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「時勢は接吻の彼方に」 菊池寛は映画原作者歴代上位の実り 死後70年以後も多大な影響が続く砲台





「時勢は接吻の彼方に」 菊池寛は映画原作者歴代上位の実り 死後70年以後も多大な影響が続く砲台






文春砲を生み出した。

映画原作者歴代上位でもある大作家の菊池寛をご存じでしょうか!

現代であれば”文化勲章”に値する大人物、彼に関しても、

映画監督だと小津安二郎や溝口健二、
俳優だと片岡千恵蔵、長谷川一夫と同様に

ただ時代が早すぎたのだ!

その彼の原作の映画の功績に迫ります。



菊池寛

小津安二郎 溝口健二 
片岡千恵蔵 長谷川一夫




前回の記事
【貴重写真7枚砲】「K」&松本人志が転がる週刊文春の菊池寛×片岡千恵蔵の「幻の映画」が蘇る。3名女優×明治二十三の国賊演説








菊池寛 映画原作者としても歴代上位 実業家と作家の大成功 週刊文春、芥川賞、直木賞、菊池寛賞の創設 死後70年以後の現代も多大な影響が続く







菊池寛 1888年12月26日生まれ、1948年3月6日に59歳没

実業家としても文藝春秋社の週刊文春が生まれ、芥川賞、直木賞、菊池寛賞の創設に尽力、原作者としての活躍と多くに面において出版界に貢献し、同時にマスコミや芸能に現在も大きな影響を与え続けています。

現代からすれば59歳没は、早めの人生です。

文藝春秋社 週刊文春 芥川賞 直木賞 菊池寛賞



主な上位の代表作7選と原作の出版年
『屋上の狂人』(1916年)
『父帰る』(1917年)
『無名作家の日記』(1918年)
『忠直卿行状記』(1918年)
恩讐の彼方に』(1919年)
『藤十郎の恋』(1919年)
『真珠夫人』(1920年)


代表作の上位7選の全てがデビューから5年圏内であるところが特徴です。作家としてピークが短すぎたともいえるかもしれません。

菊池寛は、100本を越す映画化を記録しています。これは日本歴代の作家の中で、吉川英治(210本ほど)、大仏次郎(大佛次郎、185本強)、川口松太郎(160本ほど)などに次ぐ歴代10選に含まれます。

そして、現代劇が8割以上の原作者では日本歴代1位だと考えられます。これが彼の映画関係者としての大きな評価です。7割台以上を含むと川口松太郎に次ぎ菊池寛は2位です。川口松太郎の映画は160本を越していて、本数は菊池と60本の大差があります。

吉川英治 大仏次郎 大佛次郎 川口松太郎


吉川英治や大仏次郎はほとんどが時代小説なので、現代劇中心だとこの両名が映画化本数の1、2位といえます。菊池寛は映画の原作者としても、歴代上位である事実は意外と知られていない重要な事実です。本数的に世界的なレベルです。








菊池寛の映画化 生涯唯一の達発監督と共に最初はほろ苦いものだった?






最初の映画化(映像化)とされているのが、『砂上の家』(松竹) 監督・主演は関根達発 サイレント映画で、短編だったと考えられます。

関根達発(読み・たっぱつ)は日本映画の現代劇路線の黎明期の映画スターの一人であり、名優です。映画110本以上に出演、1914年の大ヒット作『カチューシャ』で相手役が有名です。この映画が日活初とされる空前の記録的なヒット作、映画ポスターも残されています。


砂上の家 関根達発 カチューシャ


この関根達発が生涯唯一の監督作としたのが、菊池寛の映画化作品の『砂上の家』です。互いにとって記念すべき価値に残る映画ですが、互いに評価されることはなかったようです。ヒットした、または成功の記録ないためです。関根はこの監督のみで俳優に専念しています。


菊池寛の初映画化作品はほろ苦いものだったのかもしません。








初の時代劇の原作 『時勢は移る』の3度の映画化 主演助演の3名優の陰






1924年の『時勢は移る』が初の時代劇の原作、主演の杉田源之丞は、嵐璃徳(戦前に存在した伝説の映画会社の帝国キネマのナンバーワン俳優、単独主演170本を越す大スター)、1930年には林長二郎(のち長谷川一夫)主演で再映画化、1938年には中村時三郎(中村時之介)主演で3度目の映画化されています。



