつら』の声の出演、主演と第一ヒロインで共演するとは当時は思わなかったことでしょう。『うる星やつら』の諸星あたる役で共演、『うる星やつら』は個人的に歴代上位のテレビアニメとして評価しています。

現在のテレビアニメは視聴率も深夜やBS系は1パーセント以下が多く、1980年代前半の本放送時の『うる星やつら』は15パーセント以上を記録したことが多数ありました。時代の違いがあれど、現実の事実のみだと15倍も違うといえば違います。


青木英美 平野文 古川登志夫 うる星やつら








彼は彼らがいなければ存在しなかった 有名な黒澤明の自殺未遂事件のタブー






その後の有名な1971年の黒澤明の実積のタブーとされている”自殺未遂事件”にも繋がりますし、これもマスコミは無視しています。彼の事実も知っていただきたいからあえて取り上げています。これも本人にとってあまり良いこととはいえません、

スプリクターの野上照代も当時の証言に触れていて、『どですかでん』の撮影が精神的に不安定にさせるかなり堪えるものだったように伝えています。『どですかでん』は顔面神経痙攣症の持病の障害者の人物も登場させ取り扱い、難しい題材、同時に悲喜劇的な映画であり、笑いの中に悲しみがある内容ともいえ、どうしようもない自虐的要素も描かれ、自分の外国映画『トラ!トラ!トラ!』の監督ができなったことと、北方領土を奪った反日国のロシア『デルス・ウザーラ』の映画監督への不安、自虐的の蓄積を呼び覚まし、この3本から自分の気持ちが暴発してしまったのかもしれません。


*スプリクター=映画現場の記録や管理、戦前から戦後の最盛期の日本映画では「記録」とも表記される



ラ!トラ!トラ! デルス・ウザーラ スプリクター



また、四騎の会が、この『どですかでん』1本で解散したことも、更なる精神的な負担を招いていたともいえるか見えません。4つ負担が同時にあったのか。







顔面神経痙攣症(引用)
顔面けいれんは顔の半分が自分の意志とは関係なくけいれんする物で、人前の緊張、ストレス、疲れ、強い閉眼などの顔面筋の運動などで誘発されやすくなります。 通常目の周りから始まり、徐々に口元へ広がります。 初めのうちはまぶたの疲れ時に出るまぶたのぴくぴくする症状と見分けが難しいときもあります。



顔面神経痙攣症


顔面神経麻痺になったら!絶対に3日以内に見る動画! (15分間)


医師だと思われる方による説明や対処などの動画、『どですかでん』と関連付けても劇中の内容の理解が深まります。






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2021/09/15 18:28 | 邦画の探求COMMENT(2)TRACKBACK(0)  

彼は彼らなければ存在しない 黒澤明ぱっくんちょ&イナカン 獄嘘「何故佐々木小次郎映画作られていない日本人はおかしい」







彼は彼らなければ存在しない 黒澤明ぱっくんちょ&イナカン 獄嘘「何故佐々木小次郎映画作られていない日本人はおかしい」





彼は彼らがいなければ存在しなかったのかもしれない。彼らが流れが無いので、存在しても違うものになっていたでしょう。

彼らとは梶原金八やその「鳴滝組」、同メンバーたちです。


黒澤明も大きな影響を受けた梶原金八やその「鳴滝組」、今回はその部分に関して迫りたいと思います。日本映画を壊した電通や日本映画界やマスコミが伝ええることを嫌い、外国人が知らないクロサワの裏の顔やタブーのいくつかに踏み込みます。



前回記事 黒澤明パクリ疑惑再浮上「群盗から七人」 電通の五輪開閉会式の日本文化は無能テロ 在日No.1俳優と鳴滝組の接点暴露






彼は彼らがいなければ存在しなかった マスコミが騙してきたクロサワの正体の一部







前回登場している『戦国群盗伝 総集編』、前後編の3本の脚本は梶原金八(メインは山中貞雄)、黒澤明はサード助監督で参加した作品でした。時代劇映画の名作を複数残した脚本家グループ「鳴滝組」(なるたきぐみ)の集団的ペンネームの梶原金八へ関与していました。

