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日本初の三羽烏から一匹が飛び立ち時代劇の形成へ飛び込む 勝見庸太郎から大林宣彦の松竹映画101年目の真正









日本初の三羽烏から一匹が飛び立ち時代劇の形成へ飛び込む 勝見庸太郎から大林宣彦の松竹映画101年目の真正





2020年の創立100年を迎えた世界的な歴史を持つ映画ブランドの松竹、2021年で101年目を迎えています、その下敷きに、ある映画人の姿が存在しています。今回のメインの人物です。彼は俳優を中心に、監督、脚本、制作を手掛けました。これは映画俳優としては当時珍しいことで、4路線に挑戦し、その全てで最低限の成功を収めた、日本映画史上のほぼ最初の人物です。

それが勝見庸太郎です。


映画ブランドの松竹形成には、現代劇映画と剣劇映画、剣戟映画はのちに時代劇映画の一つのジャンルに吸収されることになりますが、彼のいくつかの功績が存在し、黎明期(新しい概念の形成が始まろうとする時期)に関与しています、




前回記事⇒NHKの映画洗脳被害高齢者たちの呪縛を解け 歴代映画三大プロデューサーから浮かぶ片手打ち排除








世の中の流行はほとんど虚構の産物 時代劇という本物は10年ほどかけた定着







日本の劇映画と現代劇映画は名優横山運平主演の1899年「清水定吉」から制作されています。2021年122年目、日本独自なジャンルの時代劇の形成は1920年代の前ごろからそのかけらが見え始め、確立したのが1920年代後半から1930年代前半とも言われています。

1920年代の前ごろは時代劇という言葉の世間体がありませんでした。これはNHKもBSのテレビ番組で記録を出していますが、1920年代から記述に残されています。ですが、このときは定着せずに定着するまで、その後のかなりの時間がかかっています。

現在のように電通や博報堂などの広告会社、放送局、企業が強く印象操作して流行を作る時代ではなかったため、当時は放送局が新聞(日刊紙は1870年の明治2年~)やラジオ(1925年の大正14年~)でしたが、現在ほどの権力はなく、自然に庶民へ定着するまでに、10年ほどやそれ以上の時間を要しました。 時間がかかることが真の定着です。

元から世の中の流行など多くは存在しません。ほとんどが広告会社や企業や利権によって作られたものなのです。






横山運平 清水定吉 劇映画 現代劇映画 電通 博報堂







マスコミが伝えない日本の個性 簡単な時代劇六大スターと時代劇四大巨匠の成功構図







時代劇の定着は、いわゆる時代劇六大スター(主演数順=片岡千恵蔵 市川右太衛門 長谷川一夫 嵐寛寿郎 阪東妻三郎 大河内傳次郎、代表作の本数順=片岡千恵蔵 嵐寛寿郎 市川右太衛門 長谷川一夫 大河内傳次郎 阪東妻三郎)や時代劇四大巨匠(伊藤大輔、稲垣浩、マキノ雅弘、衣笠貞之助)の揃い踏みの全盛期が1930年代の全体であり、この辺が時代劇の定着は、事実上の形成が完了した時期(=形成とも言える)と考えています。









時代劇六大スター 戦前篇―藤波米次郎コレクション

このブログでもおなじみの「時代劇六大スター」を語る書籍の一つです。










マスコミやテレビが伝えない日本の個性 簡単な時代劇六大スターと時代劇四大巨匠の成功構図

・片岡千恵蔵は伊藤大輔、稲垣浩、マキノ雅弘の3名で成功、特に稲垣浩とマキノ雅弘で多数の大成功 *脚本原作を含めると衣笠もあり、時代劇六大スターただ一人の、時代劇四大巨匠で1本以上の成功 時代劇六大スター唯一の稲垣、マキノの2名で大成功、