嵐璃徳は、日活の尾上松之助、松竹の澤村四郎五郎に次ぐ、1920年代前半の時代劇三大スター、事質3人目ともいえる映画スターです。記録は270本ほどが確認できますが、映画300本以上に出演したと考えられます。


時勢は移る 杉田源之丞 嵐璃徳 帝国キネマ 林長二郎 長谷川一夫 中村時三郎 中村時之介



時勢は移る』は菊池の上記の代表作に含まれていませんが、3度の映画化からもわかるように評価された原作とその映画だと考えられます。


父帰る・藤十郎の恋 菊池寛戯曲集 (岩波文庫 緑63-4) [ 菊池 寛 ]





1924年に阪東妻三郎主演、沼田紅緑監督の『時勢は移る』という同名の映画が製作されていますが、これは菊池の原作ではなく、馬場春宵という無名な映画人の原作です。監督5、脚本8、原作4が確認できますが、活躍した人物と言えません。


新国劇の舞台の大スター澤田正二郎主演、マキノ青司(牧野省三)監督の『国定忠次(1925)』の脚色参加が唯一の有名作であり、事実上の代表作です。彼も日本映画の父・牧野省三の膨大に存在した事実上の門下だったようです。





時勢は移る』の3度目の映画の主演の中村時三郎(のちの中村時之介)、中村時之介というと、戦後の映画大スター中村錦之助(萬屋錦之介)や美空ひばりが中心の脇役俳優として、映画200本以上の出演で知られている名優です。戦前の中村時三郎時代に、3本の主演作のうちの1本が、1938年の『時勢は移る』です。


1924年『時勢は移る』の翌年1925年に『恩讐の彼方に』が公開、澤田正二郞が下僕役で主演、映画の殺陣の概念の形成に大きな影響を与えた人物です。『恩讐の彼方に』は舞台でも演じた記録ある題材で、原作は上位の代表作に含まれています。


阪東妻三郎 沼田紅緑 馬場春宵 新国劇 澤田正二郎 マキノ青司
牧野省三 国定忠次(1925) 中村錦之助 萬屋錦之介 美空ひばり

恩讐の彼方に







第二の接吻の『京子と倭文子』の3本の競作と戦後の没後の28年ぶりの4本目






1926年『京子と倭文子』は、日活、松竹、聯合映画芸術家協会の3社競作、菊池の「第二の接吻」が原作です。





京子と倭文子』の3本の競作と戦後の没後の4本目

聯合(聯合映画芸術家協会=伊藤映画研究所)版の『京子と倭文子

 大巨匠・稲垣浩の父の舞台俳優の東明二郎(父親役)を押し出した映像化、吉村哲哉(のちの風間宗六)の主要 主要の京子と倭文子役の女優は無名 監督・脚本=伊藤大輔 伊藤映画研究所の大巨匠伊藤監督が映画人6年間の大河内傅次郎との名コンビのスタート前です。
松竹(蒲田)版の『京子と倭文子
聯合版と異なり、松竹の当時のスター女優の筑波雪子と松井千枝子の2名を押し出した映画、鈴木傳明と3名が主演 監督=清水宏、当時はデビュー3年目の若手
日活(大将軍)版の『京子と倭文子』   
岡田時彦、岡田嘉子、梅村蓉子の豪華3名主演 監督=阿部豊 応援監督=溝口健二 米国で「ジャック・アベ」の俳優経験を持ち、巨匠セシル・B・デミルの映画出演履歴の、多作100本近い名匠の阿部豊と大巨匠溝口の豪華組み合わせ 当時の3スターを押し出した松竹版と近い形だとわかります。




京子と倭文子 聯合映画芸術家協会 第二の接吻

稲垣浩 東明二郎 吉村哲哉 風間宗六 伊藤大輔 伊藤映画研究所 大河内傅次郎

セシル・B・デミル

筑波雪子 松井千枝子 鈴木傳明 清水宏
岡田時彦 岡田嘉子 梅村蓉子 阿部豊 ジャック・アベ


さらに競作3本後の事実上の4本目が戦後に公開

菊池寛が1948年の没後に公開された1926年以来の28年ぶりの4本目が1954『第二の接吻』です。製作=滝村プロダクション 配給=東宝 監督=清水宏 主演は川辺京子=三浦光子、山内倭文子=高峰秀子、村川貞夫=池部良