戦国群盗伝 総集編 

黒澤明は、自分が突き抜け優れていて大きく活躍したというよりは、周囲や先人たちの影響が大きい監督で、もちろん才能もありした。前回も一部取り上げている、梶原金八以外の影響も数多くあります。

さらに稲垣浩や伊丹万作(作家押し出した時代劇で多くの代表作)、日活初期の外国系作品を得意とした左翼監督として知られる村田実などの影響も大きく、現代劇も時代劇も日活映画の影響も大きいといえます。作家押し出した時代劇という面で伊丹万作の影響もあり、大型作品は戦前にもっとも多くの大作時代劇映画に主演した、大俳優の大河内傳次郎の流れ、時代劇の父こと、伊藤大輔の影響もあります。

鳴滝組 梶原金八 山中貞雄 黒澤明 サード助監督



次は少し反れますが、路線だけではなく、俳優に関しても影響は大きく、黒澤明とコンビを組んだ三船敏郎のデビュー当時、東宝のトップ級先輩でもあり、大河内傳次郎などの流れを強く受け、事実上の系図、後継俳優の一人でもあるからです。などの部分は阪東妻三郎や片岡千恵蔵です。当り役は千恵蔵の宮本武蔵のリブートの大影響ですが、大河内の日活の大作や、伊藤×大河内のコンビ展開、大河内などの戦争映画を含めた東宝としての流れとすると、一番は大河内傳次郎だと考えられます。

三船敏郎

それは極端ですが、伊藤×大河内のコンビ展開⇒黒澤×三船のコンビ展開、稲垣×三船のコンビ展開につながっているともいえます。あえて極端に分けると、黒澤×三船のコンビ展開は時代劇と現代劇の前衛系路線、稲垣×三船のコンビ展開は時代劇の娯楽系路線でした。また稲垣×千恵蔵、伊丹×千恵蔵のコンビよりは、伊藤×大河内のコンビ展開の方が全体としては、大きいように思えます。

言うまでもありませんが、宮本武蔵映画(武蔵映画)は同イナカンつながりで、稲垣×千恵蔵⇒稲垣×三船と流れがあります。ですが、これは全体的とはいえません。あくまで部分的という範囲です。もちろん千恵蔵の武蔵は伊藤×千恵蔵も改修版を含むと6本がありました。

*東宝の時代劇のそのものが日活の流れを受けていると判断しています。

宮本武蔵映画 武蔵映画



また、サード助監督で参加した1937『戦国群盗伝 総集編』、『戦国群盗伝 前篇 虎狼』、『戦国群盗伝 後篇 暁の前進』や制作主任参加の1938『地熱』は滝沢英輔が日活の名監督(一時的に東宝でも監督)、「戦国群盗伝」の脚本などの山中貞雄や製作主任や助監督作品で、脚本の三村伸太郎や、直接な関与の無い八尋不二、その梶原金八やその「鳴滝組」、脚本などもこの影響が大きいともいえます。

戦国群盗伝 前篇 虎狼 戦国群盗伝 後篇 暁の前進



黒澤の日活でも監督歴があり、東宝の直接の師匠といえる、山本嘉次郎の影響の作風への影響は不思議と少ないものといえます。



稲垣浩 伊丹万作 左翼監督 村田実 大河内傳次郎 時代劇の父 伊藤大輔

山本嘉次郎 地熱

伊藤×大河内 黒澤×三船 稲垣×三船 稲垣×千恵蔵 伊丹×千恵蔵






彼は彼らがいなければ存在しなかった すでに巨匠だった時代劇形成の大先輩稲垣浩の大影響






間接的な影響と直接的な影響があります。彼が外国的な路線へ歩んだのは、千恵蔵映画の流れを経て、戦後の東宝時代劇の娯楽路縁のナンバーワン監督で、既に巨匠だった稲垣浩(愛称はイナカン)の影響は大きなものだったといえますし、個人的にはかなり大きいと考えています。黒澤自身の監督作品そのものへの方向性にも大きな影響があったといえます。



千恵蔵映画 バンツマ映画



稲垣は千恵蔵映画、バンツマ映画、大河内コンビなど、黒澤の登場前の1930年代中心に前衛と娯楽の両方で大成功している通り、前衛路線でも活動可能な監督、もちろん複数の大作でも成功を収めています。彼が戦後も前衛路線、外国的路線、もっと大作路線であったとしたら、黒澤明の監督路線はもっと娯楽的な要素が強いものになってでしょうし、日本的な映画が多く、戦後は多く貰いやすくなっていた受賞路線へ向うことは少なくなっていたでしょう。大先輩がいたことで、若手の路線が定まったもいえます。