・大河内傳次郎は伊藤大輔、稲垣浩で成功、伊藤大輔で特に大成功 *時代劇の形成のもっとも大きい伊藤とのコンビ

長谷川一夫は衣笠貞之助のみで大成功 他とのコンビは数本あるが成功とは言えず
阪東妻三郎は伊藤大輔、稲垣浩で数本の成功 *代表作はあるが大成功ほど本数とコンビ形成はない

残念ながら市川右太衛門と嵐寛寿郎もコンビは数名あるが、四大巨匠と代表的な成功というほどの明確な本数や具体的な代表作の記録がない。好き嫌いではなく事実を取り上げています。






それ以前の人物たちはのちの時代劇に含まれる作品に出演したともいえます。いわゆるアイドル呼称の定着前からアイドル的な人物は多数いた、これとも通じる部分があるかと思われます。でも一応はアイドルとは言いません。のちのアイドル的要素があったとはいえるでしょう。実力と華のあった美空ひばりも、ある種のアイドル的な要素も持ち合わせていました。

その時代劇の形成の流れの発端関与した人物の一人が、映画スターの勝見庸太郎です。







時代劇六大スター 片岡千恵蔵 市川右太衛門 長谷川一夫 嵐寛寿郎 阪東妻三郎 大河内傳次郎

時代劇四大巨匠 伊藤大輔稲垣浩マキノ雅弘衣笠貞之助      
美空ひばり







日本初の三羽烏から一匹が飛び立ち時代劇の形成へ飛び込む 勝見庸太郎~松竹映画101年目の真正







勝見庸太郎は、松竹映画創立の1920年に映画デビュー、現代劇中心に活躍、諸口十九(もろぐちつづや)、岩田祐吉と共に、松竹蒲田撮影所草創期の「男優三羽烏」の一人と呼ばれ、これは松竹映画の最初の三羽烏です。これは林長ニ郎(のちの長谷川一夫)、高田浩吉、坂東好太郎の松竹「下加茂の三羽烏」(下加茂撮影所の松竹時代劇の三大スター)よりも10年近く前です。




戦前の松竹の撮影所
・現代劇の蒲田撮影所
・時代劇の下加茂撮影所




勝見は、賀古残夢、牛原虚彦、島津保次郎、野村芳亭の松竹黎明期の四巨匠を中心に、代表的作品が複数存在しますが、突き抜けた代表的な作品は知られていません。ですが、時代劇の形成に関与した功績もあります。


1920年の創立時の当時の松竹映画といえば、剣戟映画は元歌舞伎俳優の映画大スターの沢村四郎五郎の移籍に成功し、日活の日本初の国民的なスターの尾上松之助と大差ながらも対抗、四郎五郎の事実上の単独トップ体制は5年強続きますが、勝見庸太郎は現代劇中心の俳優として、地位を模索する中で、剣戟要素と歴史要素の映画へ挑戦しました。






わが恋せし乙女 [DVD]

巨匠木下恵介6本目の映画の1946年『わが恋せし乙女』、これは戦後2本目映画で、勝見庸太郎は父親役で出演しています。実はこの映画は彼の戦後初の出演映画です。前作の1944年の『歓呼の町』も監督は木下恵介(デビュー3本目)です。しかも父親役、2本連続で父親役と木下作品に出演しています。


少しそれますが、『わが恋せし乙女』は、2017年の左翼的で前衛的なアニメ映画『夜は短し歩けよ乙女』という似たタイトルがあります、ラジオで中国のイベントに参加したことを時間をかけて自慢気に語り、韓国好きをケラケラ笑い(個人的に嫌悪感を感じる笑い方)ながら話していた女性声優がヒロインで、特に韓国人俳優の名前を直接出し、韓国好きを過剰にアピールしていた過去あり、彼女は外資違反の中韓の放送局のフジテレビへ、ちょくちょく顔出し出演していました。

もちろん裏があるわけですが、あえて深くは触れません。彼女は元子供タレントで、フジテレビのテレビ雁組に出演していた履歴があります。現在はこのラジオ(フジテレビと同列のフジサンケイグループの文化放送系の番組)の動画は消去されています。