ポスターにはオールスターキャストとありますが、これは正確ではありません。


三浦光子 高峰秀子 池部良




第二の接吻』画像
第二の接吻




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1919年の原作の代表作の一つ、1925年に映画化の『恩讐の彼方に






菊池寛 恩讐の彼方に


大正8年(1919年)「中央公論」江戸時代後期に、豊前国(大分県)の山国川沿いの耶馬渓にあった交通の難所に、青の洞門を開削した実在の僧の史実に取材した作品。



1919年の原作の代表作の一つ、1925年に映画化の『恩讐の彼方に』の朗読 雰囲気がなんとなくわかります。






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100年に1人、いえ今後も人間レベルでは登場し得ない

類い稀なる主演俳優の片岡千恵蔵

2023時点の430本強を確認、主演は390本強、長編系主演俳優世界歴代1位、代表的主演映画本数も世界歴代1位





千恵蔵VSチャップリンVSオードリー 大規模大差80&20の「現実みろーゲンジツ」 日本人でさえない「共産主義小規模俳優」を数十年間宣伝する「受信料をむさぼる奴ら」 その「狂い過ぎた忖度」理由






チャップリンは短編系でありながら、なな、なーんと、たった80本(公式82本)
未公開含めると数本プラス、多めにみても代表的20本ほど,

複数の名作があることも事実ですが、代表作たった20本程度の小規模俳優です。

千恵蔵の5分の1越す超大差!!千恵蔵の代表的220本越え、
チャップリンは千恵蔵よりも代表的主演映画は10分の1以下、
突き抜けた頭上と足元の大差

チャップリンが活躍した時期のアメリカ映画のライバルは、千恵蔵が活躍した時期よりもだいぶ少ない

競い合いさえ千恵蔵のほうが格上、しかも戦後は子供の年代の若手と競い合って上回っています。
戦後の最盛期の映画スターもアメリカより日本のほうがだいぶ多い

さらに千恵蔵は戦前と戦後と通じて長期間のピークで大活躍したが、チャップリンはサイレント期の短期間のピーク

マスコミは共産主義者が大大、大好きだ。NHKはチャップリンを長年誇張し続けている。

自分たちから日本を貶めて、自虐って「外国からお金ほしーの」ってか、国民を馬鹿にするに程がある。

最近のNHKは彼が登場する社会主義要素の強いドキュメンタリー番組を放送していました。

NHKによる長年のチャールズ・チャップリンの実積誇張の理由の一つに、アメリカとイギリス(生まれの)の先進国2か国の同時忖度ができる大変な便利さがあります。たった27本の映画出演のオードリー・ヘップバーンとも通じます。オードリーの場合は生まれや育ちは、晩年は欧州の数か国、俳優の活躍はアメリカです。忖度は一度で2度おいしいのです。

チャップリンはたった80本、代表的たった20本俳優、これを数十年も誇張していることに大きな違和感を感じます。しかも日本人でもさえもない外国人です。



チャールズ・チャップリン 共産主義者 オードリー・ヘップバーン


さて本題です。

松本人志&吉本興業VS週刊文春の対立が激化するさなか


週刊文春「文春砲」を作った男の菊池寛と、2023年生誕120年、2024年生誕121年の片岡千恵蔵は重なっていた。


その事実に、貴重写真7枚と、某感謝溢れる動画を絡め独自に迫ります。


前回記事  コレ最低でも59です。
何ということだ!片岡千恵蔵の成功役数59役の世界1位超絶仰天 国民的20有名18以外21 7つの年代と国民的9役の超絶大成



片岡千恵蔵 菊池寛


松本人志 吉本興業 週刊文春 文春砲






幻の映画とされてきた秀作『明治の兄弟』のオープニングにクレジットされる全内容







日本の国際的な確固たる地位と近代化による急激な国土強靭化の流れを築いた明治時代、千恵蔵が「風雲」で演じた西郷吉之助(西郷隆盛)と中村半次郎、『維新の曲』では西郷隆盛のみを演じていますが、彼らの功績が現代の日本の現在を構築しているとも言えます。