稲垣は、東宝の関連でもあった時期の新東宝の1948『黒馬の団七』を監督した後、1950『佐々木小次郎』から、東宝の専属監督となりました。東宝のみだと黒澤は生え抜き、1943年監督デビューであり、年数も長いわけですが、稲垣は移籍組、映画監督としては15年ほど先輩です。同時に時代劇映画の監督として、代表作本数は生涯でも上回ることがなかった大先輩です。


黒馬の団七


しかも東宝1本目を含む、大谷友右衛門主演の『佐々木小次郎』は3部作は、年間ベスト10ランクイン含む、1000万級の大ヒットを記録しました。さらに総集篇も制作、事実上の4本目も製作されています。3本目と総集編に宮本武蔵で三船敏郎も出演しています。総集篇は何度か再放送され、録画済みです。『佐々木小次郎』は3部作は東宝にとって娯楽路線の時代劇映画として、かなり大きな意味を持つ映画です。






巌流島の武蔵と小次郎は日本人が忘れた真剣勝負の清さとそれゆえの危険の両面性を知る優れた題材






実は外国でも世界的に幅広く人気と知られている宮本武蔵や、その二刀流(大谷翔平より前から)ですが、外国人で佐々木小次郎の映画は作られていることを知らない人がいました。

宮本武蔵は、いわゆる二刀流はる二刀流の開眼以降をそんなに多くやってはいません。部分的に用いたというのが現実です。これは吉川英治の原作小説や映画やドラマでも同様、佐々木と対した巌流島でも同じです。相手と同じ立場でなければ、真の雌雄はけっせませんし、ただの卑怯者になってしまいます。

*雌雄=戦って勝敗を決めること。 優劣をつける


外国人は勝てばなんでもよいとやる、日本人は清く、正々堂々とやる。良い部分と問題がある部分があります。巌流島の武蔵と小次郎は、日本人らしさや見習うべき清さや尊さ、真剣勝負の末なら勝敗はこだわらない、勝ちも負けも称えあう価値があるなど、良い部分を伝えていますし、現代の日本人にも是非知っていただきたい部分ですが、それゆえに外国人にはこれが通用しない危険も考てもらえれば幸いです。

南モンゴルのように土地をバンバン購入し、多くは放置する日本侵略を進めている、反日国の中国や韓国などには、これは通用しません。

この両面性を学ぶためにも意味がある題材です。




数年前に「日本人は何故、佐々木小次郎の映画は作られていないんだ、日本人はおかしい」と話している外国人が出演していたテレビ番組を見たことあります。テレビ東京のあの番組です。


「何故佐々木小次郎映画作られていない日本人はおかしい」

大谷翔平

「作られているよ、60年以上前に」といいたくなったことを覚えています。商品化されていない映画なので、映画の初心者の外国人は知らないようです。テレビなのでこの外国人の話したことそのものが、台本の可能性もありますが、これは印象に残るものでした。


ブログ題名の「彼は彼らなければ存在しない 黒澤明ぱっくんちょ&イナカン 獄嘘「何故佐々木小次郎映画作られていない日本人はおかしい」」の「獄嘘」は投獄されているような無恥の嘘のことです。映画愛子発の造語です。





佐々木小次郎
 巌流島の武蔵と小次郎


*大谷友右衞門は歌舞伎俳優の七代目 大谷友右衞門(1920年~ 2012年)のことです。






大谷友右衛門主演 稲垣浩監督の佐々木小次郎4本と主題歌を治めた貴重なSP盤復刻CD







大谷友右衛門主演、稲垣浩監督の佐々木小次郎4本

1950.12月『佐々木小次郎』
1951.03月『続佐々木小次郎』
1951.10月『完結 佐々木小次郎 巌流島決闘』(別題『完結 佐々木小次郎』)
・・・・・・・・『佐々木小次郎 総集篇』