実はこの動画に「こいつ中国の工作員だろ」という趣旨のコメントがありました。これも事実を書いています。


一方で日本人に向き合い続けた木下恵介は良い時期と悪い時期もありましたが、素晴らしい監督であり、戦後の開放的な雰囲気を恋と乙女のフレーズを用いて『わが恋せし乙女』のタイトルに加えています。




木下恵介 わが恋せし乙女 夜は短し歩けよ乙女 フジテレビ


こいつ中国の工作員だろ




勝見庸太郎 諸口十九 もろぐちつづや 岩田祐吉 男優三羽烏

松竹蒲田 三羽烏 松竹映画の最初の三羽烏 

蒲田撮影所 下加茂撮影所

林長ニ郎 長谷川一夫 高田浩吉 坂東好太郎 下加茂の三羽烏 下加茂撮影所 松竹時代劇の三大スター

賀古残夢 牛原虚彦 島津保次郎 野村芳亭 松竹黎明期の四巨匠

剣戟映画 元歌舞伎俳優 沢村四郎五郎 日本初の国民的なスター 尾上松之助








勝見庸太郎から林長二郎(長谷川一夫)へつなげた悲観要素と後人装飾








勝見庸太郎は、のちに時代劇と言われるジャンル1922『清水の次郎長(1922)』(監督=野村芳亭 脚本と原作=伊藤大輔) の清水の次郎長と、1923『実説国定忠治 雁の群』、別題『雁の群』(監督=野村芳亭、脚本=武田晃)の国定忠治を演じた二つの映画が高く評価され、いわゆる娯楽要素の薄い、前衛路線の要素を持つ、悲観的な要素がある時代劇の形成へ関与しました。

勝見が次郎長と忠治を演じたのは互いに1度のみです。いわゆるヒーローがヒーローとして描かれない前衛路線と悲観的、これも時代劇を形成する要素の源流の一つです。




悲観的要素といえば、特に戦前の林長二郎(長谷川一夫)が得意とした時代劇です。散り際の美学、悲観的要素にプラスされる、美的な要素は林長二郎の定着のほうが大きいように思えます。

もちろん明朗要素と悲観要素のアンバランスに成功した、片岡千恵蔵が戦後の日本映画最盛期の新選組映画7本(=1500万人以上)でも演じています。これは玉木潤一郎も7本全てに関与しています。長谷川一夫は時代劇俳優の路線としては勝見庸太郎の影響を大きく受け、松竹時代劇としての土台としては沢村四郎五郎の影響もあります。路線と土台は交差する部分もありますが、全体は異なるともいえます。悲観要素は時代劇の魅力の大きな要素の一つです。





清水の次郎長(1922) 実説国定忠治  雁の群 国定忠治 次郎長 悲観的要素

片岡千恵蔵 新選組映画 玉木潤一郎




雪之丞変化 [VHS]

コレクターズアイテムの貴重なVHS版、あえて触れません。ライバルの千恵蔵などと比べると、秀作や佳作が多く、戦前の名作が少ないこともありますが、林長二郎名義の商品数は非常に少ない、彼の評価をさらに下げています。これも好き嫌いではない事実を述べていますし、事実は大事です。千恵蔵と比べると通産や区間など、大きな開きがある事実はありますが、歴代上位俳優であることには代わりがない、林長二郎こと長谷川一夫も高く評価しています。









勝見庸太郎から時代劇三大俳優への遺産 大林宣彦の遺作込めた時代劇ファン愛







勝見が主演した重要な映画の1922『清水の次郎長(1922)』の脚本と原作の伊藤大輔は、時代劇の父とも言われ、監督と脚本、原作で多くの代表作がある人物、時代劇のカメラの移動のパターンや舞台の要素、独特な展開の切り取りなど、時代劇の基本となる多くのシステムを定着と同時に多くの名作を通じて広めました。


映画愛子ももちろん評価している人物ですが、映画監督の大林宣彦も生前に自身によるCSの映画番組の「大林宣彦のいつか見た映画館」の中で、伊藤大輔のことを時々名前に出し、高く評価しています。バンツマの代表作の話を度々出しています。実は、3時間ほどの長編、2019年の遺作の『海辺の映画館―キネマの玉手箱』の中に、時代劇のシーンも登場します。