明治の兄弟』は、明治時代を生きるある兄弟の立場の違いや交錯とすれ違い、周囲の人間模様、政治的な要素も絡まり、全体は文芸的(文芸映画)にまとめています。日本の急激な近代化の血と汗と涙、先人たちへの感謝の念を高めてくれる秀作ともいえる映画、江戸時代までか、それ以降の区分で分ければ、現代劇と言えます。


風雲 西郷吉之助 西郷隆盛 中村半次郎 維新の曲


明治の兄弟






明治の兄弟』のオープニングにクレジットされる全内容



明治の兄弟 OPタイトル



ー-----

大映作品

ー----

明治の兄弟

制作 昭和二十一年一月

ー----

原作 菊池寛

ー----
脚本 伊藤大輔
撮影 川崎新太郎
ー----

櫻田欽次郎 片岡千恵蔵

ー----
櫻田誠一郎 月形龍之介 
大木 喬 阿部九州男
比企田 昌 原健作 
ー----
警保局長 香川良介 
櫨見祐之 寺島貢  
荘司 務 南部章三
志原 隆 原聖四郎
赤石常蔵 光岡龍三郎 
ー----名優8
馬車の客阪出 水野浩 
尾上重伸 島田照夫(片岡栄二郎)
佐々木 堀北幸夫
友成 嵐長三郎  *名優×
重藤 柴田大順 または柴田大須  *名優×
蒲生 越川一  
矢代 岬弦太郎(久世竜)
神田 上田寛
ー----名優14
富山 若松文男
学生 藤崎正男   *名優×
地元 葉山富之輔
八幡 石倉英治   *名優×
平沢 福井隆次   *名優×
浜地 大河原左雁次    *名優×
お玉 北條みゆき   *名優×
小半 柳恵美子
ー----
お雪 市川春代 
玉千代 月丘夢路 
母 もと 毛利菊枝 
ー----名優20または19名

監督 松田定次

ー----



*名優×以外は名優やスター俳優です。

*名優20または19名についてや他に伝えたい部分はいずれリンクを張る公開予定の裏記事で触れます。


一瞬、大映の社名ロゴが表記、次に大映作品とどーんと画面全体の表記から、監督松田定次(千恵蔵と黄金コンビ50本、日本映画最多観客動員監督、映画最盛期の最高年俸などの巨匠)です。


いわゆる大スターは片岡千恵蔵、月形龍之介、阿部九州男、市川春代、月丘夢路の5名あたりでしょうか、原健作もこのころはまだ脇役というよりはスター方向でした。含んだとして6名、

また、名優20または19名は戦後直後としては、超豪華俳優、オールスターキャストの該当します。


映画の製作表記は昭和二十一年一月は、1946年の1月です。公開は”1946年の1月3日”と記録があり、この映画の製作表記の昭和二十一年一月は、”製作月ではなく公開日(事実上の完成月とも)だということ”、しかも正月映画です。

千恵蔵の戦後第1回映画は、彼の功績に非常に縁のある正月映画だった。千恵蔵は日本の歴代主演俳優の中で、もっとも正月映画に成功した俳優としても知られています。『明治の兄弟』も正月映画、重要な事実です。

制作 昭和二十一年一月はそのまま鵜呑みにしてはいけません。1月1~3日までのたった3日間で映画は作れません、


撮影は1945年8月15日の終戦以降から、1945年の12月にかけての終戦後の約4か月内に撮影された映画だと考えられます。この映画の分数は90分、細かくは1時間30分11秒(確認者によって1秒の前後有)です。

配役や主演と表記されることなく、突然と”櫻田欽次郎 片岡千恵蔵”と表記が登場します。



明治の兄弟 OP前







『明治の兄弟』は歴代の大主演俳優である片岡千恵蔵にとって、戦後第1回映画出演と主演作の大変意味のある映画






歴代の大主演俳優である片岡千恵蔵にとって、『明治の兄弟』は戦後第1回映画出演と主演作であり、非常に重要な意味のある映画です。公開当時のポスターやチラシは残されていないようで、エクストラの数千人動員の場面も登場、部分的にかなりのお金をかけているところも注目点です。