佐々木小次郎は悲観の美学を描いた作品です。主人公は最後に負けることをわかっている、話の展開やオチで描くアメリカ映画などにNOを押し付けていることも日本の個性の一つであり、非常に重要です。映画は一概にストーリーではないのです。最後は散るからこそ、決まっているからこそ、できる描けるドラマがあるのです。


千恵蔵版の宮本武蔵で佐々木小次郎を演じ、10つほどある代表的役の一つにした、大名優の月形龍之介は1、2、総集編で「南屋十兵衛」役、三船敏郎は3本目と総集編に宮本武蔵役、山根寿子はヒロインの兎彌役で4本に出演

で出演しています。またこの4本の稲垣浩は、藤本弓名義で脚本参加、同時に稲垣浩は製作も務めています。

原作兼脚本参加は長谷川伸の弟子としても知られる、名時代小説家の村上元三、音楽は日本映画音楽上位の数十本の代表作がある深井史郎、さらに三人目の脚本参加の松浦健郎も戦後に100本以上を手掛け現代劇と時代劇の両方で活躍した脚本家です。

*藤本弓は稲垣浩のペンネームとして知られている。


月形龍之介 南屋十兵衛 山根寿子 兎彌 藤本弓

長谷川伸 村上元三 深井史郎 松浦健郎


悲観の美学


主演の大谷友右衞門は、この佐々木小次郎4本以外は、主演の大きな成果を残せず、1955年に映画界を去っていきました。この佐々木小次郎役の上手くイメージを壊すことができなかったわけです。1964年に四代目 中村雀右衛門中村雀右衛門 (4代目)襲名し、女形で高いj評価をし続けて、1991年に人間国宝の認定(重要無形文化財保持者各個認定)を受けました。


七代目 大谷友右衞門 中村雀右衛門

人間国宝 重要無形文化財保持者各個認定

続佐々木小次郎 完結 佐々木小次郎 巌流島決闘 完結 佐々木小次郎 佐々木小次郎 総集篇





日本映画主題歌集(9)戦後編

メーカーは日本コロムビア、発売年は1996年のSP盤復刻、13本の名作から21曲が収録。3曲目と4曲目に『佐々木小次郎』は3部作の主題歌が収録されています。これは非常に貴重です。


3  東宝「佐々木小次郎」~佐々木小次郎旅姿 / (00:03:14)
4  東宝「佐々木小次郎」~珊瑚の島唄 / (00:03:31)



佐々木小次郎旅姿 珊瑚の島唄







まさに作られてきた人物 多くの先輩や周りのライバルによる形成







稲垣浩はクロサワに大きな影響を与えているので、まったく反れたもいえませんが、ようやく本筋側の黒澤明に戻ります。

もちろん松竹の木下恵介や小林正樹などの比較的年齢が近い、外部監督のライバルの影響も少なくはありませんが、同東宝としては同東宝の豊田四郎の文芸路線の影響も彼の監督作に影響を得た得ています。東宝の先輩である豊田は日本的作風の文芸路線の映画を多数手掛けました。黒澤も初期に日本的な文芸を活動的に描く作品をいくつか監督していますが、文芸路線は豊田に譲る形で、外国的な大作映画を撮る撮る路線に向うことになりました。勿論これは、多くの先人の流れや、同東宝の他の監督の影響があってこその展開ができたわけです。


木下恵介 小林正樹 豊田四郎 北野武


だいぶ簡単に取り上げていますが、影響だけでも、細かく書くとさらにあります。彼は周囲や先人の畑に作られているという、マスコミが伝えない事実を知っていただけたらと思います。優れていたのは彼は彼自身だけではなく、個人的には彼自身はそこまで優れていたとは考えていない側ですが、当時の日本映画が非常に優れていたことが、生み出した人物の一人だったのです。


簡単に言えば、悪く言えば、パク・の名手です。詳しくない方はこれさえも気づかないかもしれません。マスコミは後付けで誇張した雰囲気や、都合よく誇張して電波に広められた実積のような、空気が存在しているからです。マスコミが作り上げた大半は日本映画のイメージの誇張は悪です。


次回もさらにぱっくんちょの名手に迫ります。パク・の名手と書いていますが、これは褒め言葉です。北野武は東映のやくざ映画の影響は強いし、こちらもぱっくんちょ監督なわけですが、彼よりはさすがにクロサワの方が断然評価できます。





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