アメリカ映画に、1944年『ハリウッド玉手箱』という映画ありまして、キネマの玉手箱はこれにかけている部分があるかもしれないと感じることがあります。アメリカナンバーワン女優とも言われる実力巨星のベティ・デイヴィスも出演しています。

『ハリウッド玉手箱』は、すでに大女優のベティ・デイヴィスが専属の映画会社の女ボス的な絶大な権威を誇っていた、いわゆるハリウッドの良き黄金期を表現する映画の一つで、大林宣彦はこれにあやかる部分があったのではないかと考えられる部分があり、日本の良き映画黄金期とも、掛け合わせて部分があるのかもしれません、また同時に10年以上続いたCS番組の「大林宣彦のいつか見た映画館」ともかけてる部分もあるように思えます。






ハリウッド玉手箱 [DVD]




彼の全体は独立系の監督だったため、時代劇の撮影所や専門のスタッフ、制作費などから、本格的な時代劇映画を監督する機会がほとんどありませんでした。ですが、時代劇をきちんと理解している数少ない著名人の一人であり、大のバンツマファン(阪東妻三郎の大ファン)、バンツマのことを数十度も聞かされました。彼は日本映画の魂である、時代劇が非常に大好きな人物でした。

大林宣彦は「大林宣彦のいつか見た映画館」の中で、日本映画の個性にもっとも貢献した片岡千恵蔵も数十度も名前に出して、高く評価していましたが、好きなのはバンツマだと遠まわしに話しているように何度も感じました。2021年4月で没後1年、彼の番組を通じた多くの映画の話、映画愛の数多くよみがえります。


この気持ちを遺作『海辺の映画館―キネマの玉手箱』の時代劇の場面に込めている様に思えます。本当は時代劇俳優でチャンバラ、殺陣が撮りたいが、叶わなかった気持ちも含めてでしょう。





大林宣彦 大林宣彦のいつか見た映画館 海辺の映画館―キネマの玉手箱 バンツマファン 
ベティ・デイヴィス ハリウッド玉手箱






海辺の映画館-キネマの玉手箱[DVD]

パッケージの外国を意識したデザインのように思えてしまいます。大林監督自身がこのパッケージのデザインに関与したのか、不明です。







次郎長と忠治 時代劇映画歴代1位と2位の観客動員は千恵蔵無双










時代劇は日本映画が外国の真似ではない要素を多く形成し、日本のなんたるかを形成した非常に重要、もっとも評価すべき日本の世界的な映画人の一人です。今後も伝えていくべき人物です。



歴代上位の三大俳優から、片岡千恵蔵がのちの当たり役、代表的な役にしている清水次郎長(時代劇映画2位の4本最低6000万人動員以上を記録、ちなみに1位は千恵蔵の忠臣蔵の最低7000万以上)と、国定忠治を代表的な役にしている上位3選の片岡千恵蔵(現存含む11本)や大河内傳次郎(現存含む8本)、阪東妻三郎(6本)が特に当たり役、代表的な役にしている国定忠治は、時代劇にとっても、非常に重要な題材だということが、ここからもわかります。



千恵蔵無双 時代劇の父

次郎長映画 水戸黄門映画





*清水次郎長題材について=現時点で確認している限りだと関連も含めた、次郎長映画は歴代上位の100本以上が作られています。これは水戸黄門映画の本数を上回る数です。今は流れではありませんが、ここもいずれ取り上げる機会があるかと思います。NHKはこれを無視していますが、次郎長映画は、戦前から国民的な半世紀以上にわたる人気がありました。



この2本、1922『清水の次郎長(1922)』(監督=野村芳亭 脚本と原作=伊藤大輔) の清水の次郎長と、1923『実説国定忠治 雁の群』、別題『雁の群』(監督=野村芳亭、脚本=武田晃)は、彼自身のただの代表的な2本ではなく、勝見庸太郎の後世への影響は、じっくりと時間をかけて浸透していき、長い期間において弱めではありますが、続いていったことがわかります。




松竹映画101年目の真正の形成の下敷きには、映画人の勝見庸太郎の影が存在していました、。







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現実は時に厳しいが 未来に踏み出せ!