千恵蔵演じる主演の櫻田欽次郎は、警報局勤務から司法検事、裁判官として描かれます。


警報局 司法検事


*劇中で警報局や司法検事だという台詞が登場します。群馬県の裁判所という設定も登場




はっきりいうと主演の割には出番は少なめだと感じました。台詞量以上に顔の描写が多い、つまり映画としてはl国民的俳優の千恵蔵が出演しているということが重要なように感じます。また突き抜けた見せ場はないように感じました。これは月形龍之介の出番が多いことも大きく影響しています。

現代劇なので、時代劇以上に高い声の場面が多めです。時代劇の演技は声を落とさないと主演は存在感や重厚さを求められるものが現代劇以上に多いため、安っぽくなってしまいます。現代劇だからできる千恵蔵の演技のように感じました。


櫻田欽次郎 片岡千恵蔵
明治の兄弟1
たばこを吸うシーン 時代劇が多いため、千恵蔵の珍しい場面です。

*役名は×欣次郎の〇欽次郎

一つ出すと「いつね?」という台詞が印象に残ります。これは上司の欽次郎(千恵蔵)が部下の赤石(光岡)に対しての台詞です。

千恵蔵らしさのある明るめなセリフです「ね?」の部分が千恵蔵風の高音、独特なイントネーションが印象に残ります。さらに現代劇であることの意識、教養にある人物を意識したしゃべり口です。時代劇にあまりみられないしゃべり方です。

櫻田欣次郎

「いつね?」は、わかりやすくは「いつだろうか?」という問いかけ。「いつですか?」だと距離感がある上司と部下に感じてしまいますが、「いつね?」であることで、上司と部下が信頼感があり、同時に距離感が近いことを伝える台詞です。あえて3文字である短さが、効果的かつ際立ちを生み出しています。

映画の台詞は、一言で雰囲気が変わることさえあります。

「いつだろうか?」だとそのまんま過ぎてしまうので、これをいじくったものと考えられます。脚本の時代劇の父ともいわれる大巨匠伊藤大輔の考えた台詞だと考えられます。千恵蔵と伊藤大輔は事実上の友人、長年親交があったといわれています。これは互いの墓が近くにあることからもわかります。


何かの意味があって、伊藤大輔が千恵蔵に言わせたかった台詞なのでしょうか。「いつね?」は欽次郎ではなく、千恵蔵本人の明朗な性格を表現した台詞だったのかもしれません。想像のレベルです。この場面が下記の千恵蔵と赤石の再会時の名場面につながる伏線張りの場面です。



ふくせん【伏線】
あとで述べる事のためにあらかじめほのめかしておく、話の筋。







『明治の兄弟』の3大名女優 千恵蔵の宝塚3大女優コンプリートの現実 「これまで1本もないと思われていた月丘夢路と共演していた!」







さらにこの映画は、千恵蔵と大女優の月丘夢路の唯一の共演作(記録が確認できる限り)です。「これまで1本もないと思われていた月丘夢路と共演していた!」

千恵蔵は宝塚3大女優(宝塚を経てヒロイン成功の映画出演本数歴代上位3名、轟夕起子宮城千賀子月丘夢路、3名とも映画出演170本越え=現存版含む)と共演していることになります。これは千恵蔵のとって実積プラスになります。

一人でも多くの有名俳優と共演していることも俳優の一つの評価だからです。


玉千代 月丘夢路
明治の兄弟5
芸者役です。嬉しそうな表情 劇中だと事実上のセカンドヒロインと判断しています。劇中に千恵蔵と月丘の一対一の場面が1度あります。



宝塚3大女優と千恵蔵の映画共演数 *2023時点、ほぼ千恵蔵が主演、一部が主要

轟夕起子 15本越え 現存版含む
宮城千賀子 15本越え 現存版含む
月丘夢路 1本のみ




宝塚3大女優

轟夕起子 宮城千賀子 月丘夢路 




お雪 市川春代
明治の兄弟3気持ちを出すことを耐える場面 兄弟との結婚で揺れる役柄 劇中だと事実上のトップヒロイン



映画230本以上出演の市川春代は、もちろん美人ですが、いわゆる当時としても、正統派美人とは言い難い部分があります。洋風よりは和風、それもあり時代劇の名作に多くヒロイン出演、千恵蔵映画の名作にも多数出演でも知られています。


個性的な丸い顔(よい意味で)が印象的で、同時に目や鼻、口のパーツのバランスに愛嬌も兼ね備えています。この映画でも丸い顔が独特に機能しているよう感じられました。文芸的な全体でありながら、自由民権運動の殺伐とした場面が多い映画ですが、この顔の丸さの登場によって、高揚した気持ちの沈みや落ち着きを放ち、バランスをとってくれているように感じました。


また、お雪の市川春代、玉千代の月丘夢路、母もとの利菊枝の3役だと玉千代役の月丘夢路の出番がもっとも少ないことは意外でした。







千恵蔵の生誕120年を祝う形 松竹の衛星劇場が2022年の4月と2023年の12月に再放送した「幻の蔵出し映画」







『明治の兄弟』は、2022年4月に衛星劇場で「幻の蔵出し映画」でテレビ初放送、2023年12月に再放送、衛星劇場は松竹のCS放送局、松竹なりのやり方で”2023年の千恵蔵の生誕120年を祝う形”となりました。あえて最後の12月に再放送したことから、そうのように感じました。

衛星劇場は松竹のCS放送のチャンネルの一つです。2022年の4月当時、衛星劇場は日本映画を代表する製作者や俳優たちによる映画と宣伝


松竹は、特に映画撮影の名カメラマンの石本秀雄を通じて、千恵蔵の大きな恩恵を受けています。

石本秀雄は、1928年から千恵プロ(片岡千恵蔵プロダクション、戦前に大成功を収めた映画制作会社)で大ブレイクし、名作を30本以上手掛ける。戦後の最盛期の松竹時代劇映画のナンバーワン撮影者をけん引、忠臣蔵などの松竹時代劇のオールスター映画を10本ほど撮影、撮影の代表的作品は歴代上位の軽く50本越えしています。



衛星劇場 幻の蔵出し映画 石本秀雄





月形龍之介の約6分に及ぶ名演説 「吾輩を指して国賊と呼ぶ者は立て、立ちたまえ しこうして不生、櫻田誠一が暴力をもって国家を独占と企図する事実を指摘したまえ、吾輩にはかかる国賊行為は絶対にないと確言する」







個人的には月形龍之介が演じる櫻田誠一郎が演説シーンがもっとも印象に残ります。終戦直後の1945年8月以降だと考えられる撮影で、このような突き抜けた場面を撮影していたことに驚かされます。

月形龍之介の演じる櫻田誠一郎は、トラブルも含む政治活動家を経て、自由民権運動の自由党の代表として描かれます。千恵蔵の櫻田欽次郎の兄役です。


月形龍之介 櫻田誠一郎 

自由民権運動 自由党



櫻田誠一郎 月形龍之介
明治の兄弟2
たばこを吸うシーン 時代劇が多いため、月形のこのような場面はあまり多くありません。


月形は、映画550本ほどに出演し、主演は120本強、助演を含めた長編系俳優の主要出演は400本(主演と上位5選の通算数、長編系主要出演の世界歴代最多か?)を越す大名優の月形、名作映画の出演数は主要出演は軽く100本を越します。


演説場面が数度登場しますが、特に1時間11分台からの6分強にわたる名場面が突き抜けた印象を残します。この6分強はほぼ月形のみがしゃべっています。数度観直していますが、最初の視聴時は呆然としました。圧巻の演技だからです。月形の膨大な名演技の中で、上位に印象に残るものになりました。この中で”国賊”という言葉が登場します。

国賊


現代の国賊、反日テレビマスコミそのもの。竹島侵略と捏造徴用工と捏造慰安婦、旧統一教会の朝鮮半島の反日捏造大国の娯楽を、一年中嫌がらせとして国民全体にごり押し付けてくる電波の悪用、日本テレビやフジテレビなどの反日テレビマスコミそのものだと感じました。まさに国賊です。朝鮮半島の反日捏造大国に、利益を誘導するもの、金を落とす者、これも国賊に相当します。

NHKはほぼ強制的に受信料を奪いつつ、朝鮮半島の反日捏造大国を一年中宣伝、日本放送協会を名乗る集団はさらに許せない、大名優月形龍之介の国賊という強き一言、実に重みがあるものでした。


この演説場面の6分強に及ぶ演説の場面で「吾輩を指して国賊と呼ぶ者は立て、立ちたまえ しこうして不生、櫻田誠一が暴力をもって国家を独占と企図する事実を指摘したまえ、吾輩にはかかる国賊行為は絶対にないと確言する」というフレーズが登場します。