2021/04/15 17:45 | 邦画の探求COMMENT(4)TRACKBACK(0)  

コメント

中国人北海道土地爆売無視 ユーチューブ「北海道ラブ」CM危険

ユーチューブを視聴していると「北海道ラブ」というCMが流れることがある。これにおかしさを感じています。

もちろん北海道は素晴らしいところですし、未来永劫、中国の省の一部や自治区になることを避けて、日本国である必要があるのですが、なら外国人による北海道の土地の買占めに対する行動を、鈴木知事へ批判も含めて、きちんとしていただきたいと考えています。それも含めて良さを伝えていただきたい。


愛とは簡単なものではありません、愛と反するものへきちんと反対しないと新の愛は生まれない。

それが真の「北海道ラブ」だと考えています。


No:329 2021/04/27 23:51 | 中国人北海道土地爆売無視 ユーチューブ「北海道ラブ」CM危険 #- URL [ 編集 ]

NHK「所さん!大変ですよ」で中国プロパガンダ確認


2021年4月22日19時30分から放送のNHKが「所さん!大変ですよ」という番組で娯楽番組で、中国のウイスキーが素晴らしい、

領土拡大や人権侵害の中国は素晴らしいと誇張、そこから中国と日本を無理やりつなげる、共産党の全体主義を煽る悪党展開。この回は「世界中で争奪戦!?狂乱のウイスキーバブル」の題です。

前日は韓国で、本日はNHKのバラエティで中国のプロパガンダを確認。NHKは3日連続(前日と前々日は韓国)で国民の民意のまったくない、中韓のプロパガンダを繰り返しています。




No:328 2021/04/22 22:08 | NHK「所さん!大変ですよ」で中国プロパガンダ確認 #- URL [ 編集 ]

続KHKへ 在日韓国人100人約0人、芸能100人1人にせよ


つづき


日本人の放送局、日本人の芸能、テレビは韓国人を遣うなら、日本国内の人口の1億2千万人強の、人口100人あたり0.38人に事実上の100人に一人にするべきだ。これ民意だとNHKや日本すべての放送局へ意見する


金のために日本人を騙す在日や外人ビジネスはいいかげんにやめろ。



NHKへ在日韓国人は人口100人あたり0.38人、芸能も100人1人にするべきだ


No:327 2021/04/20 22:36 | 続KHKへ 在日韓国人100人約0人、芸能100人1人にせよ #- URL [ 編集 ]

KHKへ 在日韓国人100人約0人、芸能100人1人にせよ

KHK(日本名NHK)へ 在日韓国人は人口100人あたり0.38人、芸能も100人1人にするべきだ

NHKが2021年4月19日(月)の22時から逆転人生で現地の韓国人を登場させ、現地の韓国人の主張を日本人へしっかり過剰に放送、正直、気持ちが悪くなりました。日本人の意見よりも過剰に取り上げていた。

NHKが2021年4月20日のうたコンで五木ひろし×河島英五の半島コラボを、番組内で、もっとも印象に残る様に放送、


日本国の日本人は、日本人ファーストを取り戻せ、日本人よ目覚めよ


受信料を強制でとりながら、このことさえも知らないお年寄りや国民を●す日本人の皮のみの悪徳放送局NHKを許さない


全国の在日韓国・朝鮮人は479,193人で、人口100人あたり0.38人。 在住者数が最も多いのは大阪府で人口100人あたり1.19人(偏差値90.4)なのだ。下記は事実と理屈に基づく主張である。





No:326 2021/04/20 22:35 | KHKへ 在日韓国人100人約0人、芸能100人1人にせよ #- URL [ 編集 ]

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