*櫻田誠一郎が役名ですが、櫻田誠一と、郎の字を省いているように聞こえます。


月形龍之介の政治系の教養人・知識人の演技、場面や感情において程よい強弱もつけつつ、全体の安定した演技、演説場面は映画の事実上のクライマックスともいえる場面です。千恵蔵が主演ですが、個人的に視聴した印象は、月形のほうが出番が多いと感じました。オープニングクレジットの表記は千恵蔵のみが主演と最初に単独表記されますが、事実上のダブル主演とみる見方もあります。


これほど一人の俳優が台詞を連続的に展開し”熱弁をふるう展開”はなかなかありません。大名優月形龍之介だからこそ、さらに名シーン化しているように感じます。これまでも過ぎるほど評価していますが、さらに評価が上昇してしまいました。







名優光岡龍三郎と『明治の兄弟』 じんわりと心に染みる内面からの名演技






ネタバレはしない程度に展開しますが、終盤の光岡龍三郎の演じる赤石常蔵と千恵蔵の櫻田欽次郎の一対一の場面の演技が印象に残ります。地味な場面ですが、意味を感じる場面でした。ここに菊池寛が込めた何かがあるのではないか?

赤石という役柄は、警報局勤務から検事として働いた欽次郎の部下として長年働いたためながらも、人物です。久しぶりに2人が再会した飲食店の場面です。今後の日本の行く末や二人の兄弟の行く末の心配、台詞の発音を濁しながら話す場面です。世の中でいえば欽次郎以上にサブのサブかもしれないが、こうした人物たちが世の中の大半、日本の発展を陰の陰で支えてきたのです。


光岡龍三郎


光岡龍三郎は映画330本以上に出演、1925年に映画デビュー、主演は60本近く、1931年から助演が増えていき脇役中心に、1935年から完全に脇役俳優となり、1961年まで映画出演 主演は1930年の「貝殻一平」4本、1931年の股旅物の有名題材の戸並長八郎役の「紅蝙蝠」も代表的、1929年の幡随院長兵衛2本や山本勘助、1931年に石川五右衛門も主演で演じています。


貝殻一平 戸並長八郎 紅蝙蝠 幡随院長兵衛 山本勘助 石川五右衛門


赤石が欽次郎を相手にほぼ一方的に話しています。若者たちが乱入してくるまでの2分ほどの場面ですが、これが心に染みる内面からの演技で驚きました。ベテランの味でもあり、内から出ていく心の演技、台詞と雰囲気のバランス、現代の見た目が先行のたかがタレントにマネができるでしょうか、数度見直しました。

光岡龍三郎という名優、戦前に主演としても活躍し、戦後の映画最盛期は脇役で台詞さえもなかった俳優ですが、食事処の場面は花を持たせています。戦後直後はまだこのように比較的に出番が役柄もいくつかありました。個人的に判断すると劇中出番は6、7番手、比企田昌役の原健作と競る出番だと判断しています。


光岡は、千恵蔵の大映から東映(東横)の移籍に同行せず、新たに大映に移籍してきた長谷川一夫を主演ナンバーワンの新体制(正式は1951年)になると、さらに出番の少ない俳優に降格されていきます。台詞さえ無いような役が多くなっていきました(出番が極端に少ないものも多く、映画本数は積む)、彼は求められえば、しっかりとした演技のできる俳優だったことを改めて教えてくれました。


長谷川一夫



母 もと 毛利菊枝
明治の兄弟4
誠一郎と銀次郎の兄弟の母、母親役やおばあさん役の名手の毛利菊枝、京都市に劇団くるみ座を創設と長期間の代表、数多くの映画で彼女を観ていますが、安定した演技力です。毛利菊枝は、新選組ドラマの複数の名作で土方歳三が当たり役の栗塚旭の師匠としても知られています。

画像の朝野新聞は朝日新聞を風刺しているものと考えられます。母もとの出番が多いことに驚きました。出番は月形、千恵蔵に次ぎ市川春代と競る3、4番目の出番といえます。もしかしたら母親が一番のヒロインという見方もできます。



毛利菊枝 劇団くるみ座 新選組 土方歳三 栗塚旭 朝野新聞 朝日新聞





「文春砲」を生んだ男 「自由に物を言う」ために創刊したという菊池寛の言葉







菊池寛は、週刊文春を刊行している文藝春秋を作りました。事実上、週刊文春を作り出したと人物といえます。これは国民にも肯定と否定があるものです。菊池寛は、韓国ドラマに長年パクられ続けている『真珠夫人』(1920年(大正9年)6月9日から12月22日まで大阪毎日新聞や東京日日新聞に同時連載)が上位の代表作です。


真珠夫人


『真珠夫人』は原作だけでなく、戦前の映画や戦後の昼ドラでも成功、それを韓国ドラマがまんまるパクったのです。その韓国ドラマの2023年の視聴率はほぼ0パーセント台や0.5パーセント台、

視聴率は、再生数大誇張や膨大な楽曲ダウンロード数や膨大買いのCDの売り上げの”韓国が日本で行っている様々なランキング不正”ができないためかなり正確である。ちなみに韓国本国のドラマ視聴率は信用性が非常に薄い、国全体が今も変化乏しい捏造大国だからだ。

*韓国系の工作員たちによるアメリカビルボードの韓国系アーティストのみのランキング不正は、日本のチャートでも行われています。

恥ずかしい恥ずかしい視聴率0パーセント台や0.5パーセント台の焼野原、これが大衆の民意だ。テレビの言うように人気があるなら、せめて10パーセントはとってみろ!あ、10パーセントさえ『冬のソナタ』だけ、歴代1本しかないじゃないか。ほぼ0パーセント台や0.5パーセント台

冬のソナタ

ゲ・ン・ジ・ツの韓国ドラマって未だに1発屋なんです。

この10パーセント、放送当時としては最低限なヒット、そいつらを反日テレビが国民に年中押し付け、千恵蔵映画まっ青のナンセンスを繰り返しています。元から面白くもないが、複数撃ち込まれた文春砲に転がり続ける松本人志の何倍も転がり続けていて笑える。

苦笑のオンパレード、最高なエンターテイメントの現実だ!


*千恵蔵映画まっ青のナンセンス=千恵蔵映画の戦前の大成功の一つに、ナンセンス時代劇というジャンルがありました。


真珠夫人

韓国が日本で行っている様々なランキング不正


「文春砲」を生んだ新谷学さんが創刊100周年の文藝春秋編集長として目指すもの


<引用>

今年12月に100周年を迎える月刊文藝春秋。昨年夏から編集長をつとめる新谷学さんは、「自由に物を言う」ために創刊したという菊池寛の言葉をあらためてかみしめています。メディアをめぐる環境が厳しさを増すなか、自立したメディアとして自由に発信し続けるにはどうすればいいか。節目の時に文藝春秋は何を目指すのか。週刊文春編集長時代、「文春砲」を生んだ新谷さんが語ります。




新谷学 文藝春秋編集長 創刊100周年の文藝春秋編集長





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この平和と自由、民主主義に貢献し、存在したかもしれない、名の知れぬ陰の人々や功労者たちに感謝





実は千恵蔵映画はまだ一度も大衆の目に触れていない戦前の映画が数十本も存在します。

その8割以上が断片や部分的な映画ですが、近年にオリジナルの半分以上の分数が現存している映画が複数発掘されています。生誕130年までに大衆の目に触れる機会が訪れることに期待しつつ、

片岡千恵蔵生誕120年、記事の公開は121年目ですが、あえて最期にこの『明治の兄弟』をあえて取り上げました。
千恵蔵にとって戦後第1回の重要な映画、初回は2022年の4月にテレビ初放送された貴重な映画です。


日本の国際的な確固たる地位と近代化による急激な国土強靭化の流れを築いた明治時代、

この平和と自由、民主主義に貢献し、存在したかもしれない、名の知れぬ陰の功労者たちに感謝、

真実と嘘も伴うが民主主義の闇を暴く、週刊文春の菊池寛に感謝、

そして日本映画の最盛期にもっとも貢献した片岡千恵蔵に感謝感謝、感謝しかない


だからこそ、過去が良かったで終わらず、過去から学び、未来を良いものにつながる。

先人を感謝する側から、我々現代人が、未来に先人として感謝される側へ向かう、この必要性を新たにさせてくれます。







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